第37話 遠足は準備している時が一番楽しい
ルートを決めた。
草原→荒野→墓地→遺跡→高地→暗黒→宝窟→腐海→結晶→死界
この順だ。
この順番なら、基本的に必要なのは呪いと毒に対する対策だけで済む。
いや、暗黒領域での光源確保も必要だが、それは俺がLEDランタンを持っていくので……。
距離的にも問題ない。
一ヶ月分の準備でOKだ。
まず、荷物。
必ず必要なのは「食料」と「水」だ。
これがないと始まらない。
食料は地球から持ち込んだフリーズドライや乾麺などを持ち込む。
水は、日に一定量の水を産むタイプのマジックアイテムが必須。
そして「寝具」。
ダンジョンに季節は関係ないが、昼と夜はある。なので、冷え込む夜などにはしっかりと防寒対策が必要。
「上着や外套」などを個人個人でそれぞれ持ってもらう。
それに伴い「テント」も必要だ。
長期間のダンジョンアタックでは、シェルターが欲しいからな。
ついでに言えば、ダンジョンは場所にもよるが雨が降ることもあるからな。
「雨具」も欲しい。
「糸や針」「縄」「ナイフ」「スコップ」「調理器具」などの細々としたアイテムももちろん必要。
まあ、うん。
前も言ったが、大体登山みたいなもんだ。
この世界には、「アイテムボックス」みたいな甘えた設定はない。
荷物を持つならば、背嚢に詰めて担ぐしかないのだ。
但し、レリック級のマジックアイテムの中には、このようにこんな長旅に役立つものもある……。
「へえ、『巨人の財布』?良いものを持ってるじゃない」
地球にて。
鞄に固形燃料やフリーズドライ食品をパッキングしている俺の、背後の影からすうっと湧いて出たのは、サマンサ。
「いや、こりゃもうワンランク上の『呑龍の胃袋』だ」
俺が短く答えると、サマンサは、近くにふわりと浮遊した。
「へえ!よく手に入ったわね?『呑龍の胃袋』は、荷物の嵩と重さを五分の一にする大鞄……。その性質から、市場に出回れば軍部がすぐに買い上げてしまうのに」
「自分でダンジョンでとってきたんだ。誰にも文句は言わせねえよ」
「なるほどね、良くやるわ……」
そう言って呆れた顔をするサマンサだが、その顔つきは、趣味人の亭主を眺める主婦のようだった。
マジックアイテムのキセルから紫煙を燻らせ、煙を吐く。
「吸うなら外で吸えよ」
「良いじゃない、別に」
「臭いがつくだろ」
「これ、薬草焚いてるだけよ」
「この臭い、芥子だろ」
「そうよ?けど、こんなもので私がどうにかなると思う?」
「……まあ、この世界では違法だから、見つからんようにやってくれ」
「あっちでも違法だけどね」
「じゃあやめろよ」
俺はそう言って、ピンク色のイチゴ味チューインガムを吐き出して、新しいものを口に含む。
ええと、いつものように六人でのダンジョンアタックだから、固形燃料は大型を三十……いや六十は欲しいな。途中で薪を補給できるルートじゃない。
着火用のマジックアイテムも持つが、マジックアイテムは「充填されたパワーを使い切ると無力化」するし、「使い方が悪いと破損する」からな。
マジックアイテムだけでなく、こうして、人類の叡智の塊である現代地球キャンプ用品の方が長けている部分も当然ある。
しかし、水はどうにもならないので、複数の『精霊の水差』なんかを持って行かなきゃならない。
で、マジックアイテムを持っていくとなると、マジックアイテムに魔力を充填する為のマジックアイテム……『魔力の結晶』などを持っていく必要があり、更に荷物は増える。
他にも、武器の手入れのための工具も欲しいし、栄養を補佐するサプリメントなんかも欲しい。
『聖なるお香』や『結界の杭』も要るな。
魔除け系の使い切りマジックアイテムはどうしても必要だ。
この世界は、魔筆を探しに行く人たちのように、ダンジョンで寝ても襲われないとかそんなことはないからな。
武器を抱えて鎧のまま眠り、異常があればすぐに飛び起きて戦えなくては、冒険者は務まらない。
そんなだから、娼館で寝ている冒険者が、寝ている自分に近づいて来た娼婦を敵と勘違いして、飛び起きて殴り殺してしまった……みたいな笑い話もあるほどだ。
人死が笑い話になる辺り、治安が悪いことは察してくれ。
っと、それより、忘れちゃならないのは行動食。
ダンジョンで一番必要なのはエネルギーだからな。
一日中ただ歩くことでさえ、相当量のカロリーが消費されるものだが……、冒険者はそれに付け加えて、常に神経を尖らせて警戒し、そして敵と戦い走り回るのだ。
殺し合いというのは、全身の全エネルギーを使った運動なのだ。
そりゃそうだ、人間、殺されそうになれば嫌でも火事場の馬鹿力を出して全開になる。
そんな全開状態を日に何度も行えば、当然のようにエネルギーがなくなるのだ。
故に、アスリート並みの食事をしなければならない訳だが……、それにも色々と問題がある。
重さは、一人分が一日で700g前後程度に抑えたい。削れるところは極限まで削る。
炭水化物が最も重要な栄養素。
エネルギー源、つまりはスタミナ。
スタミナがなければ何もできない。
ファンタジーだからと言って、灰の人達のように放っておけば緑色のスタミナゲージが回復するなどということはないのだから、やはり食わねばならない。
そしてそれも、チョコレートなどの糖類があればいい訳じゃない。
糖類は確かに優れたエネルギー源だが、これは即効性があり、一度に大量に食べれば低血糖で倒れかねん。
だから、嵩張って重い乾麺やアルファ米なども持っていく必要がある。
胃に負担をかけないメニュー作りも必要だ。
それでいて、腹持ちの良さも考えねばならない。
脂質も大切なエネルギー源だから多めに食べたいところだが、これは胃に負担がかかるからバランスをよく見極める。
不足しがちなビタミンは、サプリメントなども使ってしっかりと補う。
不足する栄養素の補助もそうだが、メンタル的にも保存食ばかりが続くとおかしくなるもの。
しっかりと、フリーズドライ以外にも水煮缶やレトルトパウチなども持っていく。少量だが必要だ。
エネルギーバーなども欲しいだろうな。
他にも、トイレットペーパーや、キッチンペーパー、歯ブラシなども欲しい。
粗方、用意が終わったところで……。
「ほら」
「あっ!ありがとう!これがないと私、駄目なのよ」
サマンサに荷物を渡した。
サマンサは、鼻歌混じりに……、「生理用品」を持って帰った。
日本のものじゃないと駄目なんだそうだ……。
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