第23話 講座の成果

サターンさんの講座を受けにきた俺達。


一見、ふざけたような内容の講座だが、その実、中身は本当に役に立つもののようだ。


「また、栄養素の問題もある。ダンジョンで叫ばれる『迷宮病』だが、あれは正式には『壊血病』といい、ある特定の滋養が足りない時になる病気だ」


「『迷宮病』って言えば……、古傷が開いていき、口とかからいきなり血が出る恐ろしい病気ですよね?」


「ああ、そうだ。ざっくり言えばあれはビタミンという成分が足りないとああなる。そして、ビタミンは野菜に多く含まれる。その為の料理です」


なるほど……。


ビタミン?なんて聞いたことがない言葉だが、サターンさんは常に意味不明なことを言っているので問題ない。意味は分かるしな。


「また、さっきも言ったが、温かな食事は体温を上げて、苛立つ神経をおさめてくれる。何日間も野営するとなった時、日に一度でも温かいスープが飲めれば、心の支えくらいにはなるだろう?」


確かに、これも尤もだ。


例え、激しい戦いをしても、その後に温かいスープが飲めると思えば、きつい領域でも存分に戦えるだろう。


心の力というものは馬鹿にならないからな。


心が弱っていると、ほんのちょっとした事で失敗をするようになる。そんなことは、誰もが知っている。


「だが、料理というのは難しいんだよ。火加減、分量、具の大きさ。色々考えなきゃならない」


それもそうだ。


「……なので、バカでもやりやすい料理の作り方を教えてやろうじゃないか」




「ダンジョン内に広く生息する『ホーンラビット』というウサギ型モンスターの肉と、布で包んだジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンを使って、ポトフを作っていくわね……」


そう言って、サターンさんは、肉と野菜を出してきた。


「まず、バカが料理する時に大切な点は三つ。『分量を守ること』『食材の大きさを揃えること』『火加減は弱くすること』この三つだ。これらを守れば、素人でもちゃんと食えるものが作れる」


サターンさんは更に、鞄から鍋とナイフ、まな板、砂時計を出してきた。


「はいまず、食材なんだが、あらかじめ洗ってあります。洗って、水気を拭き取り、更に布で包んでおきました。野菜はこの保存法でダンジョンに持ち込めます。まあ最悪、芋だけは持って行った方がいいんじゃねえの?」


「何でですか?」


「芋は熱してもビタミンが壊れにくいからアド」


なるほど、よく分からんけど、確かに芋は腹持ちも良いしな。


芋と肉が入ったスープなら、それだけでもう上等だ。故郷のど田舎農村では、食うものがない時は雑草の入った粥もどきを食っていたんだからな。


「あらかじめ言っておくこととして、野菜は最悪生でも食えるが、生肉は食うと腹を壊すからよく熱しろよ」


そう言ってサターンさんは肉を切り始める。


それに倣って、俺達も肉を切る……。


「肉も野菜も、具材の大きさは親指一本分くらいにしろ。大きさが違うと、火が通りにくかったり通り過ぎたりする」


野菜も切っていく……。


「で、これに、具材が全部浸るくらいの水を入れて……、塩をこのスプーンで大さじ一つ。ジャガイモ二つ、玉ねぎ一つ、ニンジン一本で大体一人分だ。肉はジャガイモと同じ量を入れればいい」


塩を振って、と。


「ついでに、薄切りにしたニンニクを入れたりすると更に美味いゾ!あと、塩気は足りないと思ったら後で足せよ?一気に塩を入れると、塩は取り除けないから困るぞ」


ついでにニンニク。


「で、火の強さだが……、大体焚き火から指四本分くらい離して、これくらいの煮立ち具合を維持するようにしろ。表面が弱く泡立つくらいだ。このまま、この砂時計を一回ひっくり返して、もう一度ひっくり返すと完成だ」


火加減をして……、完成。


「はいじゃあ実食。食える味なら合格ってことで」


あ、評価基準は雑なのか。


「食える味にならない奴はいないはずだ。糖分はあまり入ってないから焦げにくいはずだし、煮る時間も全員合わせているんだから半煮えでもないはずだ」


そういうことか。


初めから、失格になる要素のない講座なんだなこれ。


俺達には一切期待していなくて、子供でもできるような指示しかしてこない。


失敗したらむしろ人としてどうなのか?ってくらいのことしか言わないのだ。本当に心の底から期待してないから。


サターンさんはそういうところがあるからな。


もう、「馬鹿にされてるのか?」ってくらい簡単に教えてくるから、とても分かりやすいんだが、それはそれとして期待されてない感はありありと伝わってくる。


「火に手を翳したり、距離感を覚えたりしたか?どうせお前らは覚える頭もないだろうから、身近なものに『最適な距離』の印でもつけておけ。武器の柄とか、ブーツとか」


……うん、まあでも、本当に分かりやすいんだよ。


精神的には凹むけど、分かりやすいんだよ……。




昼。


俺達は、自分で作ったスープを飲めたので、腹具合はいい感じだ。


だけど、まだまだ若い俺達には少し足りない。


何でも、「ダンジョンで満腹になるとかあり得ないので……」とサターンさんは言っていた。


確かに、腹一杯でたぷたぷの腹を抱えて戦うことはできない。


排泄もしたくなる。


だから、ダンジョンでは、腹五分目位にしておくべきなんだそう。


その他には、炒り豆やビスケット、干し果実などをちょこちょこ定期的に食うことにより、少しずつ滋養を溜め込むべきなんだとか。


いちいちご尤もだ。


そんな訳で、「ダンジョン分量」のスープでは足りなかったので、食堂に飯を貰いに来た……。


なので、ギルドの食堂へ。


冒険者ギルド。


幼い頃、寝物語で聞いたお城の予想よりも遥かに大きい、石造りの砦のような建物だ。


とんでもなく広いのに、五階建てで地下室まであり、更にその上で建物と同じくらいの広さの訓練所まである。


聞いた話によると、数百年くらいの昔には、この辺りには国があったらしい。


だけどその国は、歴史に残る史上最悪の悪魔、『魔王リューメンノール』という存在に滅ぼされたと伝わっている。


リューメンノールが滅ぼして更地になったここに、冒険者達が集まり、都市を作ったのが始まりだとか……。


ああ、そう言えば、この冒険者ギルドの建物も、元々はその滅んだ国のお城だったみたいな噂をどこかで聞いたな。


……まあそれはいい。


俺は、合格の割符を食堂兼酒場のカウンターに出した。


「はいよ!」


食堂のババアが出してきたのは、お椀一杯の麦粥……。


「うえーっ、麦粥かよぉ」


「冒険者なったのに、貧乏農村の生活な逆戻りとは……」


テルマとルイーズが文句を言う。


いや、待てよ?


これは……。


「あっ!でも、具に肉が混じってるぜ!」


「野菜と豆も入っている!」


ついでに、塩気も強い!


……いや、麦粥自体にはあまり味はないのだが、入っている肉や野菜に強い塩気がある。


意地汚い商人共が、ウィンザリアにある塩と麦を全部買い占めたって聞くのに、どうしてこんなにたくさんあるんだ……?


俺がそう思って食堂を覗くが、特におかしな点はない。


麦や塩は、立ち入り禁止の地下室から運ばれてきているようだが……。


まあ、ギルドも馬鹿じゃない。こんな時のために備蓄しておいたんだろうな。




こうして、腹一杯になった俺達は、またサターンさんの講座を受けにいくのだった……。

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