第27話 zipファイル

上級冒険者レイドの野営が終わり、朝が来る。


当然、夜中には何度も何度もモンスターの襲撃があった。


見張りの交代のために、寝ているところを叩き起こされた。


だがそれでも、冒険者達は万全の体調になっていた……。


少ない睡眠時間で、敵を警戒しながらも身体を休めるという矛盾。


これをできない者は、上級冒険者にはなれない。


サターンから配布された水と布巾で、顔を洗い口を濯ぐ冒険者達。


朝は、二時間かけてコトコト煮込まれたトマトリゾットだ。


それと、温めたコーヒー牛乳に砂糖を親の仇ほど溶かしたもの。


カロリーの塊のような食事を済ませた冒険者達は、武具の点検を済ませてから素早く進軍する。


次の領域は、氷河領域よりも更に寒い、凍結領域だった……。


ここでサターンは、大きなフード付きの外套を全員に配った。


凍結領域は、氷河領域とは違い、常に豪雪と吹雪の最中にあるからだ。


雪は、冒険者の体表にへばりつき水となり、水は、外気で冷やされ肉から熱を奪う。


風もそうだ、少しずつ少しずつ、熱量(エネルギー)を奪ってゆく。


「サーベルタイガーだ!八体!」


「うおおおおっ!」


「倒したぞ!」


汗をかけば、汗の水分で身体が冷える。


「よし、前衛パーティはスイッチ!今戦ったパーティは外套の胸元を緩めて、汗を引かせろ!」


サターンは極めて冷静な判断を下し、上級冒険者に指示をする。


「……あ、ごめん、ちょっと待って。そろそろ強風が来るわ、しばらく休憩」


サターンの指示で、ビバークを作り身を寄せ合う。


そして、ガスコンロでカップラーメンなどをガツガツと食う……。


寒いところにいるというのは、信じられないほどのカロリーを消費するもの。


少しでも補給しておけば、安全性が高まるというもの。


しかし、このように救出依頼の際に、安全策を取り敢えて足を止める選択ができるサターンは、流石としか言いようのない判断力を持っていた。


だからこそ、上級冒険者達の信頼を得ているのだろう。




そうして、凍結領域を超えたその先に、目的地の『宝窟領域』があった……。


「おーおー、予想通りだな」


そこには、山盛りの金銀財宝を積んだ馬車がいくつも横転しており、何人もの騎士の死骸が散乱していた。


その中で、一際大きな馬車を中心に、壊れた馬車でのバリケードがあり……。


その物陰に死にかけの騎士が数人、剣を地面に突き立てて膝立ちしている……。


「貴様らは……」


まだ意識のある騎士が、上級冒険者レイドの方を見て言った。


いや、最早喋る体力すらないのだろう。


掠れた声で、呟くことしかできないのだ。


地球では気取ったビジネスマンなどが「死ななきゃ安い」だの「死ぬ気でやってみろ」だのと、気軽に死を口にするが、この世界では死が身近で、そしてとても恐ろしいものだと皆が知っている。


目の前の騎士も例外ではない。


またそれだけではなく、この地の民は、死ぬよりも辛いことがあるともよく分かっている。


騎士の様相は酷いものだった。


壮健たる、勇壮たる、そんな形容詞が相応しいであろう、美しい装飾がありながらもどこか無骨なプレートアーマー。


それが、見る影もなくひしゃげているのだ。


腕は鎧の上から潰されたらしく、複雑骨折した腕に、曲がりくねった鎧だった鉄屑が絡みつき、回復することが叶わない。


誇らしきエングレーヴも凹み、内部の肉に食い込んで、腐敗を引き起こし……、黄味がかった白い膿が溢れる。


その膿の悪臭に釣られて、蛆が湧き羽虫が集る。


酷使されたロングソードは半ばからへし折れ、盾はとうに無くし。


騎士は、霞んだ眼差しで、こちらを見てくる……。


「トドメは要るか?」


サターンが訊ねた。


それは、慈悲の言葉だった。


生きながら腐敗し、漏らした糞便の臭いに塗れ、地獄のような激痛の中で死ぬことも許されない。


これこそが、死よりも辛いことだ。


それを終わらせるための言葉をかけるのは、冒険者としてだけではなく、戦士としての礼儀であり心遣いだろう。


「頼む……。終わらせてくれ、もう疲れたんだ……」


騎士はそう言って、瞳を閉じた。


「承った」


そして、その瞳は、二度と開くことがなかった……。




そんな騎士を見て、冒険者達は、その死に悼みはすれどもそれ以上はしなかった。


今の依頼は、貴族一人の回収。


確かに、この騎士もついでに運んで生還させることは、可能かどうかで言えば可能だ。


だが、それは、冒険者の仕事ではない。


それに、死体という重い荷物を余分に運ぶようなことは……、「善意」などという曖昧な言葉で自分や仲間の命を危険に晒すような選択肢を選ぶことは……、上級冒険者はしないのだ。


ただ、死ぬよりも辛い苦痛の責苦を終わらせる慈悲の心くらいは、上級冒険者も持ち合わせている。


このような介錯は、実のところ、ダンジョンではよくあることだった。


そんな騎士の背後の、横転した馬車の中から、ヒキガエルのような中年が飛び出してくる。


「き、貴様ら!どうしてここに?!……い、いや!良いだろう!私に仕える栄誉をやろうではないか!」


上級冒険者レイドは、そう言いながらも懐いっぱいに金銀財宝を抱えたユアストリ伯爵を、乾いた目で見た。


「本来ならば、この私の言を守らずにダンジョンに入った流民共には、厳罰を与えるべきところだが!この私の慈悲の心でそれを赦し、私を護衛するという栄誉を対価とし、ダンジョン侵入の罪を免じよう!」


そう言ったユアストリ伯爵は、自分の前に横たわる騎士の亡骸を踏んだ。


自分を守って死んだ戦士に、目もくれずに、無意識に踏んだのだ。


「てめえ……!」


ハリーが剣の柄を強く握り、ユアストリ伯爵の前に出ようとする。


この男は義侠心に厚いのだ。


「ハリー」


「サターンの旦那!あいつは!」


「分かってる」


サターンは、若い上級冒険者達を制止する。


「旦那!だけどよ!」


「待て待て、もうそろそろだ……」


「何?何を言って……」


「来たぞ」


その瞬間。


ユアストリ伯爵の丸々太った身体が宙に浮く!


「なっななな、なんだぁ、これはあああ?!!!」


「グオオオオオ!!!」


ユアストリ伯爵の身体を見れば、青白い霧がまとわりついているではないか!


人の腕ほどもある太さの紐が、ユアストリ伯爵に絡みついて締め付けている……。


不確定名「縛る霧」……。


バインドミストだ!


「うわあああああ!!!た、たすっ、助けろ!お前ら助けろおおおおっ!!!」


みし、みし。


ユアストリ伯爵の骨格が歪む音が聞こえる。


一分もしないうちに、ユアストリ伯爵は握り潰されたかのように弾けるだろう。


それを見て、サターンは白々しくもこう言った……。


「ああ、ダメだなこれは。実体がないので攻撃ができません、伯爵」


と……。


「な、何を」


「しかし大丈夫でしょう、伯爵が今お持ちの金銀財宝を売れば、アネアス寺院の蘇生費用くらいにはなりますよ」


「ま、待っ……!!!」


肉袋が弾け、赤い飛沫が舞う。


目の前に落ちてきた、ユアストリ伯爵だったものを掴み上げて、サターンは笑った。




「圧縮されて運びやすくなったな」

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