第39話 聖者のゆく道

「キミ、料理が上手いんだね!どうだろう、ボクと神殿騎士団に来ないかい?専属料理人として雇うよ!」


「いや、結構だ」


この程度の料理でそんな絶賛されるとは、神殿騎士は普段何を食っているんだ?ゴブリンのキンタマとかか?


そう思ったが、俺はそれを口に出さないでおいた。


そういう、「冒険者風の」言い回しは、このお上品な勇者サマのご機嫌を損ねるだろうからな。


折角、カロリーメイドを食わせて機嫌を良くしてやったのだから、あえてそれを口に出す必要はない。


それに俺は、地球では上流階級で通っているからな。冒険者のような賎業を生業にする連中と同レベルまで落ちることはないだろう。


……普通に侮辱だが、俺がこれを言うと殆どの冒険者は「違いねえ」と、ガハハと笑う。俺の鉄板ギャグだ。


尚、ジョークと侮辱の境界線を見極められない奴はその場で殺されるので注意が必要。


そしてこれが一番大事だが、注意しても死ぬ時は死ぬ。


俺はそんなことを考えながら、鞄から飴玉を取り出した……。


「飴玉だ、舐めておけ」


「……え?な、なんで、ダンジョンでおやつを?」


勇者サマがなんか言ってるが……。


「美味しいおやつを食べながら歩くだなんて、まるでピクニックみたいだ、と?そう見えたなら申し訳ないが……、もしもアンタが、ダンジョンアタックに必要な栄養を取るために、腹がパンパンになるまで飯を食いたいならそれでも構わないぞ」


「小まめに食事して、お腹を膨らませるなってことだね……。でも、そういう言い方は良くないよ」


「ああ、重ねて申し訳ない。なら親切心からお伝えするが、この程度の物言いに目くじらを立てていたら、俺以外の冒険者と話せば憤死するだろうと忠告しておいてやるよ」


「……どうも」


また、少しムッとしたような顔をする勇者サマだが、俺が渡したフルーツ飴を口に含むと「わあ!りんご味だぁ……!」と一瞬で笑顔になった。


なんか、この女の扱い方、段々分かってきちゃったかもしれない。




草原領域では、大体一万歩と少しくらい歩く。


数値化すると十キロメートル程度だな。時間にすると、戦闘や野営を含まなければ二時間くらい。


これで、最初の『階段』へと辿り着く。


階段というのは、所謂「転移装置」みたいなものだ。


ダンジョンに入る時の門と同じ材質の扉で、開くと次の領域に行ける……。


無論、草原領域だけでも探索し尽くせないほどに広いし、この階段も一つではない。繋がる先が違う階段が、同じ階層に別々に存在することすらあるのだ。


大概の冒険者は、使う道順だけを覚えているが、腕がいいポーターやシーフ連中は、緊急脱出のために複数のルートを覚えている。


俺?俺はほら、3Dダンジョンものだとダークゾーンや罠パネルも含めて全部マップ埋めないと進めないタイプの人だからな。


この世界基準では「異常者」と言うらしい。


とにかく俺達は、次の領域に足を踏み入れた。


『荒野領域』だ。


ここは、草原領域より難度が少し高い……大体2〜3程度だな。


これは最近のテレビゲームでは中々分からない感覚だろうが、この世界ではレベルが一つ違うと戦力が大違い。


特に、低いレベルの時が最も苦しいのだ。


それ故に、この荒野領域は、かなりの冒険者を殺している……。


……が、まあ、勇者サマには不要な忠告か。


嫌味なくらいに油断をしないからな、この女。


「凄いね。青々とした草原から、一瞬で乾いた荒野だ」


「別に、転移装置くらい教会にもあるだろう?」


「いや、転移装置は色々と事情があって、多用はできないんだ。僕も殆ど使ったことはないよ」


ああ、確か、一日に使える回数に制限があるんだとか……。


教会の抱えるマジックアイテムの機密を知っているなどと口に出したら、要らぬ警戒心を抱かれそうなので、何も言わないが。


「失われた時空を操る魔法……『裏魔法』の込められたアイテムは、本当に貴重なんだ。それが、こんな風に誰でもいくらでも使えてしまうと、やはりダンジョンは神様の奇跡なんだと実感してしまうね」


まあ俺は使えるけどな、その魔法。


「あ……」


っと……?


死体か。


この領域によく出る『ビッグローチ』……未確定名「大きな虫」が、複数集って肉を食っている。


ビッグローチは言ってしまえば、犬くらいでかいゴキブリなのだが、強烈な食欲を持ち何にでも噛み付いてくるモンスターだ。


昔、このビッグローチの大量発生で飢餓が起きて滅んだ小国なんてのもあったらしい。


黒光りするこの虫は、この世界でも嫌われている存在だ。


「酷い……」


勇者サマは、ビッグローチ共を斬り捨てて、死体に駆け寄った。


「やめろ、もう死んでる」


「アネアス寺院に運べば……!」


「お前が自費でやるならいいんじゃないか?その場合は今回のダンジョンアタックは中止、違約金を取って終わりだ」


「な……、何でそんなに冷たいんだ?!キミと同じ冒険者の仲間が死んでいるんだよ?!」


仲間?


「ハッ……、失礼、少し笑ってしまった。仲間?仲間と言ったのか?」


「……分かっているさ、キミはどうせ、仲間じゃないと言うんだろう!」


「その通りだ。冒険者はあくまでも個人。自分の力で生きて、力が及ばなければ死ぬ」


勇者サマは、俺を睨んだ後に、死体に向き直って魔法を行使した。


白魔法の、所謂『浄化の光』というものだ。


これを使うと、物品が清められて悪き念を祓い、アンデッドが寄り付かなくなる。


死体に使うというのは、この死体のアンデッド化を防ぐということになる。


アンデッド化というのは特定のそういう邪教でもない限り、宗教的に定義されるところの死後の安寧を奪われるという「地獄に堕ちる」のようなニュアンスになっている。


「日に数回しか使えない魔法を、こんなところで使うなよ」


俺はそう言って、勇者サマを咎めた。


人間は内包する魔力の構造上、同じ位階の魔法は日に九回しか使えないんだよな。


七階位の魔法をそれぞれ九回、六十三回が、人間が可能な限界の魔法行使回数なのである。


もちろん、そこまで力を高めている奴は、俺が知る限りでは『魔女夜会』のメンバーくらいしか知らないが。


しかもこの『プリフィカ』、浄化の白魔法は、かなり高位の呪文。


魔法の階位は七つあるのだが、これは大体五段程度に位置している強力な呪文だ。


死骸を見つけた「程度」で切るべき手札じゃないんだよな。


そういうことを俺は、勇者サマに伝えた。


「分かってるよ、そんなことは。でも、ここで死者を粗末に扱えば、ボクは勇者を名乗る資格を失う……!」


……なるほど。


信条による判断か。


俺には理解できないが、そういうものがあるというのは存じている。


まあ、好きにすればいい。


俺はただ、この勇者サマが何を成していくのかに興味があるだけだ。


途中でのたれ死んだとしても、しばらくは笑い話として覚えておいてやるよ。

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