ちょこっと怪談話
うるは
第一夜 一人遊び
始まりました。ちょこっと怪談話のお時間です。
本日の登場人物
私(小学二年生)
我儘な自由人。母と大きな音が怖い。かなりのビビり。蟻にすら負ける虫嫌い。
兄(中学三年生)
永遠のわんぱく坊や。たまにいい奴。だけど永遠に理解し合えない。
この二名が繰り広げます、とある夏休みの話になります。
一夜は別段怖くもないので、構えないで見てくださいな。
小学生というものは、いつも出所の分からない話をするものです。
AちゃんがB君を好きだとか、C君がこの前休んでいたのはずる休みだとか。
本当かどうか分からない話。
その中に怪談話というのはよく紛れるものです。
そんな、怪談話に私が巻き込まれた時のお話です。
当時、私は小学二年生でした。
夏休みを使って、家族で田舎の婆ちゃん家に帰省していたのですが、これがまぁ絵にかいたような田舎なもんで。
近くに無い店より、ある店をあげていった方が早く終わるようなところなんです。
コンビニは歩いていける距離に無いし、お隣さんは畑の向こう側。
一番年が近いのは兄で、兄の次に年が近い子は十個も上でしたし、何よりWi-Fiがある家がとにかく少ない!
いえ、無いとは言いませんよ。村全部の家見て歩いたわけじゃないので、きっと一軒くらいはあるでしょう。
持ってきた3DSのソフトなんて、一日でやりつくしてしまったもんですから、やることすらないんです。
Wi-Fiがないので動画サービスも使えない。
携帯も持ってないから友達と通話もメールもできない。
あれもない、これもない。ないないない……ない!
あるのは畑と、あぜ道。
この頃にはもう虫なんて大っ嫌いなお年頃ですし、歩けば特大のゲジゲジ、座ればくそみたいにでかいアブの死骸があるような田舎で外に出るなんて選択肢は勿論ない。
一方で、一緒に来ていた兄は虫が大好きな子ですから、初めて見る虫に目をきっらきらさせて、虫かごと網を手に、朝日が昇る前から夕陽が傾くまで虫コレクションをしていました。
おかげで遊び相手すら失った私はとにかく暇で暇で……。
都会とまではいかないにしても、そこそこ便利な街に住んでいた私にとっては地獄みたいな日々でした。
無いものは無い。
そうすると子供って不思議でね、自分で遊び方を模索するんですよ。
何かないかな、何かできないかなって。
当時の私もそうやって模索して、ようやく見つけたんですよ。
そういえばクラスで、幽霊を見つける方法ってのが流行っていたなって。
やり方はとても簡単で、目を瞑り自分の住んでいる家を玄関から順に歩くようにして思い出す。
全部の部屋を見て回って、そこに人が居たらそれは幽霊らしい。
その話を聞いたときは自分の家に幽霊がいるってわかった状態で暮らすのが嫌で、スルーしてたんですけどね。
なんせココは、婆ちゃん家!
どうせ一週間もすれば帰るし、次来るとしたら冬休み。
それまでには忘れているだろうと思って試してみたんですよ。
我ながらとても浅はかですよね。ビビりな私が一週間も我慢できるわけがないのに。
婆ちゃん家は農家の家で、よくあるような古いけど中途半端に洋物を取り入れている家の造りをしているんです。
居間から客間までぶち抜いたら広い空間になるような平屋づくりの家で、居間の畳の上にはカーペットなんかが敷いてあったりして。
縁側があって、その先に広がってるのは広大な農地。
とっても風抜けのよい、家なんです。
真夏でも、縁側に座って少し後ろにある障子に寄り掛かっていると、心地よい風が私の頬を撫でていったりして、うっすらとかいた汗が冷やされて気持ちよかったりして……。
だから私は縁側の日陰になっているところに腰を掛けて目を閉じたんです。
まず初めに生垣に挟まれた入り口を通り、すりガラスのついた横引き戸の玄関を開ける。
少し、重い扉をガラガラ、と音を立てて開け、泥の付いた婆ちゃんの農靴が置いてある玄関口に靴を脱いで家へとあがりました。
ぎ、ぎ、と床板が軋む音を聞きながらフローリングの廊下を通ると居間に着く。
しん、と静まり返った空間にカーペットと自分の靴下が擦れる音だけが聞こえるのはとっても不気味に感じるんですけど、古い家だから不気味に感じているだけかもしれないと思いながら探索を続けていました。
いくら、音を中心的に記憶するタイプだと言え、不気味なくらい鮮明に覚えていたのです。
その後、居間、茶室、風呂場と順々に回って行き。最後に台所に誰もいないことを確認して、安堵した時でした。
妙な悪寒が私の体をかけていった。
息が詰まる。
胃酸がこみ上げてきて、吐きそうになった。
今この場に全身の力を抜いて座り込んで降参してしまいたいという気持ちとこの場に座り込んだら死んでしまうという考えが頭の中によぎった。
あれは殺意だったんじゃないかと、今なら思います。
まぁ、実際その時以外で、そんな寒さを感じたことがないので、そうとは断言できませんがね。
けれど身の毛もよだつってこういうことなんだなって理解させられた瞬間でした。
恐怖を考えることも許されない。
とにかく逃げなきゃ、そう思いました。
現実の私は目を瞑っているだけなんだから、目を開ければ済むことなのに、その時は逃げなければならないということで頭がいっぱいでしたよ。
その嫌な寒気は居間の方から感じたから、台所の勝手口から出れば大丈夫。
よし、あそこから出て行こう。
そう思って、足を一歩踏み出した時、私の耳にととん、ととん。と規則的な音が入ってきた。
居間にはソファが置いてあるんですけど、ちょうどそのソファに座った子供が、足をぶらぶらさせながら踵で蹴っているような音でした。
ちょっと、待て。
先まで、誰もいなかったじゃないか。
そんなの聞いてないって。
私は完全にパニックになっていました。
私は居間から台所に入ってきたので、気が付かないなんておかしいし、あんだけ音を鮮明に覚えてる私が襖を開ける音に気が付かないなんてありえないんです。
さっきの力が抜けていく悪寒とは違う、ぞわぞわと背筋が凍りつきそうな感覚が全身にまとわりついて離れない。
深夜に、ぽたぽたとシンクを叩きつけるような水道のしずくの音とか、誰もいない道で急に小石が転げてきた時みたいな。
その音だけが嫌に強調されて耳に残っているんです。
その時さっさと離れてしまえばよかったのに、ホラー映画のカメラに乗っ取られたんか? ってレベルで視点が固定され体の自由が利かなくなったんです。
私は、私の意思に反して、居間に戻って行ってしまいました。
ゆっくりと顔を出すとソファの背もたれが見える。そこからは特に人の頭とかは見えませんでした。
心の中では逃げろとか、勇者かよ、誰も喜ばねぇよとか、悪態を吐きまくりながら、勝手にソファに近寄る視点をただ見ていました。
一度止まって、唾を飲み込む音が頭の中に響く。
私の緊張が辺りに伝染する様に張りつめた空気が辺りを覆う。
息を吸い込み、勢いよくソファの前側へと回った。
そこには誰もいなかった。
居なかったことに安心して、息を吐きながら緊張を解いた。
それが駄目だった。
人間、緊張を解いた瞬間って一番ダメな時だと思う。
力が一番抜けて何にも考えていないときだから。
耳元で、息が聞こえた。
明らかに私の物じゃない何者かの溜息。
真後ろなんて、そんな生易しい距離じゃなかった。
ごくり、と生唾を飲み込むともう一度耳の斜め後ろからため息が聞こえた。
それは思わず息を殺してしまうほど重苦しくて、五臓六腑が締め付けられるような感覚がした。
私、死んじゃうかもしれない。
動いちゃいけない、見ちゃいけない。
声を出しちゃいけない。
何かをした途端この得体のしれない何かに奪われる。
そう思って私は即座に目を瞑りました。
何でそう思ったかなんて分からないけど、そうしなきゃいけないと感じました。
目を覚ませ、って何度も願った。
何度も聞こえるその溜息に生きること諦めたほうが楽なんじゃないかと思い始めてる自分もいた。
腐った生肉のような匂いがしだして、私の気が狂うのも時間の問題でした。
もう無理だって思ったとき、突然スイカの匂いと蝉の声が私の中に流れ込んできた。
元の場所に、帰って来れた。もう大丈夫だ。
そう思い目を開けるとオレンジ色の光が目の前を示していてくれた。
まだ後ろからため息は聞こえていましたが、振り返ることはせず、光の方へと歩いていきました。
目を覚ますと、オレンジ色の日の光が視界に入る。
始めた時は昼だったのに、いつの間にか日が傾き夕暮れが私を包んでいた。
冷や汗なのか、単純に汗なのか区別が付かないほど、私は汗まみれでした。
暑い、汗でべたべたして気持ちが悪い。
そう思っていた私に、いつの間にか目の前に立っていた兄がタオルを差し出してくれました。
あぁ、兄ちゃん、帰って来てたんだ。
そう思いながら短く礼を言いタオルを受け取ろうと手を伸ばした。
タオルに指先が触れた次の瞬間、後ろから私の腕を誰かが力強く掴んで引っ張った。
私は勢いに負けて引っ張った人の上にバランスを崩し倒れ、二人してしりもちをついた。
痛いと文句を言おうとした私の口は手で塞がれてしまった。
いきなり口を塞がれ若干パニックになりながら手の主を見ると、それは真っ青な顔をしていた兄でした。
え? じゃあ、今私にタオルを差し出してくれたのは?
混乱しながら、タオルをくれた方を見ると兄の姿をしたそれはにたり、と口角を釣り上げて笑い「残念」と言うと蜃気楼が揺れる様にぼやけ、ぐにゃりと歪んで消えていきました。
歪む直前に見えた、空洞に見える真っ黒な目が頭から離れず声を失っていると兄は「受け取らなくて良かった……」と呟き私を抱きしめた。
あまりにも非現実的な出来事に私は、中々実感が湧かなかったのですが、足元に残る兄もどきが落としていったぐしゃぐしゃになったタオルを見て現実だったのだと思わされました。
足先からじわ、と体温が一瞬復活して、すぐさま冷えていくあの感覚を、もう味わうことはないでしょう。
そういえば後でそのタオルを回収しに近寄ったときに知ったのですが、タオルに見えていたそれは車に轢かれてぺしゃんこになった狸の死骸でした。
私はとにかくビビりまくって、帰るまで兄と母にべったりでしたよ。
あぁ、そうそう。
この話には後日談があるんです。
あの遊びは危ない。
そう思った私は絶対にやらない様に皆に言って回っていたんですがね、そんな遊びなんて知らないと言われてしまいました。
未だにふと思い出しては色々考えます。
あの時、あのタオルを受け取っていたら?
あの時、目を覚ますことが出来なかったら?
あの時、我慢できずに叫んだり、振り返ってしまったりしていたら?
一つでも違う選択をしていたら、私はどんな結末を迎えていたのでしょうね。
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