第1話「かしこまりました。復讐致しましょう、殿下。」


「かしこまりました。復讐致しましょう、殿下。」


目の前の男……ジャック・クライスト小公爵は恭しく胸元に手を当て礼を尽くした態度で馬鹿げたことを言った。復讐、復讐。口にするのも私の立場でははばかられるそれを提案して見せるというのか。胡散臭い魔術師だとしか思っていないが故に疑いの目を向ける。そもそもそこまで大それたことをする力を彼が持っているのかすら知り得ない。私のちょっとした特殊な事情を把握しているが故に御輿にされるのだとしたらそれこそ御免だ。


「復讐?なんの事やら。そも、それに協力して貴方に何の益がある?」


当然の問いを投げかけた。何せ、何かしら裏がある存在なのは察しが着いてもそれ以上を知る権利すら奪われているから間者を放つことすら私には出来ない。殿下、なんて呼び方だって生まれて初めてされたものだった。


「益?決まってるじゃ……嗚呼、知らないのか。」


不思議そうな顔をしたクライスト小公爵は顔を顰めると目元に手を当てる。何事か呟くと上げられた視線、その色に思わず口元に手を当てて数歩後ずさったのも無理は無いだろう、と信じたい。そこにあったのはこの国には存在しないはずの『碧と赤』を宿す異形の虹彩、即ち​───10年以上前に滅ぼされた隣国の王族の色。緑に近い青であることから恐らく直系という訳では無いのだろう。だとしても、生き残っていたということ自体が驚愕に値することだった。驚いて表情を取り繕い忘れた私へと瞳の色を元の灰色に戻したクライスト小公爵は肩をすくめて言葉を放つ。


「まぁ、この通りです。俺はセラ・ウェラディ王家の不始末を処理する為に幼少からこの国に囲われたという訳でして。クライスト公爵は面倒を避けるために子を作れなくされていますからそこに。そして、この国の……いや、王の不始末の一つが貴女だったから隠匿する過程で秘密を知り得た。そして貴女なら王位を正しく扱えると考えたわけです。益は十分だと思いませんか?」


「ちょっと待て。こうも驚かされることが続いては────いや、そうか。私の性別を隠す隠蔽、隠匿の術式を張っていたのはお前か。王家由来の魔力なら異常な広さに反映されていたのも飲み込める。」


「ふふ、やはりセラ・ウェラディの血は伊達では無いですね。一度種を明かすと日頃掛けている催眠ではろくに効かないらしい。」


甘すぎる香に当てられたような気分になりながら後退り、ぺらぺらと喋るクライスト小公爵を見上げる。曰く、隠匿や隠蔽に長けた隣国の王家の魔術は危険視されるが戦力の少ない中立国家として知られてもいた。だが我が国がそれをひっくり返すような形で偽りを述べ他の国々を煽って戦争に持ち込んだことで無に帰す。しかしそれが完全になくなるよりはと王族の傍系の子供だった彼を抱き込み命と引き換えに色々と上手く使っていたらしい。なんとも愚かな行為の数々、呆れに言葉が出ないとはこの事か、とため息を吐いた。幸いにして、この男が明かした限り、ではあるが自分は種を明かされた為にもうそう簡単に彼の術に惑うことは無いらしい。それは良かったと皮肉って言えば今までよりいいだろうと楽しげに片目を瞑られる。

つまるところ、今まで私が男性と偽って何不自由なく過ごせたのはこの男の魔術によるものらしい。何らかの魔術により干渉されているとは思っていたがまさか私ではなく私を見る全員に掛けているとは。想定外、というよりそんな事が可能なのかと思わざるを得ない。


「貴方にも出来ますよ。仮にも王の血を引くんだ、鍛え方さえきちんとすれば国の規模で影響しうる魔術を使える。お教えしましょう。俺は俺の報復の為、貴方は貴方の復讐の為。」


それに興味を持ってしまった此方の思考を読んだかのように目の前の男は愉快そうに笑った。



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現段階で公開できる情報


ウェラディ王国

史料上王朝が三度変わっている国。現在はセラ王朝。大陸に存在する国は全て何かしら神々の加護を受けているが、当王朝は軍神の加護を受けている。戦に負けたことがない不敗の王朝の異名の通り高い軍事力を誇り、国民の過半数が大なり小なり軍神の加護を受けているとすらされる。

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