第24話 レア物を失う

『底抜けの壺』というアーティファクト級マジックアイテムがある。


増やしたいものを壺に入れて、「底抜けろ」と呪文の言葉を唱えると、壺の底が抜けて無限に入れたものが湧き出すというものだ。


これは、金貨にして十万枚は下らない国宝級のマジックアイテムで、事実とある砂漠の国ではこれで「水」を無限増殖させることにより生活している、なんて話もある。


俺も一つしか持っていない。


一つしか、持っていない……。


金貨一万枚と冒険者ギルドに対する多大な借りを作れたとは言え、アーティファクトを他人に使用させるとか……。


はぁ……、テンション下がるわ……。


『饗宴のメダル』の貸し出しはまだ良い、あれは無限に使えるからな。


だが、『底抜けの壺』は……。


はぁ……。


しかも、入れるにしても麦とか……。


オリハルコンとかもっと稀少なものを無限増殖させることができれば、錬金術でもマジックアイテム作りでも、どれだけ役に立つことやら……。


はぁあ……。


と、俺がため息をついていると……。


「あー……、えっと、サターンさん?」


物凄く申し訳なさそうな顔をしたローズが現れた……。


「何ですか〜?人から国宝級のマジックアイテムをカツアゲした冒険者ギルドの職員さん〜?」


「う……、ち、違うんですよ……」


「何が違うんじゃい」


ぼくのマジックアイテム返して……。


「か、借りてるだけですから!あとでちゃんと返しますからっ!それに、新しく見つければお渡ししますって……」


「ほー、あれを見つけたのは金城領域だけど、ちゃんと見つけてもらえるのか」


最難関領域での超激レアだぞ?


カードゲームで例えると黒い水蓮くらい。


「ゔっ……」


「あーあ、あーあ、あーーーあ」


ギルドになー!貸しがなー!積みあがっちゃうなー!!!と、嫌味を言いまくる。


「やめてくださいー!可能な限り要望はお聞きしますからぁ〜!」


まあ要望なんてないんだが。


こうして貸しを作って、右往左往するローズを見て楽しむくらいしかやることがない。


だが……。


「でもさ、最初は『饗宴のメダル』の貸し出しってことになってたじゃん。それが何で、『底なしの壺の使用権の譲渡』なんてデカい話になったんだよ?」


と、俺は聞きたい。


いや、聞いてはいるけど、改めて。


「それなんですけれど……、やっぱり、ギルドマスターの予想が的中したからなんです」


ふむ?


「商人達が麦と塩の売り惜しみと買い占めを始めまして……。お借りした三枚の『饗宴のメダル』のみでは、とても冒険者全員のお腹を満たすことは……」


はー。


まあ、職業倫理もクソもないこの世界じゃそんなもんか。


ゲームじゃないんだ、武器屋に行けば「はがねのつるぎ」が99個必ずあるなんて、あり得ないだろう?


相場とか、買いたくても物がないとか、そんなことはよくある。


どれもこれもこの世界の未熟なガバガバナンスが悪いのだ。


それとこれとは関係なしに、ローズを弄れる要素があるなら全力で利用していくのが俺のスタンスなのだが。


「そっかぁ……。まあ何にせよ、冒険者ギルドにはより一層の便宜を図ってもらわなけりゃなあ……?」


「は、はい、それはもう……!」


「……そのはずなのに、なーんで俺が講座をやらにゃならんのだ」


「それは……、まあ、言い出しっぺのサターンさんにはやってもらわなきゃなって」


「はぁ〜????」


「そ、それにっ!『竜騎兵ピート』や、『時の旅人マーティ』に『まぬけのフォレスト』、『悪戯ケビン』『隼のネイサン』『黒蛇トリス』辺りの中級冒険者が、どうしてもサターンさんの講座を受けたいと……」


あー……。


その名前にはちゃんと聞き覚えがある。


俺のことを運搬人としてたまに雇う、下級中級の冒険者達だ。


俺が目をかけているだけあって、他の冒険者とは一味違う奴らだな。


そいつらが、「上級冒険者の講座を開くなら、サターンの講座も開け」と直訴してきたらしい。


普通にめんどくさいんだけど、まあ、俺は「みなし上級冒険者」みたいなところがあるしな。


冒険者ギルド側の便宜の図り様と言い、上級冒険者達の態度と言い、俺が『魔王リューメンノールを継ぐ者』であるという事実を知らなくても、俺が周りから特別扱いされていることは周知の事実だ。


だからこそ、実際の身分である下級冒険者だと思っていない連中が、そうせっついてくるのもまあ、分からんでもない。


だがしかしやらなきゃならない義務はないんだがな……。


じゃあなんでやったのか?と言うと、これがギルドからの「指名依頼」だからだ。


指名依頼……、いつぞやに俺が言った、「偉い冒険者に出される断れない依頼」のこと。


本来なら下級冒険者には指名依頼なんぞ基本的には来ないんだが、今回はこんな事態だから例外ってこった。


え?指名依頼を断ったら?


問答無用で冒険者ギルドから除名だな。


それを言えば、今回の貸し付けを利用すればこれを断ることもまあできたが……、今回のようなちょろい指名依頼は大人しく受けておきたいんだよな。


で、ふだんはこうしてギルド側に貸しをガンガン押し付けて、いざという時に指名依頼を拒否したい。


マジでね、断れない依頼は多いからね。


指名依頼の名前で誤解を受けがちだけど、今回みたいな冒険者ギルドや国などの難事の際には、ギルド側から「指名依頼」という形で仕事を強制されるから。


例えば、今回も冒険者ギルドでは、冒険者全員に指名依頼が来ている。上級冒険者には、「冒険者に講座を開く」というものが。


そして、下級中級の冒険者には、「上級冒険者の講座を受ける」というものが……。


「強制依頼」という名前じゃない理由?冒険者は一応、名目上は、自由を尊ぶ!俺達はコミュニティから弾かれた流れ者ではなく、好きで風来坊をやってるんだぜ!みたいな風潮があるからだな。


これは恐らく、金や権威に靡かない冒険者カッコイイ!的な事を言って、「冒険者」そのものに帰属意識をもたらす為の方便なんじゃないかな?詳しくは知らん、興味がない。


ここはかなり国境沿いだから戦争も多いし、今回みたいにアホ貴族がなんかやらかすことも多々あるしで、指名依頼はなんだかんだで結構あるんだよね。


俺は地球での仕事もあるし、指名依頼を断る為の貸し付けはなるべく多くしておきたいって訳なのよ。


俺がそう考え込んでいると……。


「で、ですから、あの、その……。うう……、サターンさぁん……」


半泣きで延々と言い訳を続けるローズが目の前にいた。


あ、さっきからずっと言い訳してたぞ。


俺はそれを笑いながら(無表情だが)見ていた。


「ローズ」


「は、はい!」


「覚えておけよ」


「サターンさん?!!」


俺は、特に何かをやる訳でもないが、何となく不穏な捨て台詞を残して、地球に帰った……。

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