第16話 エンカウント

オリハルコンドラゴンを倒したときに出た宝箱の中には、ちゃんと聖なる護符があった。


やはり深層では良いものが出るなあ。


俺は、いくつかのアーティファクトを得て、ニコニコ笑顔で帰宅した……。


そして、オフィスの最上階にある『展示ルーム』に、手に入れたアーティファクトを飾った。


幻惑魔法を付与したマジックミラー張りの上階には、街を一望できる美しい景色でありながらも、あたかも芸術作品の個展のように様々なマジックアイテムが飾られている……。


宝石のように、プラスチックの支えで、先日手に入れた『饗宴のメダル』をいい感じの角度で保持。


かの伝説の『万食卿オーディプス・バナグランド・ヨド・サキムス』の紋章である黄金の肉匙と四つの口を模ったこのメダルは、一日一度、一万人の腹を満たす分の酒と食事を生み出せるのだ。


当然それは、一万人分の兵糧の確保が可能と言う意味で、国の軍部に売りつければ金貨千枚は下回らない。


そのメダルを、俺は、趣味のために集めて、趣味のために飾る……。


んー、セレブリティ。




次の日。


今日は流石に休暇とする。


異世界に行かないで、地球でダラダラするのだ。


深層に潜った次の日にまたダンジョン!は流石に無理。


そこまで狂ってはいない。


コンディション的には可能だが、精神的にはしばらく良いかなって感じ。


今日は、好物のバーガークイーンのチーズのワッパーを食いながら、家でドラマを観ることにした。おっと、その前にバーガーを異世界に差し入れしなきゃな。


ドラマ配信アプリのネットフリークスで、ランニングデッドの新シーズンをな?


と、俺が、引き伸ばしに引き伸ばしを重ねてもう訳が分からなくなったゾンビドラマに想いを馳せつつ、バーガークイーンのバーガーを抱えて歩っていると……。


「金出せよ!」


「これしかないワケ?」


「舐めてんじゃねーぞ!」


と、リンチされている女の子を見つけた。


「……あ?何見てんだよテメー」


あ、いじめっ子に気づかれた。


うーん……。


そんな喧嘩腰だと、相手が女でも殴り返したくなっちゃうな。


よし、殴ろう。


とは言え、物理パンチはヤバいしな。


俺の鍛えに鍛えた「力」で不良のメスガキを殴れば、世紀末暗殺拳法漫画みたいなことになることは想像に難くない。


なので殴る(法律)だ。


「もしもし、警察ですか?」


「はぁ?!こいつ、サツ呼んだんだけど?!」


「クソッ!逃げるよ!」


はい勝ち〜!


メスガキなんて殴る(法律)でイチコロよ。


おっと、バーガーが冷める。早く帰らねば。


……っと?


裾が重いな。


俺のズボンの裾を……、ああ、さっきリンチされてた女の子が掴んでいる。


ボロボロの黒髪が、膝先まで伸びた、小さくて痩せっぽちの女だ。


ボロボロの黒いセーラー服に、クマで窪んだ昏い色の瞳。


普通に美人……だが、ひどく痩せていて、爪の先も毛先も、おまけに身体もボロボロの、捨て犬みたいな女の子。


体臭も酷いな、生ゴミのような、風呂に入っていない匂いだ。


それが、この痩せ細った身体のどこから出るのか、凄まじい力で俺の裾を握っていた。


「……放してもらえる?」


「……あ、あ、あ。あの、私、あの」


「放してくれ」


「私、その、私、あの」


うーん……、こりゃ、アレだよなあ。


「……虐待児とか、面倒だ。勘弁してくれ」


どう見たって、そうだ。


現代日本に、こんなヤバい女がそうそういてたまるか。


明らかにネグレクトの類じゃねえか。


金はあるし、その気になれば店のお得意様である政治家やら何やらに訴えかけて、色々揉み消したり助けたりはできる。


だが、そんな義理はない。


「お、おね、お願いします。私は、私、私は」


ああ、もういいや。


虐待児特有の、媚びた薄ら笑いに酷い吃りで何かを言おうとする女を無視して、俺は転移の魔法を唱えた……。




『デルニエル』




本来なら自宅の映写室で見るつもりだったが、まあ良い。


異世界でバーガーを摘みながら、タブレットで見ればいいや。


……あ。


「あ、わ、わ、ああ、わああっ……!」


あーあ、ついてきちゃったんだ、この子。


……まあ別に良いけどさ。


後で送り返せば良いや。


俺はそう思って、バーガーを取り出す……。


「あ、その、私、あの」


「え?ああ、バーガーは一人二つまでだぞ」


「えぁ?はい、食べます」


そう言って俺は、実に三十個ものバーガーを机に置いて、ダブルチーズワッパーに齧り付いた。


で、俺は、コーラ片手にドラマを観る……。


虐待児女も、俺の隣に座って大人しくしていた……。




しばらくすると、何人かの冒険者が来た。


「おお、サターン!今日も訳の分からんことをしてるな!暇なら種くれ!」


アマゾネスの族長、狂戦士(バーサーカー)のアンティオだ。


「あーはいはい」


「まーた光る板見てるのか?……あぁ?アンデッド?こんなの観るくらいなら、ダンジョンに行けば良いだろ?」


「そーじゃねーんだよ。これはこれで良さがあるの!」


「ふーん、そうなのか。で、この女は?」


「ひっ」


身長190cmにして、虐待児女ちゃんの胴回りほども太い腕をした大女複数に睨まれ、虐待児女ちゃんは竦み上がった。


「地球の女の子だよ、ついてきちゃったっぽい」


「へー、お前の故郷のチーキュ?の女の子か。痩せっぽちだなぁ〜!こんなんでガキを産めんのか?」


「おいやめろよ、そう言うのセクハラだぞ」


「せくはら……?よく分からんが、クセェぞ?ダンジョン攻略の後は、湯浴みしてからギルドに来いよなー」


アンティオがそう言うと……。


「え、は?え、え?ダンジョン?……ダンジョン?!ギルド!冒険者!!!」


と、虐待児女が急に立ち上がって興奮し始めた。


その姿は正直、異様だった。


女は、吃りながらも意味不明な言葉を吐き続ける。


「なれる系」「転移」「チート」「オレツエー」「ゲーム転生」「ステータスオープン」「愛され」「剣と魔法の世界」……。


ああ、そうか。


憧れ、か。




うーん……、どうしようか。


もう既に、この世界を知られてしまったのだから、仕方ないか。


確かに、記憶を消す魔法もあるし、そもそもこの世界に置いてきぼりにすれば迷宮入りの失踪事件にできる。


だが……、うん、そうだ。


俺が救うのは、めんどくさい。コネを使って、手続きをして、偉い人と会って、賄賂を渡して……。割に合わない。


ただ、この女が「勝手に救われる」分には問題なく、しかも俺はこの女の恩人になれる訳だ。


更に、女子高生をお手軽に下僕にできるとか、かなりアドなのではないだろうか……?


よし、決めたぞ。


「おい、お前」


「ぁひっ?!」


「俺の下僕になれ」

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