第12話 ダンジョンの秘訣
黒蛇トリス。
運搬人サターンを頼る、数少ない中級冒険者。
冒険者ギルドには、ただでさえ万を超える冒険者がいるのだ。
ギルドの建物の総面積は、東京ドームを超えるだろう。
その上、冒険者の死亡率の高さを加味すると、特定の冒険者同士が出会う確率はとても低い。
そんな中で、悪名しかないサターンに頼るような冒険者は少数だし、サターンの「真実」を知る冒険者は、更に一握り……。
いや、因果が逆か。
サターンの助言を受けた者は、皆須く大成する。
そういうことなのかもしれない。
先日のテルマとルイーズも、本来なら他の低級な冒険者と同じように、ゴミクズのように死んでいた。
低級の冒険者、特に初めてダンジョンに潜る者は、その内およそ三割弱が二度と冒険ができない身体と心になって帰還し、その更に半分は無惨にも死ぬ。
冒険者とは、ダンジョンとはそういう世界だ。
それでも、世界中から、食い詰め者や訳あり野郎、死にたがりの馬鹿や英雄志望の能無しが集まってくるのだから、総数は減らないのだが。
そんな、死ぬ運命だった「かませ」の「モブキャラ」を、中級冒険者にまでならしてやれると豪語するサターンの、何と凄まじきことか……。
上級冒険者達がサターンの情報を共有し、サターンに臍を曲げられないように気を遣い、情報料に金貨やマジックアイテムを渡すのも、そういう訳があるからだ。
では、上級冒険者達の共有財産であるサターンに絡む中級冒険者達は、上級冒険者達に嫌われるか?と言われれば、否であった。
「よう、トリス!景気はどうだ?」
「あっ!ハリーさん!もーバッチリですよー!」
今一番目立っている、上級冒険者のスター、『蠍殺しのハリー』は、トリスに軽く声をかけた。
———『サターンが目をかけるような冒険者は、中級だろうが下級だろうが、すぐに上に上がってくる』
つまり、そういうことになる。
上級冒険者の中では、サターンに目をかけてもらえるのがある種のステイタスだった。
万を超える冒険者のうち、六割が下級。
稼業として冒険者をやれている者なんて、全体の半分もいない。
大抵の冒険者は、一山当てたらそこで冒険者を辞めてしまうのが普通だからだ。
英雄になりたくて田舎から出てきた!なるほどそれは良い。
だが、マジックアイテムを拾って金貨百枚!遊んで暮らせるとは言わないが、危険な冒険者稼業を辞めて、小さな店を開くことくらいはできるまとまった金が目の前に降りてきた時……。
そんな時に、冒険者をまだ続けたい!などと宣う根っからの冒険野郎は、そうはいないだろう。
冒険者とは、ある種のギャンブルなのである。
そして、中級以上の冒険者とは、そのギャンブルで生計を立てている大馬鹿者なのだ……。
無論、本当の意味での大馬鹿者を生かして返すほど、ダンジョンは甘くないのだが。
……ギルドの評価も分からないもので、単なるラッキーマンやおべんちゃらだけが上手い奴、人目のないダンジョンで無法によりのし上がった下衆なども、到達階層が深いからなどの理由で中級上級の認定を下されることも多い。
そんな中、目利きの達人であり至上の術師であると裏で知られているサターンに対する態度は、ある種の踏み絵になっていた。
要するに、サターンの能力の素晴らしさを見抜けずに、サターンに食ってかかるような阿呆は、『運良く位を上げた盆暗』と認定され……。
逆に位階が低くとも、サターンの有用さを見抜いていれば、『将来的に大成する』と思われるのであった。
つまりは、トリスもそうだ。
事実、トリスは他の凡愚にはない、煌めく何かがある。
人を惹きつけるカリスマだとか、咄嗟の判断力というか、そういった、数値化できない何かが。
サターンはそれを、『プレイヤースキル』と呼んでいる……。
「……では、契約内容を纏める。目標は、ダンジョン中層『氷河領域』でのマジックアイテム集め。狙うマジックアイテムは『氷室の腕輪』、これを可能な限り集めること。期間は最大二週間、一人でも死ねば撤退」
「うん、それでお願い。私が提示する報酬は、『氷室の腕輪』以外の優先購入権が一つと、『マッピング』の為の寄り道の許可だよ」
「良いだろう、契約成立だ」
トリスの目標は、中層の難関『灼熱領域』を超えるために、装備した者に火耐性を与える『氷室の指輪』を集めるというものだった。
トリスは、こうして長期的な計画を立てられるほどには知恵もある。むしろ、これくらいのことができねば、冒険者という職業を続けることは難しい。
しかし、この世界はゲームのようだが、ゲームのように甘くはない。
地面から火が噴き出す『灼熱領域』においては、自身の周りに氷室の中にいるかのような冷たさを振り撒く『氷室の指輪』なしでは行動できない、などという『攻略情報』をただで教えるような親切な人間はいないのだ。
自分の狩場、割の良い依頼、安い武具屋……。
そのどれもの情報が、この世界ではただでは手に入らない。
武器屋の前で「武具は装備しないと意味がないぞ!」などと、アドバイスを吹聴して周る変なモブキャラはいないと言うことだ。
それもまあ、当たり前のことだろう。
自分の飯の種を他人に渡すほどの馬鹿は冒険者にすらなれない。
この世界でそれは、工場が製品の設計図をネットで公開するようなことだ。技術や知識は公開するものではなく、盗まれぬように秘するもの。
中学生の剣道の授業レベルの、格闘漫画を開けば最初の方にちらっと書いてあるレベルの、ほんのちょっとした武術の要訣すら秘伝とされるようなこの世界……。
……だからこそ、サターンの持つ情報の価値は高い。
言うなれば『生きる攻略本』……。
それの助力を得ることは、何よりも心強いのだ。
それだけでなく……。
「では、装備の調整に入る」
ごく普通に、運搬人としても優れているのだ。
見てくれは完全に人だが、その実、人ではないサターン。
筋力も体力も、生半可な人間の2.5倍はある。
その筋力を活かして、特注品の150Lもの大容量バックパックを背負い、地球製の丈夫なテントや美味しい保存食などを満載し……。
更にその上で、魔力を込めれば飲料水が湧く『魔法の水差し』や、小さな馬車ほどの荷物をポーチ大に纏める『荷馬車のポーチ』など、アーティファクト級のマジックアイテムを装備して。
そしてそして、更に更にその上で、夜の見張りや料理にテントの設営、自衛もするのだから、得難いサポート役であることは自明だった。
会議室の一室で、トリスとサターンは荷物を広げる。
「私達は、寝袋と最低限の着替え、逸れても一日は生きられるだけの水と食料に……、それとポーションを持てば良いんだよね?」
「ああ。それと、緊急用の保存食はこちらで配る」
「やったあ!この甘いお菓子、美味しいんだよねー」
地球でカロリーメイドと呼ばれる高カロリーのブロック状ビスケットを何本か手渡されるトリス達。
オレンジ色の外箱の、みんな大好きカロリーの友達。
「おやつじゃないんだ、緊急時以外食べるなよ」
「はーい!」
そして、サターンは。
テントに焚き火台、着替えに食料、予備の水に使い捨ての食器、ストールやタオル、砥石に裁縫用具……。
予備のポーションや包帯、薬品にサプリメント、靴やロープなど。
更に、氷河領域であることを加味しての、懐炉などの暖を取るためのグッズをたくさん持ち込んでいた。
「確認は済んだか?……よろしい。ダンジョンは登山のようなものだからな、成功するかどうかは準備が半分、実力が半分だ」
サターンが嘯く。
だが、このセリフが言える冒険者こそ、真に優れた冒険者なのだが、それを知るものは意外なほどに少ない……。
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