第30話 勇者の意味は

俺は、一旦地球に帰ってシャワーを浴びて、コーヒーまみれのツナギを洗濯してから、再び冒険者ギルド前に来た。


「『魔王リューメンノール』の討伐こそが!我々の世界に安寧を齎す、唯一の福音なのであーーーる!!!」


あぁ……。


やっぱり、聞き間違えじゃあなかったか。


なんというか、頭が痛くなってきた。


痴呆老人に「財布を盗まれた!返せ!」と絡まれたかのような、「かったるさ」が俺を襲う。


オリハルコンドラゴンも怖くない俺だが、退屈と退屈な面倒事は、身の毛がよだつほどに怖いのだ。


黒猫のキャラクターが包装紙に描かれた、ピンク色のイチゴ味のチューインガムを噛みながら、俺は冒険者ギルドに入る。


大きな門を潜った瞬間に、いつものように、むわりと香る、酒、汗、血の香り。


ベロンベロンに酔っ払ったアホな剣士を避けて、腹を出して床で眠るドワーフを蹴り飛ばし、絡んでくる娼婦を押し除けて、受付の前に立つ。


すると、奥で書類仕事をしていたローズが、心配げな顔でパタパタ小走りで寄ってくる……。


「あ、あの、サターンさん?」


「ローズ、ありゃなんだ?」


「その……、こちらもまだ、何も掴めておらず……」


平謝りしてくるローズ。


まあそうだろうな、俺の耳にも入らんってことは、かなり突然な出来事だ。


だがそれはそれとして、俺に借りを作りまくってこの有様なのはちょっと許せんので、ローズにパワハラをしておく。


「オラオラ」


「ひぃ〜……」


ローズを責め立てて遊んでいると、いきなり後ろに気配が生まれる。


忍び寄った、とかではなく、いきなりだ。


これは転移。


空間転移の類だ。


俺の知り合いで、転移をしてくる奴となると……。


「サマンサか」


「久しぶりね、サターン」


黒魔女サマンサしかいない。


髪も瞳も、身に纏うドレスまでもが闇夜色のサマンサだが、肌は黒シミなどひとつもない白で、そして唇の紅色は処女の血よりも鮮やかだった。


そしてそんな目の覚めるような美しい紅色の唇から、面白いセリフが飛び出した。


「アレ、『本物』の勇者らしいわよ」


と……。


はて、本物?


「本物というと……、本物ということか?」


俺は思わず、頭の悪い政治家のような物言いをしてしまう。


人間、予想外なことを言われると、咄嗟にセリフを返すのが難しいものだ。


「そうね、本物よ。本当に神託があったらしいわ」


「……マジで?」


本物の勇者だと?


「もう、またチーキュの言葉で話すんだから……。そう、『マジ』よ。本当のことなの」


「いやいやいや……。神託を受けた勇者なんて、数百年に一人いるかいないかだろ?」


「ええそうね、前回の勇者……『闢夜卿(びゃくやきょう)バスターン』から、大体三百年は過ぎたわ」


「永遠に明けぬ夜の王、『暗夜公(あんやこう)ヴォービリアン』という真祖吸血鬼に転じた凄まじい大魔導師をぶち殺し、全世界に爽やかな朝をお届けした伝説のヒットマンだっけ?」


「殺し屋じゃなくて勇者よ」


「やっていることは同じだろう?」


「それを言えば、豚も王侯貴族も両方、食事をして排泄して寝ているわ。でも、豚と王侯貴族は違うでしょう?」


「そりゃそうだ。じゃあ、勇者サマは暗殺者と何が違うんだ?」


「少なくとも、金貨の入った革袋の為に人殺しをする暗殺者とは違って、勇者は、万人に望まれた正義の使徒よ」


「正義、ね……」


「貴方や私のような存在には分からないだろうけれど、弱き人々は『正義』だとか『大義』だとか、そういう言葉に縋りたくなるものなのよ」


「そうかね。で、勇者についての詳細は?」


「そうね、彼女は〜……」




さて、と。


サマンサの言葉だが、やはり正しいだろう。


サマンサの所属は『魔女夜会(ヴァルプルギス)』だからな。


ヴァルプルギスと言えば、世界でも屈指の魔女が集まるという集会で、その一員と認められることは魔女にとって最高の栄誉であるとされる。


そしてこの会に所属する魔女達は大抵、信じられないほどに高い立場にあるのが通例だ。


魔女にはそれぞれ色が振り分けられ、例えば『赤の魔女』はウォルト王国の王家の相談役を五百年間務める女傑で、『青の魔女』は学術都市アカデムの大図書館の司書長。『緑の魔女』はエルフの森の女王その人だ。


『黒の魔女』であるサマンサだけが、異例の冒険者であることになっているが……。


実際のところ、ヴァルプルギスは、全魔女の中で最も戦闘能力に長けるサマンサを、俺に張り付けているのだ。


何故か?


『魔王リューメンノールを継ぐ者』の名は、一国の王の相談役よりも、世界最大の図書館の司書長よりも、エルフの女王よりも、ずっとずっと重いからだ。


俺の祖父にして、冒険者として魔導師としての師匠、『魔王リューメンノール』は、この世界においては『史上最悪の大魔王』と名高い。


当時、世界最大と言われた『聖オペランザ帝国』は、地上の七割を支配し、現代の地球並みの先進的な文明を築いた超大国だ。


ここが、この魔王リューメンノールを無理矢理に従わせようとして反抗され、世界はたったの七日間で原始時代レベルまで焼き尽くされたのだ。


それがほんの二千年前のこと。


二千年過ぎたことで、人種はバラバラになり差別が蔓延したり、文明が後退して平均寿命が縮んだりなど、色々あった。


だがこの、魔王リューメンノールの暴れっぷりだけは、口伝でも古代文明の遺産でも洞窟の壁画でも……全てに残っていた。


その知名度は……、そうだな、悪ガキに対して親が「リューメンノールが来るよ!」と脅しつけることが世界共通のことである、というくらいだな。


まあなんだ。


とにかく、そのとんでもない大魔王であるリューメンノールの孫であり、リューメンノールの力と知恵の全てを受け継いだ俺は、全世界からの警戒対象ということだ。


そして……、最強の魔女であるサマンサの使命は、「万一の時に俺を止めること」という訳なんだな。


しかし、色々あってサマンサは俺の女となった。


ヴァルプルギスの公式見解は「ウチに魔王の強い血が入るしOKです」みたいなノリ。つまりはサマンサはヴァルプルギスからの後押しも受けている。


俺ももちろん、この世界を滅ぼすつもりはない。


そうなってくると、この世で最も強い血である、リューメンノールの稀血を巡って争いが起きるのだが……、それを、ヴァルプルギスが後ろ盾となり、面倒が起きないようにしてくれている。


俺は暴れないでおいてやる、ヴァルプルギスは俺が暴れることになりそうな原因を事前に潰す。


Win-Winの関係……だったのだが。


そんなヴァルプルギスでも知らなかった、いきなりの情報。


それが、『勇者降臨』なのだった……。


そうなってくると、きな臭さが洒落にならん。


さて、どうなるか……。

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