第46話 冬の閑散期

勇者サマが、智慧の神メルキルの影響力を抜く為に、神の加護がない「空白の地」と呼ばれる辺境に療養しに行ったのを見届けて、一週間。


地球での仕事を終えて、俺は再びこの世界へと戻ってきた。


そろそろ冬の足音が近づいてくるような時期だが、季節もクソもないダンジョンを攻略する冒険者達は、特に休みを取ったりなどはしない。


もちろん、自分達の生まれ育った土地の慣習通り、冬は長期休暇にします!という冒険者パーティも少なくはないが、逆にそれを見越して、競争相手のいない今のうちに頑張ります!みたいな奴らもそれなりに多いのだ。


ついでに言えば、昼でも夜でもギルドは開きっぱなし。


何故なら、夜通しの探索で真夜中に帰還する冒険者もいれば、夜だけに出現するモンスターや資源を目当てに夜中にダンジョン入りする者もいる。


ここはまさに、眠らぬ都市と言ったところか。


いや、単に冒険者が馬鹿みたいに多いだけの話だろうか?母数が多いだけかもしれないな。


その辺は良いとして、少なくとも言えることは、冒険者ギルドにはこんな季節でもたくさんの人がいるということだった。


「はふ、ほふ、ほふ……」


そんなギルドで、俺は。


熱々の芋煮を頬張りつつ、熱燗を飲んでいた。


ああ、今回は醤油ベースの汁だ。どうでも良いことだが。


「煮込んだ芋のスープか。田舎を思い出すなあ」


「なんだこれは?変な味だな。だが悪くない」


目の前には、鍋から勝手に芋煮をよそって食っているのは、蠍殺しと名高い、最近売り出し中の上級冒険者ハリー。


それと、十三人の強盗冒険者を一人で片付けたタフガイにして上級冒険者のジョンだった。


二人とも、種族としてはヒューマンだな。


ハリーは、馬油で髪を撫で付けた、ブロンドのハンサムで垂れ目がちな青年。


ジョンはスキンヘッドで厳つくて口の悪い中年だ。


「仕事はどうした、仕事は」


俺は箸で掴んだ牛肉と長ネギを口に放り込みつつ、二人に訊ねる。


「いやあ……、パーティの奴ら、皆忙しくてな」


スプーンで里芋を掬うハリー。


「僧侶共は祭事の準備で抜けて、術師の類も寒くなってきたから引っ込んで研究だとよ」


ジョンも酒を飲みつつそう言った。


「新人のエルフは?」


「ドロシーか?あいつは今、実家に帰ってるよ」


「あー、エルフの祝祭か」


「そうそう、なんかそんなことを言ってたなあ」


「秋の祝祭はエルフにとって一番大切な日で、その年に得た一番の獲物の一部を『狩猟の女神ダイアナ』に捧げるんだよ。女神の加護がなきゃ、森で自給自足なんて無理だからな」


この世界には本当にちゃんと神がいて、神が加護を降ろすからな。


一見無茶そうな文明の社会も、神の加護を前提とすれば全然あり得るのだ。


エルフもそうで、森の中で生き、狩猟と採取のみでそれなりの数の個体数を維持できているのは、狩猟の女神ダイアナに加護をもらって、その加護の力で森の豊かさを強めているからだ。


実際、エルフの森では、冬でも果樹に果実が実り、山菜や山芋などの食べられる野草の類は、収穫から一月もせずに元通りの大きさに戻るのだとか。で、そんな肥沃過ぎる森に、多産の草食獣が山ほどいる、と。


農村でも同じようなもので、農耕の神を祀って豊作にしてもらったり、守護の女神に祈って街に結界を張るとか、そんなことがある。


邪神とかは、無垢なる赤子とかそういう感じのアレなやつを捧げると、力を授けてくれたりするぞ。いや、マジで。


なのでこの世界での祭り、祭事というのは、地球の形骸化したそれらよりよほど重要なイベントだった。


「へえ。でも、俺達も大神ユピテルに申し訳程度に祈ったりするが、何もないぜ?」


「そりゃそうだろ。信仰心が足りんからな」


「ははっ、坊さんみたいなことを言うなあ、旦那は」


「いや、マジだぞ。『信』のステータスが足りないから、祈れていないだけだ」


「……え?信仰心を見れるのか?」


「見れば分かるが」


「……旦那、それ、絶対に黙っておいた方が良いぜ」


だろうな。


信仰心の可視化は流石にヤバい。


だが……。


「しかし、ステータスの説明をしている時に言っているはずだが」


「『信』って信仰の『信』だったとは知らなかったんだよ!信頼度とかそんなんだとばかり……」


ああ、そう。


まあ俺は聞かれたことしか答えないからな。


ん?


ジョンが両耳に手を当てている。


「あー……、俺は何も聞いてねえ。面倒ごとはごめんだぜ」


ああ、そう。


賢いね、全く。


「と、とにかく。今の時期は冒険者が足りなくて、中々ダンジョン攻略ができないんだよ。暇で仕方ないね」


咳払いしてから、ハリーはそう言ってスプーンを手で弄んだ。


「訓練でもしたらどうだ?」


熱燗を飲みつつ、俺が提案してやる。


「相手がいねえよ」


「ジョンは?」


「もう十年も相方にしてるんだ、お互い手の内が知れててなあ……」


ンモー、わがままなんだから。


「じゃあどうしろと?」


「いやいや、こうして世間話に付き合ってもらうだけで充分さ」


世間話、ねえ。


「で、本音は?」


「勇者の件どうだったんだよ!聞かせてくれ、旦那!」


あーはいはい、そういうことね。


冒険者も、他人の面白い冒険譚は良い娯楽だからな。


むしろ、まともな冒険者ならば、自分の自慢の「冒険話」の一つや二つを持っているのが当然だった。


娯楽に乏しい世界だしな、こうして会話するのがその数少ない娯楽の一つ……。


ううむ……、語ってやりたいのは山々だが、俺がリューメンノールの子孫なのはトップシークレットだからなあ。


いや、こいつらは知ってるだろうが。


「なんてことはない、メルキル神の暴走だよ。ダンジョンにリューメンノールを継ぐ者がいる!と、勝手にいきりたって、勇者サマを操っていたと言うだけの話だ」


「そうか……。やっぱり、神に縋るようじゃダメだな。自分で冒険しなきゃならないってことか」


「勇者サマも、最後には神の呪縛を振り払おうとしていたがな。まあ、政治的な話になるから、あんまり聞かない方が良いぞ」


チラリと横を見ると、ジョンがまたもや耳を塞ぎ、「何も聞いてねえ」アピールをしてくる。


そんなジョンをスルーしつつ……。


「じゃあもう……、あれだ。やることもないし、地球のスーパーで適当に買ってきた菓子でも……」


「大丈夫なやつなんだよな?」


「いやこれは揚げた芋で……」


「……ほー、美味いなこれは」


こんな風に、休暇の時は過ぎて行った……。

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