第29話 勇者来たれり

馬鹿貴族が、そいつのお袋でも分からんくらいに顔面を変形させられて、ギルドのゴミ捨て場に放り投げられたあの日から、早一月。


季節は秋。


収穫祭シーズンの真っ只中。


農村や地方では、麦や野菜を収穫し、肥えた家畜を潰してパーティを始めるらしいが、この迷宮都市ではそれはやらない。


迷宮都市は、季節によって肉がとれたりとれなかったりする訳じゃないからだ。収穫の時期なんてものはないということ。


この都市での本格的な祭りは雪解け直後の春頃にやる。


春の祭りは「迷宮祭」と呼ばれ、とてもとても盛大に二週間くらい騒ぎ続けるのだ。


……だがまあ、この都市は、観光客やら冒険者のファンやら、出土するマジックアイテムやらに魅かれた連中やらが常に集まる。


そして、そんな奴らを食い物にする為に商人が集まり、商人を守る為に護衛の剣客が集まり、剣客の「疲れ」を抜く為に娼婦が集まり、娼婦のおべべを縫う為に針子が集まり、下手くそな針子の指につける軟膏を作る為に錬金術師が集まり……。


とにかく、この都市は巨大な都市で、毎日がお祭り騒ぎのようなものだった。


そんなこの街に、いきなり神官の集団が現れた。


その神官というのが、地母神ケレスや大神ユピテルの神殿の連中ならまだマシなのだが、ここにいるのはよりにもよってガメつい生臭坊主の代名詞、『商業神メルキル』に仕える連中だった。


あの『アネアス寺院』の元締めと言えば分かりやすいだろうか?


神の奇跡を金で切り売りする、とんでもない不心得者の集団だ。


とはいえ、金は力で、金を一番に持っているこのメルキル神官共は、一番強い権力を持っていた。


例えば商売っ気が全くない戦神アレスなんて、巷からはほぼ忘れ去られて、アマゾネス達のローカル信仰のようになっているのを見れば、やっぱりヒトモノカネをたくさん持っているってのは強いなと俺は思うね。


話が逸れた。


とにかく、今この迷宮都市ウィンザリアには、そのメルキル神官共が山ほどやって来ているんだよ。


男だか女だか分からん少年達に色とりどりの花弁を撒かせ、その物理的な花道の上を、カバみたいな神官共がギンギラギンに飾られた神輿のようなものに乗って練り歩いていく。


うすらでかくて、香水を肌がピンク色になりそうなまで擦り込んだカバ神官共は、後ろからついてくる楽団に勇壮で荘厳なBGMを掻き鳴らさせながら、このヴィンザリアの大通りを歩き、そして冒険者ギルド前の大広間でピッタリと停止。


濃い香水の臭気と共に、素晴らしい妄言を吐き始めたのだった……。


「聞けぇーい!ウィンザリアの民達よ!」


カバ神官共の側仕えらしい、短足デブの男が、てかてかの髭を摘みつつ声を張り上げた。


喉にメガホンでも内蔵しているのか?と思えるほどの大声は、無事にウィンザリアの広場中に響き渡る。


そして冒険者達は、そんな様子を面白がって眺めるのだった。


仕方がない、冒険者などこんなものだ。


街の治安なんざ気にする訳がない。


良いことが起きても悪いことが起きても毎日お祭り騒ぎして、こういう厄介ごとが起きると、夏休み前の小学生みたいに、目玉を爛々とさせて何が起こるのか楽しみにしてしまう。


そうじゃなきゃ、「冒険」を生業とする冒険者などというイかれた仕事はしない。


この俺、運搬人(ポーター)のサターンも同じで、地球で買ったカメダコーヒーのクソデカいカツサンドを頬張りながら、「一体どんなアホなことを言うのだろう?」とワクワクしながらこれを眺めていた……。


もちろん、カバ神官共の、悪臭レベルまで濃縮された香水臭が身体につかないくらいの遠くから、だが。


「我々、メルキル神殿は、このダンジョンにて『大いなる悪』が蘇るという神託を受けた!その為に!我々は、『選ばれし勇者達』をこのダンジョンに挑ませる!」


ふぅん?


結構面白いな。


漫才日本一グランプリなら第三位ってところだ。


惜しむらくはベタなネタ選びってところかな。


もうちょっと捻りがあると良いでしょう。七十点。


さてさて、選ばれし勇者サマのお顔を拝見っと……。


マジックアイテムには、上から『アーティファクト』『レリック』『レジェンダリー』『レア』『コモン』とある。


いや、これは俺の勝手な格付けなのだが、とにかくあるのだ。


『コモン』が日常でも使われるもの、『レア』が高級品。例えばその中でも伝説的な名工が作った名品は『レジェンダリー』な一品だ!などとも俺は言う。


だが、『レリック』はまた別だ。


これは、効果の高い低いに関係なく、現在の技術力で再現不可能なロストテクノロジーによるもの……。その名の通り過去の遺産(レリック)であるマジックアイテムを指す。


そしてその『レリック』の中でも、国家の行末を左右できるレベルの効果を持つものを、俺は『アーティファクト』と呼んでいるのだ。


なんでこんな話をしたのかと言うと、この勇者サマの手には、その『アーティファクト』が握られていたからだ。


茶髪を短くざっくりと切り揃え、くりくりとした空色の瞳を使命感でぎゅっと引き締めた美少年……のように見える少女。男装している?それともユニセックスな存在として神秘さを演出?それは分からない。


これに、レリック級のマジックアイテムである『炎の鎧(アーマー・オブ・フレイム)』という、火竜の鱗から作られた赤い鎧を装備し、盾や首飾りも良いものを使っている。


年齢は十五、六歳くらいか?


若いながらもしっかり鍛えたボーイッシュな少女の肉体に、銀色の鏡のように磨かれたブレスプレート(胸当て)と、同じ金属でできたグリーブ(脛当て)とバンブレース(腕鎧)。


フォールズ(佩楯)は火竜の鱗を蛇腹状に織り重ねたもので、稼働部は火竜の翼膜で覆われている。


竜の革は、布のように柔らかでありつつも、同じ分厚さの鋼鉄の三倍は丈夫だ。特別な錬金薬に三日三晩浸して煮しめれば、クロスボウのボルトすら弾き返す強靭な革鎧になる。


その中でも特に、鱗と翼膜の頑丈さは特筆すべきところがある。


そんな鱗と翼膜をふんだんに使ったこの『炎の鎧』は、今の技術力では再現できない、素晴らしい防御力を持った鎧だ。


具体的にいえば、AC-10だろうか?


フルプレートアーマーでもACは-6が精々である中、フルプレートアーマーよりもよっぽど動きやすくて、それでいて火に対する強い耐性すら与えてくれるこの鎧は、なるほど勇者が着るのに相応しいだろう。


だがそれよりも注目するべきは、あの片手剣。


眩ゆい光を放つ白亜の刀身には、聖なる魔法の文字が刻まれ、金色の鍔には菱形の飾り彫りが連なり、柄は聖木でポンメルもまた黄金。


あれは、凄まじい力を秘めた『聖剣』だ。


メルキル神殿が碌でもないことをやらかすのはいつものことなので、俺達冒険者も誰かの訃報を聞く時くらいのテンションでこれを見ていたが、これほどまでのアーティファクトを子飼いの戦士に持たせてダンジョンに放つとなると、少し俺達も考える。


今回ばかりは本気なのか?と。


さっきも言ったが、アーティファクトってものの価値は一国の国宝並みなのだ。


国宝レベルの宝剣を持たせて、ダンジョンなどという危険な地にこんなガキンチョを放り込むのはあり得ない……いや、まあ、そうでもないか。


神殿の上層部のアホ共が、いつものように政治的な駆け引きという名の我儘アンド足の引っ張り合い大会をやれば、ガキが勇者にされてアーティファクト持たされダンジョンに放り込まれることもなくはないかもしれない。


そんなことを思いつつ、俺はカメダコーヒーのまだ温かいホットコーヒーを啜り……。


「その、ダンジョンに蘇った悪しき存在とは!あの、悪名高き『魔王』!『魔王リューメンノール』である!!!」


俺はそれを、勢いよく口から噴き出した。

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