第26話 無双の進軍

やりたくもない仕事をする羽目になった、と。


そう吐き捨てて苛立つ上級冒険者達。


そして更に、やりたくないがやらなきゃならない類の仕事とくれば、苛つきは尚更のものだ。


そんな彼らは、サターンを中心にレイドを組んでダンジョンに入った……。




草原領域。


残念ながら、この世界にはワープという呪文は『表向きには』存在していないことになっている。


なので、最初の草原領域から順に潜っていかなければならない。


草原領域を踏み荒らしながら早足で前へ前へと進んでゆく冒険者達。


レイドを組んでの大人数での大移動ともなると、モンスターも大量に現れるが……。


「そりゃあ!」


「せいやぁ!」


「おらっ!どけ!」


コボルト辺りのザコが、真正面から戦って上級冒険者に勝てる訳がない。


『蠍殺しの』ハリーは、マジックアイテムの武器……つまるところの『魔剣』を鞘から素早く抜き放つ。


それは、世にも珍しい「効果付き」の魔剣。


要するに、世に出回る魔剣というものは基本的に、「切れ味が鋭い」とか「折れにくい」とか、そんな剣の範囲内の能力しか持たないものが殆ど。


こういった一般的な魔剣を、サターンは「ロングソード+1」などと呼称している。


だが、ハリーが持つ魔剣は、力ある魔剣なのだ。


その名も……、『ソード・オブ・フラッシュ』、直訳するところの『閃光の剣』……。


羽のように軽く、剃刀よりも鋭いこの剣は、輝く刀身を持ち、一息で何度も斬撃を放てる「加速」の剣。


この剣の力を以て、ハリーは、遅いくるコボルトの三体にそれぞれ三回の斬撃を一息で放ち、倒した……。


戦士に範囲攻撃はできずとも、間合いにいるなら、格下を一度に三体斬り捨てるくらい、上級冒険者なら容易いことだ。


魔術師でなくとも、戦士などの近接職には、レベルアップに伴うステータスアップ、高い身体能力から繰り出される「ほぼほぼ魔法のような武技」がある。


所謂、「必殺技」と言ったところか。


それは、研ぎ澄まされた「早」さから繰り出される致命(ヴォーパル)の一撃であったり、鍛え抜かれた「力」からなる強力な連打であったり、様々だが……。


上級の冒険者ともなれば、何かしらの切り札の二、三枚は持っていて当然だ。


そんなハリーは、意図的に一手(1ターン)を捨てて「力」を貯めることにより、敵前衛にランダムな複数回攻撃を行う「乱打」を得意とするのだ。ゲーム的に例えるとそうなる。


この階層では、「乱打」のような雑魚散らし技以外は誰も使わないが、とにかく効率的にモンスターは蹴散らされていった……。




森林領域、河川領域を駆け抜け、夕方。


この頃には、レイドは氷河領域にまで到達していた。


いつぞやに、『黒蛇』トリスとサターンが攻略したところだ。


トリスが苦戦していた、身の丈3mを超えるほどの巨大な氷の巨人『氷のエレメンタル』が、複数集まってその剛腕を振り回す。


だが……。


「邪魔なんだよ!!!」


マジックアイテムでありながら、ただ不壊であるというそれだけの大斧、『アックス・オブ・アンブレイカブル』。


その、大の男三人でも持ち上がらないそれを、片手で軽々と持ち上げて。


一歩踏み締め、大地が揺るぐ。


二歩駆け出し、大気が叫ぶ。


そして三歩。


繰り出された単なる「通常攻撃」が、一撃で氷のエレメンタルを粉砕せしめた。


中級冒険者の黒蛇トリスが、奥の手である魔法剣を使わなければ倒せぬそのモンスターを、たったの一撃で破壊したのは。


「ハッハー!次はどいつだい?!かかってきな!!!」


獰猛な笑みで周囲に闘気を振り撒く、金髪の大女。


上級冒険者、『アマゾネスの女王』アンティオである。


またの名を……。


「来ないんならこっちから行くよ!さあ……、く、だ、け、ろおぉっ!!!!」


「「「「グオオオオッ?!!」」」」


『軍神マーズの愛し子』アンティオ。


アマゾネスの信仰する戦争の神マーズ、その愛し子と誰もが認める……。


戦いの神に魅入られ、愛されたとしか思えぬ、常軌を逸した「戦闘能力」……。


サターンが評するにレベル25の彼女は、「生きる伝説」とまで称されたゲオルグ卿と「まともな戦いができる」ほどの戦闘者だ。


つまるところの、伝説の一歩後ろを歩く者……。


十二分に英雄の範疇である彼女らの歩みは、例え中層のボスでも止めることは叶わない……。




そしてその途中、当然のようにサターンのサポートが入る。


氷河領域の寒さに耐えるために、熱く高カロリーなスープが大鍋で煮込まれる。


三十人ほどの上級冒険者レイドの兵站面を一手に担うのがサターンなのだ。


ここで見るべきは、サターンの立ち位置……。


兵站という、上位の冒険者になればなるほど重要視する命綱を、たった一人に任せるという判断を、上級冒険者全員がしている。


これが、一体どれほどのことなのか?


確かに、上級冒険者の力ならば、パーティメンバーが揃っていれば、無補給で中層から地上に脱出くらいは可能だろう。


だがしかしそれは可能だという、ただの可能性の話。


例え上級冒険者でも、格下の奇襲であっさり死ぬこともあり得るのが冒険者というもの。


兵站、技術、装備と埋められる部分を全て埋めた上でなお、運(乱数)次第で生きるも八卦死ぬも八卦。


そんな冒険者が、兵站などという埋め易い部分をあっさり任せるというのは、サターンが周りから信頼されていることをしかと示す証であった。


「半分は見回り!半分は食え!」


サターンが鍋の蓋をお玉で叩きながら叫ぶと、冒険者達は素早く二組に分かれて行動を開始する。


彼らは、大きな椀にたっぷり盛られたスープを少しずつ口に含み、執拗なほどに咀嚼した。


椀の中にあるのは、脂身をたくさん含んだ豚肉のつみれを中心に、卵、たっぷりの玉ねぎにじゃがいも、にんじん、赤ピーマンにほうれん草。そして、くたくたに煮込まれたパスタだ。


スープは、思い切り塩辛いコンソメベース。


タンパク質、糖質、脂質、そして塩分という、戦いの中で急速に失われていく成分を補給するための行軍食。


それは、たった一日で中層まで駆け抜けてきた冒険者達の身体に、失われた活力を素早く補充した。


冒険者達は、これを細かく噛みほぐすことにより消化しやすくして、一秒でも早く肉体に滋養を定着させようと努めるのである。


普段は、「肉はあまり食わない」だとか、「パスタは虫みたいで気持ち悪い」だとか言う彼らだが、「冒険」に対してはとてつもなく真摯なのだ。


例え、味が嫌いだろうが、見たことがないものであろうが、生きるためならば、生き残るためならば、どんな物でも口にする。


上級冒険者には、その覚悟があった。


そうして、食事を済ませた冒険者は、野営の準備に入る。


『マ・フォティア』


魔術師達が、魔法を使って雪を溶かし、スペースを作る。


普段ならば、こんな程度のことに魔法は使わないものだが、今回はレイド。


夜の見張りを立てて、天幕を張り、集まって寝る。


男も女も同じ天幕でだ。


ここで「性差」程度の下らない理由で議論をするような馬鹿らしい真似は、上級冒険者はしない。


恥もクソもない、同じ天幕の中で身を寄せ合い、平気で肌を晒し身体を清める。排泄しているところを見られても特に何も思わない。


彼ら、極まった冒険者の価値観では、生き恥を晒すだとか敵から逃げるだとか命乞いをするだとか、そんなものは恥でもなんでもない。


ただ一つ、「死ぬこと」だけが恥なのだ。


その点、サターンがいると皆が助かる。


天幕は余分に張れるので皆で温まることができるし、懐炉や湯たんぽなども持ち寄ってくれる。


尖った神経を鎮める甘い菓子に、汚濁を落とすのに使うのが勿体無いほどに柔らかな布巾、一人一人に行き渡るだけの毛布……。


時空間の魔法、『裏魔法』により、無尽蔵の兵站を抱えているに等しいサターンとの冒険は、途轍もなく「楽」なものだった……。

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