第20話 動乱の始まり

バイトを雇って数ヶ月。


地球側では、近所の高校で謎の傷害事件が頻発しているが、俺には関係ないだろう。


何でも、不良生徒が教室の中でいきなり感電し、死にかけたらしい。


不思議なこともあるものだ。


まるで『チスパ』の魔法のようだなあ。


いやあ、くわばらくわばら。


怖いね〜。


はい、そんな訳で。


俺は、今日も変わらずウィンザリアに来ていた。


だが今日のウィンザリアは少し雰囲気がおかしい。


冒険者達がダンジョンに潜らずに、受付前で野次馬をしているのだ。


ふむ……?


何だろうか?


俺は、自らの背の高さを活かし、更に椅子の上に乗ることによって目線を高くして、渦中の存在を目にした……。


「控えろ!控えろ!こちらにおわすお方をどなたと心得る?!」


「ぐふふふふ……、私はユアストリ伯爵家当主、パーシー・ユアストリだ!」


まるまる太ったヒキガエルのような中年貴族と、それの太鼓持ちをしている痩せ細った執事。


それに、五十人前後のフルプレートアーマーを装備した騎士達。


騎士か……。


レベルで例えると、冒険者の中央値(平均値では1になる)で大体3レベル前後。


戦えない一般人をレベル0で、最低限の訓練をした者がレベル1……。


レベル3というのは、専業の戦士、一般的な衛兵クラスの戦闘能力だ。


だがそこで、騎士達の平均レベルは7くらいだろう。


レベル7と言えば、ちょっとした上級冒険者並みだ。


その上で、馬術の他に、槍と剣の『スキル』と対人戦闘用の技術を持つプロの戦闘集団だ。


要するに、モンスター狩りとサバイバルが仕事である冒険者と、人殺しと護衛が仕事である騎士とでは、同じレベル帯なら騎士の方が「殺し合い」においては優位ということ。


確かに、上位クラスでも更に上の方の冒険者ともなると、騎士と戦っても勝てるだろうが、そういうのは本当に上澄みの上澄みだからな。


ここにいる野次馬冒険者達も、あそこに控えている五十人の騎士がその気になれば、ゴミクズのように消し飛ばされるモブキャラに過ぎない……。


この世界って、個々人の戦闘能力にあまり差はないから、だからこそ戦いが巧い奴の方が上なんだよな。


おまけに、冒険者じゃ手の届かないような鋼のフルプレートに、魔法金属製の剣と盾。勝てる訳がない。


まあ、そんな訳だから、あのふざけたヒキガエル貴族に誰も口出しできない訳だ。


ユアストリ伯爵と名乗ったヒキガエルは、大仰な仕草で、芝居のように声を張り上げ、演説している……。


「……然るに!この『迷宮都市ウィンザリア』は、我々『ウォルト王国』の領土にあるにもかかわらず、どこの貴族にもまつろわぬ野卑の者共は!このユアストリ伯爵の民となることを許そうではないか!」


起きたまま寝言を言う器用なヒキガエルに対して、上背の高い中高年の髭親父がこう言い返した。


「なるほど、貴族様は難しいお言葉を知ってなさる。……で、皇帝陛下からの命令書は何処にありますかなぁ?」


ギルドマスター、現役の頃は『大剣豪』の渾名でゲオルグ卿と共にトップ冒険者を務めていたフレーダーという男は、そう言って韜晦してみせた。


「陛下からの命令書など不要だ!偉大なる陛下が、このような瑣事に煩わされることなどあってはならんからな。私は陛下の忠臣として、善意で活動をしているのだよ」


よく言うものだ。


この世界は絶対王政でも何でもないからな、貴族なんてものは、隙あらば王権を奪おうとか考えている。


「これは異なことを仰る!その陛下が『中立都市』とお定めになったこのウィンザリア……、貴族様お一人の意で王命を翻すことが可能なのですか!」


「何を言うか、この鄙者め!王命だと?陛下の言葉を都合の良いように歪めるとは、これだから冒険者などという蛮人は困る!」


「ほう?と言いますと?」


「陛下は、ウィンザリアを中立だなどとは『公には』仰られておらんのだ!それを言えば、貴様ら冒険者は『公には』流民の扱いである!その流民が、国内に勝手に街を作っているのだから、我々貴族がそれを治めんとして何が悪い?!」


……まあ、理論的にはそう。


冒険者には基本的に市民権がないからな。立場的には、流民や傭兵や娼婦などと同じ、最底辺だ。


だが、貴族の癖に「暗黙の了解」ってのが分かっていないのはヤバ過ぎるんじゃないか?


冒険者はそりゃあ、大半は棄民だとか口減しだとかそんなものだが、中には英雄もいるんだ。


迷宮から得られる利益も馬鹿にできない。


流民である冒険者に、ダンジョン攻略をやらせて上前をはねるよ。その対価としてウィンザリアの中立を認めるよ。つまり皇帝はそう言っている訳だ。


自分の懐を痛めずに、国を富ませるという巧い一手である。


だが皇帝としても、国の中に流民の巣がありますよなどとは言い難い。……偉大なる皇帝の威光が届かぬまつろわぬ民が国内にたくさんいますよとは公言できないというアレだ。


だから、不文律、暗黙の了解として、皇帝への献金やダンジョン産マジックアイテムの献上などを対価に、ウィンザリアを黙認してもらうと言う形になっている。


それを、このヒキガエルは台無しにしようと言っている訳になるな。


ルール上は問題ないが、マナー上は大問題的なアレだ。


俺は、その辺でオロオロしている受付嬢のローズを捕まえて、訊ねた。


「何アレ?」


「知りませんよぉ〜……。今朝出勤したらいきなりいらっしゃって……」


「はぁ〜……、まあ、こう言うこともたまにあるよなあ」


「いつもなら、爵位をお持ちになっているゲオルグ卿がお納めになるのですけど……」


「あー……、そういやゲオルグ卿は、帝都で皇帝に直接『聖なる護符』を渡す式典に出るとか?」


「はい……。あと二、三ヶ月は戻ってこないかと……」


あちゃあ……。


狙われたか……。


「どうする?こっそり殺しといてあげようか?」


「だだだ、駄目ですよっ?!!貴族殺しなんて!!!」


いやあ……、ねえ?


別に良くない?


バレない自信はあるし……。


俺としてはダンジョンで遊べない方が困るんだよね。


「この状況では、死なれる方が拙いんですよ!そんなことをされたら、疑われるのは確実にギルドじゃないですか!」


まあそれはそう。


「じゃあ、何だ?あのヒキガエルを、『殺さずに』『穏当に』帰っていただく、と?」


「そうなります……」


うーん……。


「無理では?」

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