第14話 所謂ボス戦
この世界で定義される侍(サムライ)とは、どんなものだろうか?
武具を持って戦う者は戦士(ファイター)と定義されるが、では侍は戦士と何が違うのか?
戦士よりも軽装で脆く、盾を持たぬ侍の、強みとは?
「『マ・フォティア』『ダール』『エスパーダ』……『炎流斬り』ッ!!!」
その答えは、「侍には、ある程度の黒魔法が使える」ということになる。
つまるところ、侍とは、『魔法戦士』なのだ……。
マ・フォティア……「炎の噴流」「舐める赤炎」「鞭の火」など、様々な翻訳をされる黒魔法。
そのまま使えば、地球でいう火炎放射器のような動きをする炎のスプレーになる。
魔法とはそもそも、『真実の言葉』である『ルーン言語』により、世界に訴えかけ、『アカシックレコード』から現象の記憶を呼び起こすもの。であるが故に、行使者によって結果は異なる……、つまりはカスタマイズ可能ということ。
つまりトリスは、刀に炎を魔法を宿らせて、燃える刀でモンスターを斬り伏せたということだ。
サターンが言うところの「魔法剣」……。
これこそが、侍の真骨頂である。
もちろん、侍は侍であり魔術師ではないからして、魔法を行使できる回数は同レベルの魔術師の半分を下回る。
トリスのこの「火の魔法剣」も、日に三度しか使えぬ切り札であった。
では何故、そんな切り札をここで行使するのかと言えば……。
「グオオオオオッ!!!!」
つまりは、ボス戦であった。
相手は、身の丈3mを超えるほどの巨大な氷の巨人。
サターンが定義するところの「氷のエレメンタル」は、青い氷の塊のような人形だった。
指のない代わりに、トゲトゲの氷の刃が拳。それを、人間の三倍はあろうかという剛力で振り回すエレメンタル。
あれが直撃すれば、どんな人間もバラバラになるだろう。
更に、魔法の氷でできた身体は、生半可な刃を通さない。
動きは単調だが、腕を振り回す速さは人間以上。
堅牢、高火力、大型と、シンプルに強い構成。
更にその上で……。
「『氷のブレス』ダーーーッ!!!」
「ブオオオオオオーーー!!!!」
「「「うわああああっ!!!」」」
強烈なブレスさえも吐く。
ブレス、つまりは吐息であるからして、回避することは不可能だ。
よって、トリス、サキ、ロッキーの前衛三人が肉体を張って受けるしかない。
三人の肉体は凍りつき、血が固まってひび割れる。
ばき、と。
音を立ててトリスの片腕が折れ、砕けた……。
「いくわよ!『マ・クラル』!」
しかし、そんな砕けた腕が、高速で生え変わる。
後ろから飛んできた暖かな光……、僧侶クレアの『白魔法』によって。
瞬間冷凍された腕が捥げるなど、どんな恐怖だろうか?
自分が壊れるのを冷静に見ているなど、まともではない。
……そして、まともではないから、冒険者なのだ。
「良い感じィ!」
狂気、狂喜。
獰猛に笑いながら、トリスは。
燃え上がる刀を振り上げた……。
「……ン!開イタゾ!『氷室の指輪』ダッ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
ボスである氷のエレメンタルを倒して、宝箱を開いたトリス達。
ダンジョンの法則として、強敵を倒すとその場に宝箱が湧いて出ることがあるのだ。
そうして、目的のアイテムである氷室の指輪を見つけ、一頻り喜んだ後。
氷室の指輪を懐に収めたトリス達は、野営地点に戻ろうと移動を開始する……。
だが。
「トリス、吹雪が来るぞ」
サターンが言った。
サターンは、その凄まじい感覚で、天候を読むことができるのだ。
さっきまで、サキと抱き合って喜び合っていたトリスは、無垢な少女の顔から、中級冒険者パーティのリーダーに相応しい、冷たい顔になる。
「規模は?」
「結構大きいな、数時間は足止めされるだろう」
「野営地点までの距離」
「何もなければ半刻ほどだ」
「……よし、ここで吹雪をやり過ごすよ!全員、穴を掘って!」
「「「「「おう!」」」」」
素晴らしい、早い判断だった。
そして、堅実だった。
夢見がちな少女のような、汚れを知らぬ乙女のような、そんな顔をしたトリスだが。
その実、指揮は冷静で堅実。
1%でも生存率が高まる選択肢を冷静に選ぶプロフェッショナルである。
この場面でも、無理して安全地帯である野営地点に強行するより、ここで吹雪をやり過ごすことを選んだ。
吹雪の中でモンスターと遭遇戦をする方が危険だと判断したからである。
奇襲が、意識の外から繰り出される攻撃が一番怖いのだ。
繰り返すが、この世界はゲームのようだがゲームではない。
全身を鍛えに鍛えても、鉄の棒で殴られれば死ぬ。
皮膚を分厚くしても、剣で斬られれば死ぬ。
筋肉をどれだけつけても、弓で射られれば死ぬ。
ゲームのように、レベルアップしたから裸でも刃を弾き返す!などと、そんなことがある訳はない。
それは、人間もそうだし、モンスターもそうだ。
だからこそ、敵より先に敵を捕捉して、敵の出鼻を挫いたり、意識の外側からの攻撃……つまりは奇襲をすることが極めて重要なのである。
格上の相手でも、奇襲に成功すればあっさり殺せるだろう。
だからこそ、逆に、奇襲されればこちらもあっさり死ぬのだ。
「身構えている時には、死神は来ないもの……だよね?サターン」
「え?ああ、はい」
「えぇ?サターンが教えてくれたんでしょ?」
「まあ、うん。そうだけどなあ……」
サターンの教えを、トリスは記憶していた。
サターンは言動がいささかアレだが、言っている言葉に間違いはない。
例えそれが、アニメ作品の名台詞の引用であってもだ。
サターンの予想通り、凄まじい吹雪がきた。
ごうごうと、重苦しい音を立てて逆巻く風には、鋭く重い雪のかけらが混じっている。
無理に吹雪の中を突き進めば、たちどころに体力は……サターンの言うところの『HP』は削れてゆくだろう。
そんな雪山の斜面にビバークを掘って、中で身を潜める七人。
狭苦しいビバークで、焚き火を焚いて身体を温める……。
「ほら、できたぞ」
金属製のマグカップに、たっぷりのホットミルクが注がれる。
「ありがとー!」
栄養を足すために、ホワイトチョコをたっぷりと溶かされているそれは、特製のエネルギー補給飲料。
魔法を使うにも、剣を振り回すにもカロリーを使うのだ。
隙あらばカロリー補給。
これが冒険者の鉄則である。
甘くて温かいミルクで、凍えた指先を溶かすように温めつつ、しばし休憩するパーティであった……。
その後。
無事に目的のアイテムを集めたパーティは、安全に帰還し……。
氷室の指輪をつけて、灼熱領域に挑んでゆくのであった……。
「サターン!また、雇われてよ!」
「……条件は?」
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