第15話 最も新き英雄譚

そろそろ夏だ、暑くなってきた。


俺は、氷を入れられてキンキンに冷えたコーラを一気に飲み、熱った身体を冷やしていた。


そして、サーティツーアイスのキャラメルリボンフレーバーをスプーンで掬い、口に運ぼうとすると……。


一人の龍人が、俺の前に立った。


身の丈、実に2m40cm……。


白色の肌に、身体の一部を覆う鱗。頭には角が四本。


大きな翼に太い尻尾、鋭い爪まで持つ。


肉体には、凄まじい力を秘めた筋肉が200kgをゆうに超えるほど搭載されており、縦に割れた瞳孔は正しく龍種。


ブロンドの髪を長く伸ばし、顎髭を短く伸ばしたこの大男は……。


『最も新しき英雄神話』『大英雄』『白亜の聖騎士』『龍王』……、数多の通り名で呼ばれるこの男は。


「久しいな、サターンよ」


「ゲオルグのおっさんか」


最上級冒険者、ゲオルグ・マリテッツェンだ。




ゲオルグは、俺の前にどかっと音を立てて座り、明るい笑顔で近況を聞いてきた。


屈託のない、ガキのような笑顔でだ。


「どうだ、最近は?」


「ハリーに頼まれて、新人の面倒を見てたくらいだ。いつも通り、ダラダラやってるよ」


「ほう?では、そろそろ深層が恋しいのではないか?」


……なるほどね?


「……潜るのか?」


「ああ、そうだ」


「『運搬人』ではなく、『魔王』としての俺に用がある、と?」


「そうなるな、『リューメンノールを継ぐ者』よ」


オーケー、話は分かった。


「契約内容は?」


「深層で得たマジックアイテムの優先購入権。但し、今回私が必要としている『聖なる護符』は対象外だ」


「『聖なる護符』?……ああ、確か、ウォルト王国に新しい王子が生まれたとか?」


聖なる護符というアーティファクトは、毒や気絶、洗脳などのあらゆる害からある程度身を守り、その上でACを大きく下げる(ACは低い方がよい)効果がある神アイテムだ。


市場に流せば、末端価格は金貨数千枚……、親子三代くらいが一生遊んで暮らせるほどの金額になる。


「うむ、王家からの依頼だな」


「オーケー。だがそれだけじゃ足らんな」


「ふむ……、では、先日手に入れた『饗宴のメダル』も付けよう」


「へえ!饗宴のメダルを?!売れば金貨千枚は固いアーティファクトだぞ!そりゃ大盤振る舞いだ!」


「どうだ?やってくれるか?」


「オーケー、良いだろう。『魔王サターン』は『白龍旅団』に手を貸すぞ」


そうして俺は、ゲオルグに手を貸すこととなった……。




ダンジョン。


現在、攻略されている最深層。


推定難度20オーバー、前人未到レベルの領域。


その名も、金城領域……。


名前の通り、黄金の城砦が延々と続く場所だ。


城壁は、最上級冒険者の冒険者証と同じ素材、『王金』……、つまりは『オリハルコン』でできている。


そこに詰めるのは大量の……、未確定名『王金騎士』、要するにオリハルコンナイト。


このオリハルコンナイトは、一人一人が上級冒険者並みの戦闘技能を持ちながらも、オリハルコン製のプレートアーマーを着込み、剣と盾で武装している。


そして、そんな化け物が一度に十体くらい出てくるのだ。


普通にクソゲーである。


こんな領域で戦えるのは……。


「ウガアアアアアッ!!!!」


「参る……!」


「弾けろ!」


廃人(キチガイ)しかいない。


オリハルコン、同じ厚さの鋼鉄の十倍の硬度を誇るその金属鎧を、燐光を放つロングソードで『切断』するゲオルグ。


同パーティメンバーの剣豪(サムライマスター)も、一度に三人のオリハルコンナイトに致命(ヴォーパル)の一撃を決めて首を刎ね飛ばす。


武闘家(カンフー)は殴った相手に気絶を付与して暴れ回り……。


忍者(ニンジャ)は、罠を解除しながらもついでに蹴りで敵の首をへし折る。


司祭(ビショップ)は核熱波動……、『アートムヴァーブ』の魔法で、敵全体をまとめて焼き殺す……。


うーん、やっぱり、この人らクソ強いわ。


流石は、『冥王』討伐パーティだなあ……。


まあ俺もその一員なんだけどさ。


俺はそんなことを思いながら、金城領域の地図を作成していた。


やっぱり、こういうのが一番楽しいよね。


え?!もしかして君達、3Dダンジョンゲーをやってない世代?!


ウィザードなんちゃらはともかく、世界の樹はどうした?!女神が転生するやつもあるだろ?!


……こういうゲームは、方眼紙に自分でマップを描いてマッピングするのが楽しいんじゃないか。


ドロップ率とか計算したり、モンスターの生態観察したりさあ。


ひょっとしてアレかい君は?


モンスターをハントするゲームで、ひたすらにモンスターを狩るタイプの人かい?


あーダメダメ、そんなんダメです、つまんないです。


あのゲームの主題は、自然と調和して生きるハンターの生き様の追体験が主題でしょうに。


景色見たり、採取したりするのがメインなんですよね。分かるその辺?


「む?どうした、サターン?」


「大将、どうせいつもの発作だ、ほっときな」


そう言って、ゲオルグと剣豪がズンズン先に進んだ。


中傷はやめてください訴えますわよ?


「にしても、凄いアルなあ……」


「……実ニ」


「『これ』がないなんて、もう考えられないですよね」


武闘家、忍者、司祭が言った。


「む!また来たぞ!今度は『オリハルコンドラゴン』だ!サターン、『バフ』を頼む!」


おっと、ゲオルグにお呼ばれしちゃったな。


じゃあ、やりますか……。


『裏魔法』発動。


『アクセラシオン……!』


瞬間、パーティメンバーの全員が、物理的にありえない速さで動き出す。


「流石だ!失われし『時空操作』の魔法の使い手よ!!!」


オリハルコンドラゴン……、大きさ10メートルほどの巨大なドラゴンが、鋭い爪を素早く振り下ろす。


だがそれを、ゲオルグは弾いて、弾くと同時に手首を斬り飛ばした。


普通であれば、『1ターン』に『1行動』であるのだが、今は二倍速だ。


つまり、『もう1ターン』、我々の手番が続く。


ゲオルグは、返す刀でもう二、三度。


連続攻撃を繰り出し、ドラゴンの胴体を斬り裂いた。


その隙に、ただでさえカンストした速さを持つ忍者が、更に倍速で駆け抜けて跳躍。


ドラゴンの頭に致命的な蹴りを入れる。


「グオオオオオオ……!」


ずしん、と。


ドラゴンの肉体が、地面に横たえた……。


そして、ドラゴンの死骸の上に、黄金の宝箱が出てくる。


モンスターを倒すと、余剰魔力が『宝箱』という形で現出することがあるのだ。


残念ながら、原理面は俺にも分からないが、とにかくダンジョンとはそういうもの。


冷静に考えて、別世界がある時点であらゆるツッコミは無意味なんだよな。


「開ケル」


忍者が宝箱を開けようとするが……。


「……失敗!」


と、しくじった。


まあ仕方ない、この階層での鍵開けは、人外レベルの妙技がなきゃ無理だから。


フォローのために俺が素早く魔法を使う。


『パサード』


すると、パッと世界が切り替わり、『宝箱には触れていないことになった』……。


単に、ほんの少しだけ時間を巻き戻しただけだ。


ゲーム的には『判定のやり直し』ってところだろう。


「助力、感謝!」


二度目はしくじらなかったか。

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