エイリアンVSサイコバニー
惟風
第1話
私はただ親友の姫ちゃんと火星旅行を楽しみたかっただけで、まさかこんなことになるなんて思わなかったの。
火星での二泊三日は本当に素晴らしかった。ツアーの目玉、テラフォーミング中の様子を防護服越しに見学する巡回イベントが特に楽しくて。
最初は防護服のデザインに「ウサ耳カチューシャ外したくないのにな……」ってちょっと不満そうだった姫ちゃんも、巡回カートが出発すると興味深そうにキョロキョロしていて、私は何枚も彼女と一緒に写真を撮った。
異変が起きたのは、帰りの宇宙船でのこと。
旅客機にも似たツアー船の座席で、私は映画を観てた。スペースコロニーに帰るツアー参加者達を降ろした船内は、がらんとしていて静かだ。小型だけど座席を大きく取っている作りの宇宙船で、通路も車椅子やカートが悠々と通れる広さを確保してる。天井も高くて圧迫感が無いから、移動の疲れが少なくて有り難い。奮発してお高めのプランに申し込んで良かった。
地球組の客は私達ともう一人の男性客しかいなくて、あとはツアーコンダクターの人と、アンドロイドを含む乗務員が数人くらいしか乗っていない。
観ていた映画が一段落して、私はトイレのために席を立った。隣を見ると、姫ちゃんはうたた寝していた。カチューシャに付いているウサ耳が呼吸に合わせて小さくゆらゆらしていて、頬がゆるんだ。何年か前の誕生日に私がプレゼントしたやつを、気に入っていつも付けてくれている。すごく似合ってる。
トイレまでの短い距離を歩む間にも、この旅行での姫ちゃんのチャーミングな様子が思い出されて私は笑いを噛み殺した。
来て良かったな。ツアーのイベントの一つ一つにはしゃいで、それこそ兎のようにぴょんぴょん跳ねる姫ちゃんの姿を沢山見られた。
また、こうして旅行できると良いな。自動開閉式の扉を潜って、トイレの前に立つ。
平和に過ごせたのは、そこまでだった。
男性用トイレの扉が「使用中」の表示になってるのを横目に私は女性用の個室に入った。
用を足して手を洗ってると、男性用の個室内から大きな音と振動が響いた。
「あの、どうしました? 大丈夫ですか?」
扉越しに声をかけるも返事はない。ただ、ドスンバタンと暴れてるような物音だけが聞こえてくる。持病の発作か何かで苦しんでいるのかもしれない、と私は近くのコールボタンを押した。すぐに客室乗務員――最新式の中性型アンドロイドだ――が滑るような足取りで駆けつける。
「どうなさいました」
無機質な声色で尋ねられて、しどろもどろになりながらも状況を説明すると、アンドロイドは無駄のない動きでトイレの鍵を解錠した。スライド式の扉が開いた瞬間、一人の男性が廊下側に倒れ込んできた。
顔は見えなかったけど、服装から判断するにツアーコンダクターの鈴木さんだ。スーツ姿の彼の顔には、真っ白い生物がいた。
「ひっ!」
びっくりして後退ってしまった。蟹とサソリを足して二で割った様な多足の生物が、鈴木さんの顔を抱きかかえるように貼り付いてる。
アンドロイドの対応は早かった。
白い生物をぶちぶちと力任せに剥がすと、右手をドリル形状に変化させて、一突きに刺した。緑色の体液が飛び散って、床を溶かした。
「コードE発令。繰り返します、コードEです」
アンドロイドの瞳は赤く点滅して、他の乗務員と通信をしているようだった。
アンドロイドは手早く報告を終えると、呆気にとられている私を振り返り、強引に座席の方に押しやる。
「こちらは危険です。座席にてお待ちください」
声色にも表情にも変化はないのに、有無を言わせない迫力があった。
ひ弱な自分には到底抗えないような力で肩を掴まれて、彼等アンドロイドが冷たい機械でできているってことを思い出させられた。普段は優しく気遣いをしてくれていても、所詮は硬い金属の塊なんだ。
「なに……何の騒ぎ……?」
座席に戻ると、姫ちゃんが寝ぼけ眼で私を見た。
「なんか、鈴木さんが変な生物に襲われたみたいで……乗務員さんが退治してたからもう大丈夫と思うけど……」
口ではそう答えたけど、私の中には恐怖と不安がジワジワと広がってきていた。あの白い生物、先月ニュースで取り上げられていたやつに似てた。
近年、太陽系の惑星で度々観測されるようになった危険生物。哺乳類に寄生し、驚異的なスピードで成長、内臓を食い破って成体となり、主に人間を捕食する――
「エイリアン」
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