第13話 ダンジョンアタックとは登山に似たり

トリスは元々、そう大層な生まれではない。


貧農の末の娘で、村の変態親爺の後妻にされそうなところを逃げてきた少女だ。


ただ、他人と違うところは、村に住む引退した冒険者から剣と魔法を習い、力と知恵を持っていたところだった。


一方で、トリスの相棒のサキもまた、盗賊騎士の娘という立場。


どちらも生まれは卑賤だったが、心は真っ直ぐであった。


そういうところが、人を惹きつけるのだろう。


侍(サムライ)のトリス、騎士(ナイト)のサキ。


それに力を貸すのは四人。


筋骨隆々の大男、虎のビーストマン、格闘家(モンク)のロッキー。


丸顔で美人ではないが、愛嬌のある笑顔が特徴。褐色肌の丸々太ったドワーフ、僧侶(プリースト)のクレア。


死にたがりの、隻眼の暗殺者(アサシン)、リザードマンのタイラー。


金欠で命懸けのダンジョンアタックをする変人エルフ、召喚士(サマナー)のアラン。


この四人が、トリス達の頼れるパーティメンバーだった。




「今回のスケジュールを説明する。草原、砂漠、岩場、河川の領域を一日ずつかけて通り抜け、氷河で四日籠る。二日は予備日だ」


草原領域をずんずん進みながら、トリスのパーティ……『復讐の花嫁』は、各員が了承した。


サターンの手元には、恐ろしいことに、草原領域の地図がある。


それも、折りたたみ式の大型地図で、カラー印刷により色とりどりな記号が描いてある、凄まじい完成度の地図だ。


例え、難度が低い草原領域であっても、ここまで丁重にマッピングをしている冒険者はいない。


完成度については、間違いなく業界トップ。


盗賊の類が描く、覚え書き程度の小マップとは格が違う。


オープンワールドゲームのマップのように様々なアイコンが並び、注釈のための小冊子までついている。


最短ルートや採取用のルートなど、効率的な探索の為の別冊子まである有様だ。


彼の持つ別冊子の、モンスター図鑑に素材図鑑など、この国の最高学府である学院(アカデム)の研究者達ですら舌を巻く出来だった。


生きる攻略本、まさにその言葉が相応しい……。


それにより、ボスなどの強力なモンスターとの接敵を避け、余力を大きく残したまま『氷河領域』へとたどり着く……。


-10℃にまで達する極寒の雪山、それがこの氷河領域だ。


雪中で待ち伏せをする化物や、逆に雪の上を軽やかに駆け抜ける素早い化物、熱を蓄える為に巨体で力強い化物など、様々なモンスターが存在するが、そのどれもが難敵だった。


難度にして7から9と言われるこの領域は、中級冒険者、つまりはプロでも迂闊な行動は即『死』に繋がる……。


それだけでなく、カロリー摂取や水分補給もまた重要。


雪山登山に必要なカロリーは、一説によると3000kcalという。ご飯茶碗に換算して十杯以上。


常に神経を尖らせて、ともすれば激しく動き回る戦闘行為を行うとなると、アスリート並みの食事量が必要だ。


「行動食を食え、水分補給は各自のタイミングで。ああ、だが、飲み過ぎるなよ。一度に口に含める分だけにしておけ。それで……」


「冷た過ぎるとお腹を壊すから、口の中で温めてから飲み込め、でしょ?」


「よく聞いているな、良いことだ……」


トリスと小声で言葉を交わすサターン。


そんなサターンも、懐から取り出したエネルギーゼリーを飲み込んでいた。


糖度が高いゼリーは、低温でも凍りにくい。


また、強度の運動の最中は胃が収縮しており、咀嚼することも難しいので、ゼリー飲料が吸収効率も良く適している。


「うへ、スライム菓子……」


「文句を言うな、こんな寒い中でエナジーバーなんて食えないぞ」


「うー……、でもこれ、味は甘くて美味しいんだよねえ。食感が鼻水みたいで……」


「やめてくれトリス、ただでさえない食欲が、更になくなるだろう?!」


「ごめんごめん、サキ」


と、そこで……。


「待テ!……ソコノ、雪ノ中!『雪狐』ガ二体ダ!」


タイラーの看破。


「サキっ!」


トリスの号令。


「おオオッ!!!」


サキのシールドバッシュ。


雪の中から今飛び出さんとしていた雪狐……、スノウフォックスの顔面に、鋼鉄の盾が激突する。


「「グエッ!!!」」


低い声で悲鳴を上げたスノウフォックス。


鼻先、マズルがへし折れたらしく、イヌ科特有の黒褐色の鼻先から血液が漏れる。


ダメージを受ければ、モンスターも生き物であるから、怯む。


単なるヒットポイントの削りあいではないところも、この世界がゲームではない証拠だろう。


怯んでいれば当然、相手の次のターンはこない。


だが……。


「マダ来ル!『雪狼』ガ六体!!!」


叫ぶタイラー。


すると瞬間、雪上から白灰色の影が六つ。


そう、ゲームではない。


ゲームではないからして、漁夫の利狙いやら、他の種族のモンスターを囮にした奇襲やらで、追加のモンスターが現れることも当然あるということ。


しかし、ここで崩れないのがトリスだった。


「アラン、イフリート!タイラーはカバー!」


そう叫びながら目の前の一体……、雪狼、つまりはスノウウルフの眼孔に刀を突き入れ仕留めたトリス。


スノウフォックスも、スノウウルフも、双方とも生半可な強さではない。


双方共に、大きさは頭の先から尻尾までで2mはあろうかと言う大型の猛獣であるからして、これを一太刀で仕留めうるトリスの実力は凄まじかった。


恐ろしい速さで飛びかかってくる巨体の狼に、その小さな眼孔を狙って刃を突き入れる……。


神業そのものだ。


逆に言えば、このような神業をコンスタントに放てるのが、中級冒険者と言うことだろう。


更に、パーティメンバーも良い働きをする。


クレアは、ラウンドシールドを構えたまま放つ体当たりでスノウウルフを遠ざけた。


サキは、命令がなくともクレアの死角に立ち、ロングソードを振るってスノウフォックスに手傷を負わせ……。


ロッキーも、凄まじい剛拳でスノウウルフを殴り飛ばし、別のスノウウルフにぶつけて、複数のスノウウルフを足止めする……。


アランが大きな術を唱えている間に、タイラーが、鋼鉄のガントレットを構えて壁となりアランを守る。


抜群のチームワーク。これこそが冒険者の、人間の力だ。


そして、アランの術が完成し……。


「召喚!『イフリート』!!!」




「今日はここで野営だ。クレアは『聖なるお香』を炊いてくれ、タイラーは雪を掻いてビバークを作れ。他は見回りだ」


「えぇ、良いわよ!このマッチがあれば、火おこしが楽で助かるわ!ワハハ!」


「ヒヒ、ワカッタゾ。トリアエズ、七人寝レル場所ヲ作ル。鉄ノ『スコップ』ハイイナァ……、ヒヒヒ」


僧侶たるクレアは、魔除けの力を持つマジックアイテム、聖なるお香を炊いてモンスターを遠ざける。


暗殺者、つまりは盗賊系統の能力を持つタイラーは、テントを張ったり休憩したりする為のスペースを確保して、穴掘りを始める。


サターンは、ガスコンロで大きめの鍋を火にかけ、肉と根菜が入ったペミカン……バターの塊を鍋に放り込む。


そしてそれを溶かしながら水を入れ、米も入れてスープリゾットに。チーズも追加してカロリーを更に増やす。


高カロリーで炭水化物と脂質を多く含むそれは、抜群のエネルギー食だった。


山で嬉しい温かいスープに、『復讐の花嫁』のパーティは皆舌鼓を打つ。


その間、入れ替わりでサターンが見張りをしていた。


食事を終えたパーティは、交代で休憩を始める……。

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