第42話 深層

そろそろ終わりも近い。


結晶領域にやってきた。


「凄いね……!キラキラで、綺麗なところ……!」


勇者サマが嘆息する。


初見らしい反応に思わずほっこりするが、確かにこの光景は美しかった。


魔力の籠った結晶でできた道は、蒼白い魔力光でぼんやりと光り。


道々には、水晶でできた壁や木々が立ち並び、魔力光を受けてキラキラと輝いている。


幻想的な結晶世界だが……。


「気を付けろ、この領域の結晶は鋭い。身体や衣服を引っ掛けて怪我をしないようにしろ」


注意すべきことは多い。


「なるほど。確かに、尖っていて危ないね。気を付けるよ」


「それともう一つ」


「うん?」


「離れ過ぎるな」


俺は、転移床を踏んで転移した。


「なっ?!き、消え……?!」




ん?来ないな。


一旦戻るか。


「き、消えた?!どう言うこと?!」


驚いている勇者サマの背後にある転移床から、俺は再転移して出てくる。


「おい、何やっている?離れるなと言っているたろうが」


「えっ?!後ろ?!ど、どうなっているんだい?!」


ああ、そこからか……。


「良いか?この『結晶領域』では、時間や空間が歪んでいるんだ」


恐らく、原因は足元の大量の魔力結晶が放射する魔力によるものだと思われるが……、その辺りの研究は学院(アカデム)の学者共がやれば良い。ここまで来れれば、の話だが。


少なくとも、我々冒険者は、「踏むと転移する」とだけ覚えておけば良いのだ。


「故に、このような色の違う床を踏むと、別の空間へと転移してしまうんだよ。踏んだら転移する、『転移床』だ」


ゲーム的には、ワープ床エリアって感じだ。


ワープ床でワープしまくりつつ、正解の道を辿ろう!みたいな。


「俺は、どこを踏めばどこに転移するかを覚えているから良いが、お前らは逸れたら死ぬぞ。だから、離れるなと言っているんだ」


「う、うん、分かった!」


「さあ、来い」


今度こそ、勇者サマ達と一緒に、転移床を踏んだ……。




「……ねえ、サターン君?」


「どうした、勇者サマ」


「さっきからぐるぐる、同じところを移動してないかい?」


「ああ、それは同じような景色がたくさんあって、こちらを迷わせようとしているんだ」


「……ダンジョンが?」


「ああ」


「ダンジョンは、大神ユピテルがこの世に齎した試練であり恩恵なんじゃないのかい?」


「そんな話もあるな。だが実情、ダンジョンはこちらを騙すし、罠も仕掛けてくる。殺す気でな」


「うーん……。そんな危険なダンジョンに、どうして潜るんだい?やっぱり、お金の為?」


「さあな。一説によると、ダンジョンの果てにはどんな願いも叶うマジックアイテムがあるとか、制覇すれば神だの世界の王だのになれるとか、そんな話もあるが」


「んん……、実際はどうなのかな?」


「さあな。新宿でもあるんじゃないのか」


「シンジュク?……って何だい?」


「まあ、目指す先に何があるかなんて、実はどうでも良いのかもな。冒険者なんだ、冒険そのものが目的だよ」


「そんなものなのかな?」


「モンスターが来たっす!」


おっと、勇者サマの雑談に付き合いながら移動していたら、早速モンスターとエンカウントしてしまったな。


結晶領域のモンスターは、通常のものでも非常にかったるいのが多い。


「「「「………………!!!」」」」


「なんっ……だよこれはっ?!」


反射的に振り抜いた勇者サマの聖剣が、ぞぶりと。


現れたモンスターの肉体を穿つが、それを無視してモンスターは突撃してきた。


辛くも、勇者サマは盾を構えて弾くが、凄まじい威力だ。


そのモンスターというのが……。


未確定名「赤い粘液」こと……。


「『ヒートウーズ』だ」


「これ、何なのさ?!」


「ウーズ、粘菌のモンスターだな。物理攻撃は、斬撃も打撃も刺突も効果は殆どない」


「じゃあどうすれば?!」


「有効なのはただ一つ……」


横入りしてきたサマンサが杖を構えて、叫ぶ。


『コンヘラル(吹雪の噴射)!』


「氷の魔法だ」


ヒートウーズは沸騰する粘菌のモンスター。人間の子供ほどの質量の赤い粘菌で、見た目よりよほど素早く力強く動く。


全身が筋肉のように蠢動しており、特に沸騰した身体を押し付けてくる体当たりは驚異的だ。


30kg程度の沸騰する粘液が、人の全力疾走以上のスピードで突っ込んでくるのだから、まあ普通に死ねるな。


もちろん、熟練の騎士である勇者サマは、これを盾によるバッシュじみた腕の振りで弾き落とすが、そう何度も連続してできることではない。


それに、勇者サマは前衛として、後衛の術師達を守る義務がある。


そんな勇者サマが盾で弾いたヒートウーズに、サマンサの冷気の魔法が降りかかる。


「……………?!?!!」


ヒートウーズは高熱の身体を持つが、実はそれを冷やされると細胞が死滅するのだ。


噴射した冷気の突風に触れた瞬間、ヒートウーズは、殺虫剤をかけられた虫のように無茶苦茶に暴れて苦しむ。


良い調子だ。


だが、深層でここまで騒ぐと当然……。


「!!」「「「………………!」」」


「新手っすよ!」


モンスターの増援が来るな。


白銀の甲殻を纏った、頭から尾の先まで3メートルはある大型の蠍。


水晶のような蒼白い色の、薄く削いだ黒曜石のような質感の羽で何故かヒラヒラと宙を舞う、人の頭ほどの大きさの蝶。


未確定名、それぞれ「白銀の大虫」「水晶の羽虫」……。


「『デススコーピオン』と『クリスタルパピヨン』だ。デススコーピオンの甲殻は刃を通さないほど硬い、クリスタルパピヨンの羽紋は人の精神を乱す。気を付けろ」


「具体的にッ、どうしろって?!」


デススコーピオンの尾針を弾きながら、勇者サマが叫ぶ。


「デススコーピオンは打撃か、電気の魔法で仕留めろ。クリスタルパピヨンは凝視するな、脆いから当てれば落とせる」


「あーもう、厄介だなあ……!」


そう言いつつも、デススコーピオンを打撃主体の戦い方をするアザミに任せて、勇者サマは聖剣を羽音を頼りに目を閉じながら振るった。


「!」「!!」「?!」


おお、よく当てるもんだ。


少なくとも、俺は目を閉じたまま空飛ぶ蝶に剣戟を当てることはできない。


戦士としては、俺が分からないくらいの高みにいるんだな、勇者サマは。


とにかく、問題はなさそうだな。


……この一ヶ月、勇者サマを見てきたが。


熟達した騎士で、正義の心を持ち、他人の意見を柔軟に取り入れる、素晴らしい女だとは分かった。


今後がどうなるのかは分からんが、機会があれば、また一緒に冒険してみたいものだ……。

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