第32話 掃き溜めの都市
きりり、と。
凛とした面構え。
例えるならばそう、漫画やアニメの女子校で「王子様」呼ばわりされていそうな美少女。
それが、その、きりりとした顔のまま、冒険者ギルドの戸を開く。
その瞳は使命感に燃え、「絶対に魔王を倒すんだ」と、「無辜の人々を守り、世界に平和をもたらすんだ」と、そんな熱い気持ちを込められていて、戸を開く手にも力が籠っていた。
……そして、ギルドの戸を開き、彼女は。
「………………うわぁ」
全力で後悔していた……。
音楽が流れる。
地球で言う「ケルト音楽」に近いような、バイオリン、ハープ、フルートなどの楽器から、軽快で明るい音調の曲が鳴り響く。
楽器を弾いているのは大抵はハーフリングの旅芸人で、その音楽に合わせて娼婦崩れの踊り子が踊る。
それを、助平な目で舐めるように見るボンクラ冒険者達は、昼間から働きもせずに安いエールをがばがば飲んで歓声を上げて。
血の気の多いドワーフの冒険者達が、取り分を巡って殴り合いを始める。
酔っ払った若い魔術師が魔法を暴発させて、近くにいたリザードマンが吹き飛ばされてブチ切れて。
ノームの中年がそれの仲裁をするも、弾き飛ばされて酒場のカウンターに頭から突っ込む。
カウンターの上でサイコロ賭博をしていたヒューマンの中年戦士達が、この世の終わりが来たかのような悲鳴を上げて銀貨がテーブルから溢れ落ち。
ビーストマンがテーブルの上の肉が床に落ちたと怒り狂う。
そんな混乱の最中を、圧倒的なパワーで切り開き、つっかかってきたヒューマンの顔面をグーパンで凹ませつつ、仕留めた獲物を担いで運ぶアマゾネス達。
ノックアウトされた冒険者の財布から金を拝借するハーフリングとフェアリー。
酔っ払って全裸になるビーストマンと、その身体を勝手に弄る変態エルフ。
言葉にするならば、そう。
『混沌の坩堝』だろうか。
勇者サマのキラキラの瞳は、目の前の惨状を理解すると、スン……と光を落とした。
一瞬にしてやる気の炎が鎮火してしまった可哀想な勇者サマは、二人の仲間……恐らくこれもまた結構な実力がありそうな魔術師と僧侶を引き連れて、受付カウンターまで辿り着いた。
その最中に何人ものボンクラ冒険者に絡まれ、酔っ払いに絡まれ、何故か娼婦にまで絡まれて、勇者サマ達はげっそりした顔になっている。
勇者の子かわいそう。
俺は、受付カウンター近くの「定位置」と呼ばれる席に座って、コーラを飲みながら勇者サマを見守る……。
「ちょっと良いかな?」
女子校の王子様的なキラキラ感を出しつつ、受付のノームに話しかける勇者サマ。
ノームは……、ああ、ルーシーか。
『蠍殺しのハリー』の担当で、長い金髪の前髪で両目を隠した、可愛らしいノームの女性だ。
「はい、なんでしょうか?」
印象にあまり残らない声で、ルーシーは言った。
それに対して勇者サマは、キラキラのままにこう言った……。
「ダンジョンに潜るには、どうすれば良いのかな?」
と……。
……ふむ、なるほど?
もしかして、許可が欲しいと思っているのか?
すごく良い子だなこの子。
この世界は、ご覧の通り治安がガバガバだから、まず「他人に許可を取ろう」という理性的な判断ができちゃう時点でとても良い子ちゃん判定が下る。
なので、ルーシーも驚き、口を丸くする。
が、そこはプロの受付。
すぐに再起動してこう返した。
「ダンジョンは大神ユピテル様が齎したものなので、誰のものでもありません。よって、誰かに許可を取る必要もありません」
「そうなのかい?」
今度は勇者サマが驚く番だった。
何も知らないんだな、この子は。
「ええ……。それで、冒険者登録はなさいますか?」
「冒険者、登録……。その、えっと……、した方が良いのかな?例えば、名目上はダンジョンは誰でも入れるけど、実は冒険者じゃないと周りの人々から敵視されてしまうとか……」
お、良いね。
そう、この世界は、あまり法律がないのだ。
法律がない!というと、無法地帯ではあるが自由!みたいなイメージかもしれん。
だが、現実の無法地帯は、明文化されていない法律で雁字搦めであることは中々知られていないよな。
例えば、この辺のボスに付け置きがなけりゃまともに暮らせないとか……要するに田舎の因習村みたいなことが、無法地帯では良くある。
勇者サマがちゃんと、「明文化されていないルールはあるか?」と訊ねるのは正しいことだ。
だがまあ。
「ありませんよ、冒険者にルールなんてものは」
「えっ」
ないんだな、これが。
冒険者にはガチで、ルールらしいルールが何もない。
それどころか、人権だって碌にありゃしないのだ。
何をやっても良い、何をやられても文句は言えない。
俺なんてしょっちゅう、俺を舐めているチンピラ冒険者に絡まれてカツアゲされそうになるし、下級冒険者が一つ上のランクの強い冒険者に恐喝されたりなんてザラ。
治安はもうガバガバのガバ。
何せ、世界中の食い詰め者と英雄志願者のアホタレが集まるのだ。治安など良い訳がない。
だが、それでも、冒険者同士の横の繋がりによる連携だとか、上位冒険者の威厳だとか、そもそも一定レベル以上はカツアゲするよかダンジョンに潜った方がよっぽど儲かるとか、そんな理由により、見せかけ上はまともに運営されているように見えているだけに過ぎないのだ。
「冒険者は自由です。自由ですから、誰も守らなくて良いけれど、誰にも守られない。『そういうもの』なんですよ」
「……なるほど、肝に銘じておくよ。それじゃあ、根本的な疑問で悪いんだけど」
勇者サマは言った。
「冒険者は、何で『冒険者』をやるんだい?」
ああ、その辺の話ね。
そりゃあ、まあ……。
「冒険者は流民と同等の扱いですけれど、それでも、冒険者というのは『身分』になりますからね」
ルーシーが返す。
ほら、あれだ。
運転しなくても、身分証になるからって運転免許を取っておく、みたいな。
そういう話だ。
「ああ、なるほど……」
「ですけど、実情的には、冒険者の横のつながりができることが一番大きいのかもしれません。例えば、『死体回収人』に事前交渉しておけば、ダンジョンで死んでしまった時に死体をアネアス寺院まで運んでもらえますし……」
死体回収人。
その名の通り、ダンジョンで死んだ冒険者の死骸を有料で回収して、アネアス寺院まで運んでくれる冒険者だな。
「それ以外にも、冒険者間での物資のやり取りや、パーティメンバーの補充や、それに必要な情報集めができること、『運搬人(ポーター)』の募集など、できることは多いんですよ」
「運搬人か……、ボク達には不要かな。ダンジョンに潜る理由は、お宝が欲しい訳だからじゃあないしね」
「えっと……、差し出がましいかもしれませんが、ダンジョン深層に潜るのならば運搬人は絶対に必要です」
「そうなのかい?」
「ええ。日々の食事や着替え、飲み水に水薬(ポーション)……。そう言ったものを持ち歩く人は必要不可欠なんですよ。何せ、ダンジョンの現在発覚している最深層まで行くのに、六人パーティなら一ヶ月はかかりますから」
「……それって、本当かい?」
「はい、本当ですよ」
「参ったな、まさかそんなに長いだなんて。メルキル神殿から貰った支度金で足りるかなあ……?」
そんなことを呟いて、額に手を当てる勇者サマに、ルーシーは。
「でしたら、冒険者として稼ぐことをおすすめしますよ!」
と、冒険者ギルドの受付らしく、勧誘を始めるのだった……。
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