第31話 このイカれた都市へようこそ

サマンサから勇者降臨について軽く聞いた。


これは、世界最高の秘密結社である魔女夜会(ヴァルプルギス)でも殆ど把握していない話で、俺は勇者の名前と簡単なプロフィールしか得られなかった。


勇者が掲げる「魔王リューメンノールの討伐」についての原因や理由などは、一切不明だった。


魔王リューメンノールが復活したかどうか?みたいな話をすれば、そもそもあの爺さんは死んでないし、今も地球のどこかで観光をしている。


俺がこの世界に来たのだって二十年は前だ。生まれたのは四十年くらい前か?どちらにせよ、タイミングは違う。


だから今、いきなり、「魔王が復活した!」と騒ぐ理由が分からない。


理由が分からなければ、こうなった原因もまた、当然分からない……。


ただ一つ言えることは、「ヴァルプルギスでも知らなかった」ということのみ。


ヴァルプルギスほどの秘密結社の耳に全く入らずに、メルキル神殿のような大きな組織が動けるはずはないと俺は思う。


これがもし、メルキル神殿が昔から考えていた何らかの計略だったとするならば、必ず、ヴァルプルギスが知れるはずだ。


となるとやはり、本当の本当に、「商業神メルキルからの神託があった」としか考えられない……。


たまにあるのだ、神託は。


この世界には、地球とは違って本当に神様が存在するからな。


聖書とかいう全世界でベストセラーのライトノベルとは違い、この世界では神話も伝説も全て真実。


俺の女(?)の一人に、『混じりのキュベレイ』というセレスティアンの女司祭がいるが、こいつは直接に信仰している神と話せるらしい。


であれば、商業神メルキルに仕える神官が、ある日突然に神託を受けて、神に命令されたという可能性は否定できないのだ。


しかも、神託を受ける可能性は理論上は誰にでもあるからな。


某蛮族聖女よろしく、カッペの農民の女がいきなり神託を受けて、「汝、人体に攻城兵器である大砲をぶっ放して殺しまくりたまえ」などと神からのクソリプを真に受けて戦場に出てくることもおかしくない。この世界では。


ただ、その地球でのキチガイ聖女は、いもしない神の神託を受けていたと言い張るサイコパスだが……、何度も言うがこの世界の神託はマジのガチ。


それに、メルキル神殿の生臭坊主共がいかにガメツイとしても、この世界の人間は地球なんかと比べてよっぽど信心深い。


大金持ちでも、神託を受ければ全財産を擲つだろう。


ガチの神罰もあることだしな。


だから……、本当に神託が降りてきて、本当に神託の通りに行動しているとするのならば、と考えた場合……。


「その可能性は充分ある」と判断できてしまう訳なんだな。


そして、本当に神託だったとしたら、この突然で不透明な動きにも説明がつく。


ついてしまうのだ。


それでも、何故商業神メルキルがこんな神託を……?


……そんなことを考え始めても無意味だな。とりあえずは勇者サマの動向を見るか。




勇者、などとは言うが、俺の中では『勇者』などという役割(ロール)は存在しない。


攻撃と妨害の魔法「黒魔法」の使い手は『魔術師(メイジ)』で、回復と援護の魔法「白魔法」の使い手は『僧侶(プリースト)』で……。


直接物理攻撃で敵と戦う者は『戦士(ファイター)』、罠を看破し宝箱を開けるのが『盗賊(シーフ)』だ。


和製RPGのように、一人でなんでもできる万能な存在である『勇者』などというものはないのだ。


え?聖騎士ゲオルグ?あれはほら……、例外だから……。


とにかく、彼女……。


『勇者ジャネット』は、勇者ではなく、俺の中では『君主(ロード)』だった。


それ即ち、防御に長けた戦士でありつつも、白魔法をある程度操る……。


『侍(サムライ)』の対極にあるような存在だな。


レベルは15程度か。


騎士で例えれば、騎士団の団長並みか?


文句なしに上級冒険者としてやっていけるだけの地力はある……。


見たところ、ヒューマンの十五、六歳。


通常の騎士が、子供の頃から十年程度の修行を積んで、レベル7の一般的な騎士になるのが二十代半ばくらいであることを考えると、この女の子は十五、六歳で騎士のトップ並みの戦闘能力があることになる。


その上で更に、全身をレリックで固めて、アーティファクトすら持つと考えると……。


その力は、勇者と名乗れる程度は充分にあるだろう。


つまり、「適当な女の子を英雄に祭り上げて、政治的なことをしよう!」という線でもない。


このレベルの戦闘能力を持った若者に、アーティファクトを持たせるなんて、かなり本気で魔王討伐をやる気だと伺える……。


………………。


……無駄話はこんなもんでいいだろうか?


先程から、メルキル神殿の神官共が演説をしているが一向に終わらないのだ。


口を開けばまず、神の偉大さ素晴らしさ、自分達の正当性について唱え、その後に本題に入り今回の用件を言う。そしてその後、再び神の偉大さと素晴らしさについて長々演説し、また次の用件を話す……と言った感じで、いつまで経っても話が進まない。


実際、俺は、一度地球に帰って着替えて服を洗ってからここに来ているので、演説が始まってから二時間は過ぎているはずなのだが……。


未だに、アホ神官共は、勇者の名前すら言っていない。


冒険者の大半は、飽きて仕事に戻ってしまっていた。


そんなこんなで、更に待つこと一時間……。


やっとのことで、勇者サマがこの薄汚れた下界に降りてきなすった……。

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