第38話 カロリーメイド

「さあ、行こう!魔王を倒しに!」


真夏の南の島の海原のように、あるいは、少女漫画に出てくる王子様のように、キラキラと輝いて見える勇者サマを先頭に、俺達はダンジョンに入った。


勇者サマのダンジョンアタックの始まりである。


聖剣、『光を齎す剣(ライト・ブリンガー)』……。


純粋な聖気、折り重なった光の塊で出来た輝ける刃は、そこにあるだけで闇を払い、振り抜けば光の刃が放たれる。


その上で、所有者を守る魔法の力を持つという欲張りセットだ。


更に、アーティファクトだから、パワーはなくならず、破損することもないというおまけつき。


単純に攻撃力が高い、シンプルに強いタイプだな。


俺が今装備しているアーティファクトは搦手系だから、正面戦闘向きではないし……、サマンサ達の心配も的外れではないかもしれない。


……いや、まあいい。


そんなことよりも、真面目にやらなくては。


俺はマジックアイテムの鞄を背負い、勇者サマの後を追った……。




まずは、草原領域からだ。


この領域は、最も基本的なエリアで、難度はおおよそ1から3程度。


しかし、背の高い草むらには、初心者殺しと名高い『ヴォーパルラビット』……未確定名「小動物」が出る為、注意が必要だ。


この兎は、凄まじく鋭利で大きな牙を持っており、人間を見かけると素早く飛びかかって首に噛み付いてくる。


薄着の奴や、単なるノロマ野郎は、瞬く間に首を刎ね飛ばされる。そうなりゃ即死だ。


しかし、動きはよく見極めれば大したものではなく、直線的でタメが長いため、ある程度の冒険者なら見てから避けられる。


こんなのに殺されるのは、「田舎から銅貨の詰まった革袋と中古のショートソードを持ってやってきた素人のガキ」くらいのもんだ。


そして、冒険者ってのは、大体がそれだ。


「……だからこいつは初心者殺しな訳だな」


俺はそう言いながら、ヴォーパルラビットの死骸を拾う。


「講釈、どうも。興味深い話だったよ」


チン、と。


勇者サマは、輝く聖剣を鞘に納めた。


そう、勇者サマは、いきなり草むらから飛び出してきたヴォーパルラビットを、聖剣の抜き打ちで斬り裂いたのだった。


流石は「勇者」だな。


こんな程度のモンスターには、例え奇襲されても即応できるか。


瞬く間に、別々の方向から襲いかかってきた三匹のヴォーパルラビットに対処していた。


動きに淀みはなく、右手で聖剣の抜き打ち、左手でシールドバッシュ、後ろから来たのは首をずらして回避……。


返す刀で、バッシュで倒れた方の頭を踏み抜き、それと同時に回避した方のヴォーパルラビットの、背中側から首を刎ねた。


そんなふうに、一度に複数の動作をして見せた勇者サマの技量は、確かに勇者と呼ばれるに相応しいだけのことはあった。


こうして、直接戦うところを見れば、神殿の僧兵達に育ててもらった「養殖物」のレベルだけが高い雑魚ではないとよく分かる。


この子は本当に訓練を積んで、実戦を経験して、その末に実力を得た本当の勇者のようだ。


愉快になってきたな。


だからこそ、ガチの勇者である彼女の目的である、復活した魔王リューメンノールというものの正体が分からない。気になる。


俺は魔王リューメンノールと呼ばれていた存在の子孫だが、魔王とは俺のことを指しているのか?


それとも、何十年も前に俺の目の前から姿を消した祖父、魔王リューメンノールその人がこの世界に舞い戻ってきたのか?


或いは、全く別の存在か?


◆魔王リューメンノールの正体とは……?


って感じ。




草原領域、昼頃。


俺の腕に付いている、「C SHOCK」というメーカーの時計を見る限りでは、昼の十一時。


ダンジョン内にも当然のように太陽が出ていて、気温は大体24℃程度。


俺は剣鉈で背の高いススキのような草を切り払い、スペースを作った。


「そろそろ休憩にしよう」


しかしそんな俺に、勇者サマは不満げな顔を見せる。


「そんな!まだ進めるんじゃないかな?」


ほう、なるほど。


確かに、勇者サマは、生意気を言えるだけの実力をお持ちだ。


だがな……。


「まだまだ道のりは長いんだ、体力は可能な限り温存するんだよ。無理に進んでも利点はない」


と、俺は説得した。


つまり、ダンジョンアタックとは、「行ける時に行けるだけ行く」とかそんなものではない、と。


可能な限り、体力とコンディションを維持しつつ、予定された日程を過不足なく消費していくのがダンジョンアタックだ。


体力の最大値は、疲労によってジリジリと削れてゆく。疲労は蓄積されていくのだ。


だからなるべく、「体力を減らさないこと」「コンディションを維持すること」をメインに考えるべきだ。


俺はそう言った。


「……確かに。専門家のキミに意見してすまなかった。ちゃんと考えがあるんだね」


……聞き分けがいいな。


ふざけた冒険者なら、ここで忠告を聞き入れたりしないのだが……、勇者サマは違うな。


俺は感心しながらも、鞄から調理セットを取り出した。


と言っても、大して料理をするつもりはない。


ヴォーパルラビットの肉と、干し野菜をパッパと入れたコンソメスープだ。


ヴォーパルラビットの肉は、火の通りを早くするために可能な限り小さく刻む。


包丁、まな板などの調理器具と食器は全てマジックアイテムで、使い終わった後に特定の動作をすると汚れが落ちる効果があるものだ。普通にアウトドア用品として便利なので、大量に購入してストックしてある。


干し野菜の方は、俺が自宅でフードドライヤーを使って自作している。結構楽しいぞ。


干し野菜を水で戻しながら煮込み味を出し、そこに細かく切ったそぼろ状の兎肉を入れる。


コンソメキューブで味をつけて、塩胡椒で整える。


そこに、みんな大好きカロリーメイド。


因みに俺は、メーカーの小塚製薬に金と権力の力で無理矢理にフレーバーを増やさせるなど、悪行の限りを尽くしている。


でも美味いんだよ、バナナ味。


抹茶味とコーヒー味も作らせたけど、どれも美味い。


「……美味しい!」


勇者サマは、バナナ味のカロリーメイドを齧ると、目がピカっと輝く。


どうやら、甘いものが好きなようだな。


神殿は禁欲的だから、甘いものなんざ食えないんだろうよ。


そんな感じで、進撃を止められて少し不満げな勇者サマだったが、カロリーメイドを与えると、秒で機嫌が治っていたという話だ。


ガキみたいで可愛いね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る