すり変えられ王女は男装騎士として生きてきた〜美形愉快犯と手を組んだ私は復讐する〜
多羅千根らに
プロローグ
時はセラ暦367年12月24日、ウェラディ王国はめでたい宴の日で平民も貴族も盛り上がり、はしゃいでいた。この国の若き王子、アルトリウス・セラ・ウェラディの婚約発表パーティが執り行われており、会場は国内外問わず多くの貴族で賑わっている。没落しかけた古い家の下級貴族令嬢とその心の在り方に惚れ込み家ごと拾い上げた美しい王子、なんとも素晴らしい民衆好みの美談だ。
────馬鹿馬鹿しい。
しらけた表情で一人、シャンパンを傾ける美丈夫がいた。今日ばかりは貴族の責務を優先し護衛の任を解かれたとはいえ、踊るのも好まないが為に壁の華。幸いにして王命以外で婚姻する気がないことを表明しているので女人は寄ってこないが噂話はいつでも耐えない。ひそひそと囁く令嬢に居心地の悪さを感じつつまた新しくグラスを受け取ったところで、主催者である王子が女の波を掻き分けてその美丈夫の元へとやってくる。
「ヴィルヘルム!ヴィル、こんな所にいたのか。相変わらずお前は仏頂面を崩さない上に壁の華、お前がそんなではおちおち結婚も出来ないでは無いか。側近たるお前が幸せにならなくては、なぁ?」
「御婚約おめでとうございますアルトリウス殿下。そんなことを言われてはローズマリー様が悲しみますよ?それに私はお仕えする時に王命以外で婚姻はしない、と神前で誓いを立てていますから。」
相変わらず調子よく言葉を紡ぐ馬鹿王子だ、と思いながらヴィルヘルムの返答に聞き入る。王子の婚約者を思う言葉にきゃあ、と女性から声が上がった。それにしても王子は愛称を呼ぶのを拒まれたことすら忘れたのだろうか。わかり辛いが祝福の言葉には些細な苛立ちと冷えきった温度が篭っている。なんともまぁ、お優しいことだ。己が主の軽率な言動を優しく窘めている。心の底からの祝福であるように見せかけたその言葉の底に安心ではなく苛立ちが滲むことを感じ取っているのは己くらいだろう、と優越感に顔が歪むのを感じつつ、俺は輝いている両者の元へと向かう。シャンパングラスを片手に祝いの挨拶を向けるべく王子へとまず声をかけた。
「アルトリウス王太子殿下、この度は御婚約おめでとうございます。ご歓談中に邪魔をして申し訳ありません。クーゲルヴェルド令息に少しばかり用があったもので。」
「ジャックか!いつ帰国していたんだ?全く事前に知らせてくれても良いものを。それにしても相変わらず仲がいいな。二人に縁談が来ないのはそうして男同士でベタベタ仲良くしているからじゃないのか?なんてな。」
「少し前に。招待状に返書したのが少し遅れてしまったのでお知らせが届かなかったのかもしれませんね。いやはや、ご令嬢に人気のヴィルヘルムを少しばかり借りることが多いもので。少しばかり失礼しても?」
「嗚呼。構わないとも。きちんと返すんだぞ!」
呼びかけられた声に反応した王子は参加者の把握すらして居ないらしい。その上に下品な冗談を並べ立てる。いやはや、やはり愉快な人物とは言い難いものだ。しかし馬鹿というのは御しやすいということでもある。ヴィルヘルムが口を挟む前に許可をもぎ取ることは出来た。位が上のものの前では許可を得るまで喋らない、なんて規則はヴィルヘルムの家柄ではノーカウントに等しいのになんとも律儀と言えるだろう。連れ出し、盗聴防止、読唇防止の色付いた結界を囲うように展開する。不服そうに此方を見上げ睨む少女を見下ろす。
彼女の名はヴィルヘルム・クーゲルヴェルド。この国の建国神話の段階から王の傍に仕え守り抜いた家系として本来該当する代だけで終わる筈の騎士階級を脈々と継ぐことを許されたクーゲルヴェルド家の次男にして、この度結婚し王位を継ぐことがほぼほぼ確定した王子、アルトリウス・ウェラディの幼馴染兼護衛として産まれた……ということにされている。だがそれはあくまで表向きの話。指を鳴らす仕草を見せつけて何時でも魔法を解けるのだと脅すように仕草すれば彼女は嫌々口を開いた。
「……クライスト小公爵殿、何の御用ですか。隠蔽魔術も干渉魔術も解かれたら困るのはお互い様でしょう?」
「いやはや全くその通り。だが問わねばならないことが出来てしまったからね。……君はあの王子をどう思う?この国に帰ってきて確信した。あの王子に王を熟すのは無理だ。そして─────君は、それを知っていて治世を成り立たせるために女性の好感度を上げて情報収集なりに使おうとしている。違うかな?」
「……悪くない見立てだ。だが甘い。私は現王の治世や影響を成り立たせようとは思っていない。そこにあるのはただ一つの思い即ち────いや、辞めておこう。」
彼女の名前はクラリス・セラ・ウェラディ。妾腹であるぼんくら王子とすり替えられた正室の子。女に目が眩んだ現王が行った最初のミスのひとつ。グラスを傾ける彼女の思いは反逆の意志に他ならない。だが、此方とて全てを明かしていなくとも現王に対しての不満のひとつやふたつあるのだ。故に、その言葉を明るみに出すのではなく恭しく胸に手を当て、跪く訳には行かないができる限りの礼を示す仕草を送る。
「かしこまりました。復讐致しましょう、殿下。」
驚いたように見つめるものの見定めるような視線を落とす様はアレより余程王に相応しい。これが悪魔の手なのか、それとも女神の手なのかは分からない。だが確かに今この瞬間、運命の歯車が動いたのだと悟った。
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