第二夜 そこじゃないって

 始まりました、第二夜。

 前回のお話はいかがでしたでしょうか?

 気に入っていただけたら嬉しいです。


 さてさて二夜になりました。

 本日の登場人物

 私(専門一年生)

 やるべきことをぎりぎりまでやらずいつも課題に追われている。

 よっぽどぴったり波長が合わない限り霊的現象が分からない。


 ヨネちゃん(仮名)(専門一年生)

 オタ活という仕事に誇りを持ちながら毎日多忙を極めている。

 なぜそんなに、肝が据わっている? といつも不思議になる。

 よく謎語録を生み出して弟君に怒られている。



 以上の愉快な二名でお送りいたします。

 前回に比べて今回は笑い話なので、楽しんで見てください。



 さて、今回は八年以上交流のある私の友達、ヨネちゃんがあった怪奇現象の話をしよう。

 ヨネちゃんと私はオタク仲間で、よく深夜に作業通話する仲だ。

 このヨネちゃんという子は昔からなんだかずれている子で、友達の私が言うのも何なんですが、かなりのあほなんです。

 気になることがあると、感覚が鈍くなるような子でその気になることもずれているんです。

 推しの服の造りが気になって衣装制作を夏休みにしていたら、二日間空腹を感じなかったとか、推しの使う爆薬は火薬の匂いではなく極上のフレグランスなんじゃないかと考えていたら土手から落っこちて足を折ったがそのまま歩いて帰ってきたりとか。

 とにかくそんな子の話です。


 その日私とヨネちゃんは作業通話をしていました。

 その夜もうんざりとするような熱帯夜でした。

 私たちは各々窓をぴっちりと閉めて冷房を効かせて作業に適した室内環境を作ってから私は課題を、ヨネちゃんはイベントで即完売した推し絵師の通販追納張り付きをしていました。


 私たちの作業通話など基本的にこんな感じで、話題が思い浮かんだら話す。なければ黙って作業で、無言の時間の方が多いんです。

 もちろんその間はフリーだから通話つないだままミュートしてお風呂に入ったり、ご飯を食べたりと日常生活をしていることもよくあります。

 たまにミュートを忘れますがね。

 その日も、通販張り付きをしている途中に悟りを開いたヨネちゃんがミュートもせず中学二年生の弟君の部屋に走りに行っていました。

 なんでも、先日弟のスマホを借りた際に、検索履歴がエッチなもので埋まっていたことを馬鹿にしたが、今自分が成人指定の同人誌に必死になっていることでエロは馬鹿にできないということを悟り、謝ってきたらしい。

 駆け足で戻ってきたヨネちゃんは清々しい声色で

「私、間違ってたわ。形は違えどエロは全人類の救いで原動力だわ。原子力に勝てる発電できる!」

 なんてわけの分からない語録を残していました。

 夜の11時に。


 ちなみにこの間の一瞬で通販キャンセル分の在庫が復活してすぐに枯れたらしく発狂していた。

 そんなあほみたいな会話をしながら作業をし、気が付くと深夜二時を迎えていました。

 ヘッドホンから聞こえてくる虚無なF5連打の音。

 真夜中だからたまになる空鳴りのごおおという音以外、外の音は聞こえない。

 暫くするとキーを押す音がぴたりと止まり唐突にヨネちゃんはミュートで消えていった。

 きっとトイレだろう。

 そう思って特に気にせずにいたんです。


 五分ほど経ってミュートが解除されるとなんだか神妙な空気が耳に流れてきた。

 空気感なんてヘッドホン越しじゃ分からないと思うが、その時は擦れる布の音とか、わずかに聞こえる呼吸の音とかそういう一つ一つの音があまりにも重苦しくて、何となくわかりました。

 三分くらい経って、ヨネちゃんは口を開いた。

「ねぇ、この時間に子ども一人って、危ないよね」

 唐突な言葉に思わず私は「子どもぉ?」と聞き返してしまった。

「うん、子ども。多分、五歳くらい」

「確かに、五歳くらいの子どもがこの時間に一人でいたら危ないけど、何で?」

「それがさ、今私トイレ行ったの。トイレの扉開けたらさ、蝉の声がめっちゃうるさくて、みぃんみぃん言っててさぁ。いや夏の夜だからって、鳴きすぎでしょってレベル。ってか、蝉って夜鳴くっけ? いや、そんなことはどうでもよくて」

 いつもの様にノリツッコミをしながら語るヨネちゃんの言葉を軽い相槌を打ちながら聞いていた。

「私んちのトイレってさ、便座に座ったときちょうど頭がある位置に窓があるじゃん? そこ、今夏だから網戸で開いてんのよ。でさ、座ってじょろろ~って用を足してたらさ、気配を感じるのよ。窓の外から」

 そんなに、詳細に用を足した擬音まで要らないと思っていたがひとまず言わないでおいた。


「そしたらよ、青い服を着た五歳ぐらいの子が立ってんの。背を向けられていたから最初は男の子か女の子か男の子か分かんなかったんだけどさ、急にその子がこっちを向いて思いっきり走ってきたわけ。びたん! って大きな音が鳴って、ガラスがびりびりって揺れてさぁ。網戸側じゃない、すりガラスの窓の方に真っ赤な手跡が付いてて、いや打ち付けすぎでしょって思ったよ。髪が短かったから、男の子なんだなって思ったんだけど」


 ……………………。

 いや! 怖い話かよ!!!!


 余りにも冷静に飼い犬の失敗談を聞かせるぐらいの声色で怖い話を聞かされてしまったものだから、私はどうリアクションをとればいいのか分からず「そんで?」とあっさり聞いてしまった。


「そうそう、目がさ……白目って言えば良い? 白いところ。そこまで真っ黒なの。虫の目みたいでさ、だから表情も分からないし、何を思ってるのか分からないのに、窓に張り付いて絞り出すような声でみぃんみぃんって言うのよ。他には何も言わないでねそれだけ言ってんの。私、何から注意してあげればいいか分からなくてさ、戸惑ってたらふっと消えたんだよね。同人誌欲しさに液晶ばっか見てたから幻覚でも見ちゃったのかなぁ、って思ったんだけど手形が残っててさぁ」


 そう言うとヨネちゃんはぎ、と椅子の音を鳴らし、困った困ったと言いながら再び、F5キーを連打し始めた。

 何に対して困っているのか、怪異に対して何を注意しようとしていたのか私にはさっぱり分からなかったが、ヨネちゃんの声の後ろでうるさく鳴く蝉の声は聞こえていた。





 どうでしたでしょうか? 今回は笑い話でしたでしょ?

 あぁ、これはちょっとした小話ですが、ヨネちゃん家は二階建ての一軒家で、当時ヨネちゃんが入ったトイレは二階だったみたいです。

 なのでヨネちゃんは窓に付いた、真っ赤な手跡が血だったら落とさないと騒ぎになってめんどくさいなと思っていたため、困ったなと言ったようです。


 その前に、二階のトイレの窓から見えるような五歳児なんている訳ないのに。

 私が指摘するまでヨネちゃんは本当に生きている男の子だと思っていたそうです。


 ちなみに、ヘッドホンを外して私の周りの音も確認したんですけどね、私の方は全く蝉は鳴いていませんでしたよ。

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