第28話 解凍、雪どけ

圧縮されたユアストリ伯爵の死骸を抱えた上級冒険者レイドは、アネアス寺院に死骸を引き渡した。


その際にサターンは「アンジップじゃん」などと一人で笑っていたが、その意味が分かる者はこの場にいない。


そして、生き返ったユアストリ伯爵は、病み上がり(?)の肉体で杖をつきながらこう叫んだ。


「どうしてくれる?!これは貴様らの責任だぞ!!!」


伯爵、曰く。


「私は今頃、あの財宝を抱えて帰り、宝物を王家に献上して陞爵されているはずだったのだ!」


と……。


一度死にかけた、否、死んでも尚この認識とは、冒険者達も呆れ果てた。


「なっ、言ったろ?馬鹿は死んでも治らないんだよ」


ケタケタと口だけで、表情を変えずに笑うサターン。


彼は片手に、瓶ビールを握っていた。


地球の、緑色の瓶の海外メーカーのものである。


もう既に仕事終わりのムーブメントである。


「なっ……?!き、きき、貴様あああ!!!この私を侮辱するのか?!!!私を誰だと思っている?!私は由緒正しきユアストリ家の」


「はぁ〜?ユアストリ家〜?ユアストリ家なのか、お前?」


またも、表情は変わらず、喉を鳴らすようにケタケタと。


笑う、笑っている。


あまりにもその姿は異様だった。


いや、笑っているのはサターンだけではない。


「はっ、ははははは!旦那ぁ、馬鹿だぜこいつ?!」


ハリーもだ。


「いやあ、ここまでくれば大物ではござらんか?」


ハンジローも。


「ヒヒヒ、結局こうなるのかよ!」


「いや、こうならなきゃ拙かっただろ?不在証明(アリバイ)工作は大事だと俺はいつもだな……」


ダニーとラスティも。


「ブハハハハ!まあ何だっていい!これでまたモンスターを殴っていいんだろ?!それなら俺様は文句ねぇよ!ブワハハハハハ!!!」


マイクも。


全員が、酒瓶を片手に大笑いしていた。


「な、何だ?何を……、言っている?!貴様ら!」


異様な光景とその雰囲気にたじろいだユアストリ伯爵は、ゆっくりと後退り……。


「うあっ?!な、なんだ?!」


何かにぶつかった。


壁ではないが、壁のようにしっかりとした感触。


振り返ってそこを見ると、そこに佇んでいたのは……。


「失礼。……先王の戴冠式後のパーティー以来でしたかな?パーシー殿」


大きな大きな、白亜の龍人。


「マ……、マリテッツェン卿?!!!」


最強の最上級冒険者にして、このウォルト王国の伯爵位を持つ男。


ゲオルグ・マリテッツェンだ。


「なっ、何故卿がここに?!!」


「私は冒険者ですぞ?ここに居て、何かおかしいので?」


「そ、それは……」


「それとも……、私の居ない時を狙って来た筈なのに、とでも?」


「な、ななな、なな!何のこと、ですかな?!!」


脂汗を流しながら、今度はゲオルグと別の方向に更に後退るユアストリ伯爵。


ぶくぶくに肥えた身体に、ベタベタの脂汗を流す姿は、まさに醜いヒキガエルだ。


そして、後退った先には……。


「ひっ?!」


サターン達、冒険者がいる。


「な、何、何なんだ?!!!何だと言うんだ、一体?!!!」


「では私が説明しよう」


ゲオルグの背後から前に出たのは、氷でできた剃刀のような、鋭利な雰囲気の男。


ヒューマンだが、ヒューマンとは思えぬ美形と、それを台無しにするほどの冷たい眼差し……。


その冷たさを、王国貴族の印である赤いマントで隠す。


赤は、単なる貴族の証ではなく、王家の直系のみに許された高貴な色だ。


それも、金糸細工で縁が飾られ、アカデムの最新理論による魔術的エンチャントがかけられ……、王家の印章たる『吼える龍印』が描かれたこれを纏うことが許されるのは……。


「ル……っ、ル、ルーク第一王子?!!!な、何故貴方様がこのような下賎なところに……?!!!」


第一王子、正当なるこの国の後継者のみだ。


ルーク・ウォルト……。


この国の第一王子である。


「下賎?卿が何を言っているのか、私には理解できない。王国の基幹産業の一つである冒険者とダンジョンは、決して下賎なものなどではないのだから」


「そ、そそ、それは」


「む……、ああ、失礼した。卿を『卿』と呼ぶのは間違いだった。訂正させてもらおう……、ただのパーシーよ」


「は……?そ、それ、は?どういう……?」


「国王からの勅令である。……『王国の要用たるダンジョン産業を、個人的な欲念により壟断せんとし、また此に対する悪戯な規制により産業構造に致命的な破壊を齎した罪、赦し難し』……」


「あ……?あ、ああ!ま、まさか!」


「……『よって、ユアストリ伯爵を改易する』……、とのことである」


つまり、貴族身分の剥奪である。


ユアストリ伯爵……、否、ただのパーシーの顔面が蒼白に染まる。


「なあ、知ってるか、あんた?」


サターンが言った。


「ひっ、ひいいっ!ま、待ってくれ、私は!」


「俺の国、日本では、ふざけた奴を酒瓶で黙らせるという伝統芸があってだな?」


パーシーの周りには、上級冒険者レイド達が酒瓶片手に集まっている……。


「待て!待て!待て待て待て待てーーー!!!」


「それじゃあみなさんご一緒に!」


「「「「カンパーイ!!!!」」」」


「ぐきゃあぎがあがががあだだがぁぁぁぁぁ?!!!!!!」




……「いぎぎぎぃ!もゔやべでえええ!!!」


……「ハッハー!よくも面倒な仕事増やしてくれやがったな!オラ踊れ踊れぇ!!!」


戦勝ムードとダンジョン開放により、お祭り騒ぎになっているギルド。


その中心で、ただのパーシーをボコボコにしばきながらサターンが酒を飲んでいる。


それを、二階のテラス席から眺めるルーク王子。


「……あれが、『リューメンノールを継ぐ者』か」


冒険者ギルドにある、冒険者が飲めない高価なワインで唇を湿らせた王子は、そう呟いた。


それを護衛するのは、ゲオルグである。


「……卿はどう見る?」


「はっ……、力量は確かに、リューメンノールと同等でしょう」


「ふむ……、では、リューメンノールとは何が違う?」


「それは……、かの者は、『世界を変えるつもりがない』ことでしょうな」


「ほう……?癇癪で国を滅ぼしたリューメンノールとは違い、愛国心があるとでも?」


「いえ、かの者が愛するのは、『冒険者』という概念なのです」


「概念?」


「即ちそれは、ダンジョンで戦い、冒険し、生きて死ぬ。……その生き様を見つめるのが、かの者の至福なのだとか」


「……面白い。流石は『魔王』か、魔の王とはよく言ったものだな。いやむしろ、この在り方は……」


———『神』ではないか?


そう思った王子は、軽くかぶりを振ってそれを呑み込み、一言言ってみせた。


「……いや。それよりも、此度の活躍は素晴らしいものだった。彼ら全員に褒賞を与えたい」


「はっ」


「ではまず、金銭として……」




こうして、『冒険者ギルド最大の危機』と呼ばれた事件は、あっさりと終わっていった。


明日からはまた、冒険者が冒険をする日々が始まる……。

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