第11話 冒険興行

ベアトリクス。


一年ほど前に、ダンジョン中層、密林領域のボスの一体である『ブラックパイソン』を討ち取ったことにより名を上げて、『黒蛇トリス』の通り名を得た女冒険者である。


元来持ち合わせた素直さと楽天さは、周りの人間を引っ張りつつも元気付けると評判で、またその剣筋も性格と同じく真っ直ぐ直情。


容姿も、黄味がかった明るい色の長髪を、大きな黒のリボンで結んだ、目のぱっちりした愛くるしい女性である。


武勇と美貌、双方を兼ね備えた彼女は、言わばアイドルのような人気があった。


冒険者の活躍は、この迷宮都市ウィンザリアにおいては、酒の肴以上に価値がある。


極端な例えだが、最上位の冒険者……、例えば、ゲオルグほどの存在となると、子供に歌う寝物語だとか、演劇の項目だとか、そう言った英雄譚として末長く語られると共に利益を産む。


上級冒険者、例えば蠍殺しのハリーなども、吟遊詩人の歌の鉄板で。


今、ハリーの歌を歌えない吟遊詩人は、モグリだと謗られてもおかしくはないくらいだった。


つまり、ウィンザリアは、モンスターの素材やマジックアイテムだけでなく、英雄譚と言う名の「商品」を輸出する機構もあるということだ。


英雄譚の利益はバカにならず、演劇や書籍化以外にも、姿絵などにもなり、その人気はかなりのもの。


演劇も、日本の江戸時代の歌舞伎のように、一日かけてじっくり行われる。中世の見世物小屋のようなこじんまりとしたものではなく、規模は本当に大きい。


数千人、数万人、貴族王族すらもがウィンザリアの大劇場で演劇を見て、見物料だけでなく「かべす料」も落としていくのだ。


かべすとはつまり、歌舞伎を見る際に食べる飲食物で、このウィンザリアの冒険者演劇においては、その冒険者の好物が弁当になった。


つまり、「推しキャラの好物を食べながら、推しキャラの演劇を見よう!」ということである。


そして、街の絵師達は、そんな冒険者の様々な姿絵を売り出す。


つまり、「推しのプロマイド」である。


更に気合いが入っている者は、冒険者の人形や武器のレプリカなどを特注で注文することもあるという。


要するに、「推しの関連グッズ」である。


冒険者とは、下を見れば地獄であるが、上を見ればヒーローだった……。


そんな中、黒蛇トリスは。


相棒たる『鉄の騎士サキ』と共に、今日もダンジョンに挑むのだ……。




「な、なあトリス?やっぱり、やめておかないか?あの男、本当に拙いぞ」


サキは、トリスとは対照的な鋭利な相貌を、歪めないように気をつけながらも、苦笑いを浮かべてやんわりと否定の言葉を投げかける。


「どうして?」


トリスは問うた。


トリスには、純粋に、サキの言葉の意味が分からなかったからだ。


サキはいつも、純粋で純朴、つまり騙されやすいトリスを悪意から守ってくれている。


トリスもそれはよく分かっていたし、強く感謝していた。


だが、こればかりは意味が分からない。


「どうして、私が知る限り一番凄い運搬人(ポーター)のサターンと組んじゃいけないの?」


本当に分からない、と言った口調で。


こてんと、あざといくらいに可愛らしく首を傾げて。


トリスは再度、そう問うた。


「そ、それはだな……、そう!その、評判がな?!悪くてな?!」


言葉に詰まるサキが何とか捻り出した答えは、要領を得ない、決め手に欠ける論拠。


快刀乱麻を断つ、果断な決断力や強さが、今のサキにはなかった。


そして、頭が働かない分、勘働きが凄まじいトリスには、その言葉が正しくないとすぐに分かる。


「サキ、サターンが嫌い?」


「……嫌いではないさ。けど、あの人は、おかしな人なんだ」


「知ってるよ?それはみんな言ってるし、私もそう思う」


「ああ、いや……、そう言う意味じゃなくてだな……。何と言えば良いか……」


そうやって、サキが言葉を搾り出そうとしているうちに……。


「トリスと、サキか」


件の男の元に辿り着いてしまった……。


男は、オレンジ色の作業服を着て、チューインガムを噛んでいる、白肌に黒い長髪の男だった。


名を、サターン……。


運搬人サターンだ。


この男はいつも、冒険者ギルドの受付に一番近い、良い位置のテーブル席を占拠して、何やら不思議なことをしている。


例えば、何かしらのマジックアイテムをいじくり回していたり、見たこともない料理を食べていたり、異国の本を読んでいたり……。


そうと思えば、名の知れた上級冒険者達と気安く言葉を交わし合う、言ってしまえば変人であった。


「俺の悪口は楽しかったか?」


皮肉げに笑いながら、ということでもなく。


ただ、日常会話のような声音で。


それでいて、表情が全く動かずに、そう言った。


端正な美顔、しかし眉一つ動かない。そうすると、美しさは恐ろしさに裏返る。


「ひっ……?!す、すまん!そんなつもりじゃ!」


サキは、本気で怯えた。


知っているからだ。


四人の女、最上級冒険者。


学術都市アカデムにて最年少で教授(プロフェッサー)の称号を得た天才錬金術師、カテリーナ・アルカンシエル。


国家の行く末すらも左右する力を持つという秘密結社、魔女夜会(ヴァルプルギス)の幹部、『黒の魔女』、サマンサ・アンブラ。


上位種族セレスティアンであり、悪神プルトーンに直接言葉を賜る立場にある大神官にして、プルトーン教の神官長、司祭キュベレイ・フィーネ。


東方から来た天才的な忍者の家系キリガクレ家の直系で、更には東方の王「神皇」のご落胤でもある、忍者アザミ・キリガクレ。


このようなビッグネーム達に、なぜか不自然に好かれている、と。


おかしな話だ、ゴミ同然の下級冒険者に、英雄たる上級冒険者の女達が傅くのだから。


それは、『竿師』などという渾名もつこうというものだ。


運搬人としての優秀さはよく分かっているが、それ以上に得体の知れぬサターン。


こんな男に、大切な親友であるトリスが接近すると考えると、サキは恐ろしかった。


だから、難色を示していた。


「悪口なんて言ってないよー!サターンったら敏感ー!」


あはは、と朗らかに笑うトリス。


明らかに空気が読めていないが、この明るさは他人を救う明るさだ。


気難しい人間も、この笑みを見せられれば、毒気が抜けるというもの。


サターンは、ふむ、と一息置いてから、声を出した。


「今日も元気そうで何よりだ、トリス」


「そーだよー!元気いっぱいだよー!」


むん!と、力瘤を作って見せるトリスに対し。


適当に返答しながらサターンは、何やらまた不思議なことをしていた。


不思議なマジックアイテムで、黒い液体を煮出して、それを飲んでいる……。


地球では、それを「コーヒーメーカー」と言うのだが、この世界では「怪しい儀式」と思われていた。


酷い匂いの、焦げた豆の汁を啜る。変態である。


「で……、冒険か?」


「うん!運搬人サターン!私に雇われて!」

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