第41話 順調な旅路
中層に入った。
高地領域は要するに山で、足場が悪く、転げ落ちたら死ねるってだけでそんな大したものではない。
ちょっかいをかけてくる鳥系モンスターと、山岳の中でも素早く動き回る獣系モンスターがウザいくらいだ。
その次の暗黒領域は……、まあなんだ。
つまり、フィールドの殆どがダークゾーンって感じのアレだな。
ダークゾーンに適応した、蛇や蝙蝠、悪魔系なんかが多い。
で、今は宝窟領域を超えて、腐海領域に入ったところだ。
深層である。
このくらいから段々、勇者サマも余裕をなくしてきた。
腐海領域。
その名の通り、一面に広がる腐った毒沼の領域。
歩くだけで毒に侵される、所謂「ダメージ床」ばかりのイヤな領域だ。
そして、この世界の毒は、世界の樹の中の迷宮を探索するゲームのそれ並みにエグいダメージを叩き出す。
毒を受けたら死ぬ。
まあそれはそうだがもう少し加減しろ莫迦!とは思う。
「くっ!……はああっ!」
「ギャオオッ!」
そんな毒の海に膝まで浸かった勇者サマは、襲いかかるベノムサーペント……未確定名「大トカゲ」の爪を受けてから、返す刀で聖剣を振り下ろし、傷を負わせる。
「オバアアアア!!!」
「ぐああっ!」
おっと、アシッドブレス。
酸の吐息を浴びて肌が焼ける勇者サマに、仲間のノーム僧侶が白魔法を飛ばす。
毎度言うが、ブレスや魔法は回避できないことが殆どで、身体を張って受けるか補助的な魔法でACを下げて対応する他ないのだ。
『エクリクスィ(爆ぜる火玉)!』
「ギャース!」
そこにすかさず、勇者サマに庇われてノーダメージだったエルフ魔術師の、黒魔法による爆撃。
魔術師(メイジ)は脆いから、この階層のモンスターのブレスを直受けは危険だ。
だから、勇者サマの君主(ロード)としての「かばう」コマンドで守ってやる必要があったんですね。
そうして、ベノムサーペントは首から上が吹き飛んだ。
体長4メートルはあろう大トカゲの頭が、爆風に舞い上げられて墜落し、割れて、クリーム色の脳がはみ出て焼けて、悪臭を発する。
腐海の腐臭と、焼けた脳漿の香りのミックスは、まさにこの世の地獄だった。
ガスマスク……吸う空気を綺麗にするマジックアイテム、『風妖精の口付け』がなければ、もっと酷いだろう。
「……そろそろ休憩をしよう」
俺が言った。
丁度、腐海の中に浮く陸地まで辿り着いたからだ。
ここに陣を張り、俺はブルーシートを敷いた。
ブルーシートは良い、麻布などと違って、毒や腐液が漏れ出すことがないからだ。
もちろん、ブルーシートを敷く前に、サマンサに火の魔法で周囲を焼かせた。
ここに更に、そこそこ貴重な消費タイプのマジックアイテム、『清浄の護符』を貼る。
この護符は、貼ってから半日程度、その場の汚濁や呪いを祓い清めるというもの。モンスター避けにもなる。
その辺の神殿に行くと銀貨十枚くらいで売ってくれるな。
とは言え、その辺の平民に、銀貨十枚で一晩の安全を買おうだなんて発想はないが。貴族用か、緊急事態用かだな。
こうして、護符とブルーシート、焼却消毒のおかげで、やっとガスマスクを外せる。
「っぷはあ!ああもう、酷いね!」
勇者サマが文句を言いながらマスクを外した。
そこに濡れたタオルを投げ渡す。
「わっ、とと、と。ありがとう……、んー!この布!どういう加工なのか分からないけれど、ふわふわで気持ちいい!」
ああ、まあこの世界は基本的に麻布だもんな。ごわついて痛いのが普通だ。
おっさんのように腕や顔を拭く勇者サマを横目に、俺はキャンプの設営を急いだ……。
夕暮れ時。
キャンプの設営を済ませた俺は、まだ天然光(ダンジョン内だが昼夜はある)がある内に、食事の用意を済ませる。
灯りのマジックアイテムをなるべく節約したいからだ。
「今日のメニューは何かな?」
「長期保存パンとクラッカー、豆とソーセージステーキの炒め物、魚入りほうれん草と玉ねぎのスープ」
「………………」
勇者サマの無言の圧力。
「……デザートは、オレンジの砂糖漬けだ」
「わあっ!やったあ!」
ガキかよ。
まあ実際、甘いものの類はエネルギー源になるのでなるべく提供したくはあるが。
それに、美味い食事は冒険者の活力の元。
ダンジョンの中での楽しみは、美味い飯くらいしかないのだ。ストレス管理も運搬人(ポーター)の仕事のうちだろう。
俺はスキットルと小鍋で料理をして、サランラップをかけた食器にスープを注ぐ。洗い物を減らすためだ。
「できたぞ。勇者サマとお仲間二人から先に食え」
「わあい」
勇者サマは、大変嬉しそうに飯を食う。
普段は凛としている勇者サマだが、オレンジ缶を食べている時は、年相応の少女らしい笑顔になっていた……。
「次、サマンサ達。早く食え」
「ええ」
こうして食事をして、夜を迎えて。
俺達は腐海を越えた……。
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