第6話 村の生活
新しい目標の一つとして冒険者になることを考えるようになり、それからはハナカ先生の指導の日が待ち遠しくなっていた。
出来るだけ早く外に出られることを望んでいたのだが、精霊避けの術や気力を隠蔽する技術は初心者が手を付けるには高度であるらしく、基礎から地道に学ぶしかないと言われた。
そのため、自分だけでも勉強出来るようにと最も熱を入れたのは文字の読み書きと教本の解説で、詳細な内容はともかく教本を通して読めるようになるのはかなり早かった。
文字が分かるようになってからは空いた時間が術師の勉強に費やされ、毎日が充実している感覚は精神衛生上も良かった。
今日は母と連れ立って外出する用事があった。
ハナカ先生から精霊避けの薬が届けられ、外出の制約が多少は解かれるようになったからだ。
効果は半日持続し、日中は動き回れるように調整してあるらしい。
これからは自由の身と言いたいが、材料と手間の関係で数を揃えるのは難しいそうで、ハナカ先生が来れない日に必要な時にだけ頼ることにしていた。
貴重な外出の時間を使う用事とはいっても、慌ててやるようなことではなく、俺がこれまで人前に出ることができなかったので一年遅れで村の皆に顔合わせをしていく日だった。
午前に村の住人、午後に滞在する冒険者と、キイダ村の人々にあいさつをする。それを村の散歩がてらやっておこうという気楽なものだった。
一応は前もって予定を組み、村長へきちんとをしにいくのが目的にはなっていた。
半分は物見遊山的な外出だったが、これは正直に言って悪い気分にさせられた。
村人の多くは貧しく、常に忙しい者達だった。
住人に会っていくといっても、ほとんどの村人は農作業や内職で突然の来客に構っている暇はない。訪問してまわったのは村の設備を任される者達の所だ。
粉挽き屋やパン屋、鍛冶屋等のこれからは俺も利用していくだろう家々で、村の人間として日常的な付き合いがあるからには互いに見知っておくのは必要になる。
そういう村人の家は他よりも大きく、家族も多いようで作業中の家人に応対を受けたが、これが誰からも怪訝な顔をされた。
たまに外を歩いている者を見かけたが近づきもせず、遠巻きに監視されているようだった。
病気で寝込み、一年間も顔を見せなかった余所者というのが警戒される原因であるらしく、仕方ないとはいってもこれから積極的に関係を改善していこうとは思えない。
そう思う位には露骨な腫れ物扱いだった。
最後に到着した村長宅でも同じか、それ以上に厳しい態度を示された。
村長は在宅のようだったが、出てきたのは奉公人の娘で、主人はお忙しいので今は出られませんの一点張りで追い返されそうになっていた。
理由は明白で玄関先でのこと、村長がこの娘と妙な雰囲気で話しているのを聞いていた。
間が悪いのでさっさと帰ってもらおうという気持ちが滲みでていて、娘の言う事が嘘なのはわかりきっていたが、追及したところで余計にこじれそうなので触れなかった。
仕方がないのでその娘に伝言を頼み、母が最後に「父のガルロ共々これからもよろしくお願いします」と付け加えて立ち去る。
これで済んだものと思い帰っていたら、直後にわざわざ村長が出てきて呼び止められた。
考えればそれもそのはずで、いまの父は村の依頼で森の調査をする町の冒険者である。
その家族が予定通りにあいさつに来て、それを勝手に追い返してしまった。
これが父に伝わって、依頼の遂行に支障をきたしたり、ギルドへの報告で難癖をつけられて村の評判が下がってしまえば、これからは町の冒険者ギルドとの付き合いが難しくなるかもしれない。
別に母はそれを恨んで悪く言うような性格ではないし、実際に村長への伝言だけで帰ろうとしていたのだが、村長にとってはそういう風な未来が見えていたんだろう。
また、今は家庭に入っているが母も信頼できる冒険者であることは村長も当然知っていた。
なので、母を軽く扱っていたわけではなく、それどころか、この時にギルドへの依頼の内容が森での異変の調査であると明かし、経験豊富な冒険者としての意見を求めていた様子からそれが窺えた。
そうして、きっちりと父と母を立てるような言葉を並べ、最後に俺のことも覚えたと念押しされてから村長のもとを離れることができた。
そもそも、奉公人の娘は母のリューサを見てなにも気が付かなかったのか? 帰りに村長宅から怒声が聞こえたような気がしたが考える気にもならず、最初に村長宅の扉の前でそうしたように聞き流していた。
村人との隔たりを感じ、村長宅では思いもよらない形で気疲れさせられたが、これはまだ昼前の出来事になる。
この後は一度帰り、森の方で働く父に昼食を持っていくことになっていた。
こちらも村民へのあいさつと同じで、村に滞在する冒険者と顔を合わせる意味があったが、ギルドの冒険者達というより、両親の知り合いに紹介されるついでに冒険者の実際の姿、立ち振る舞いを体感するための場だった。
森の調査依頼を終えれば父は再び町に戻ることになる。
その前に両親の冒険者としての姿を見てみたいと頼んでおり、外出の一環として森の入り口までなら見学出来ることになっていた。
昼食は鍋に麦粥を作り、それを持っていく。
母と相談して昼食の他に綺麗な水も持っていくことにした。母が粥の入った鍋と食器を、俺が水の入った桶を担いでいく。
村から少し離れ、森に入る直前辺りにある少し開けた空き地が冒険者達のキャンプ場だった。
森の方で異常があったら分かるように、村と森の間の見通しを良くする意味もあるらしい。
森に向かう冒険者達が休憩を取ったり、準備をする為に使われるようで、土がむき出しの地面には所々焚き火をした跡がある。
今はその焚き火を囲うようにいくつかの簡素なテントが張られ、側では数人の冒険者達が一頭の大きな猪を解体している途中だった。
焚き火の一つが焚かれ、切り分けられた一部がその場で串焼きにされている。
「お、リューサさんじゃねえか久しぶりだな。じゃあそっちの子供がユーサか。なんだ大荷物でどうした?」
こちらに気がついて声をかけてきたのは、冒険者達の中でも一番体格が大きく貫禄のある禿頭の男だった。
「ええ、ガルロさんに昼食と飲み水を持ってきました。麦粥ですけど良ければ皆さんもどうぞ」
母が鍋の蓋を開けて見せる。中には刻んだ野菜と一緒に煮込まれた麦粥がある。
まだほのかに温かく、いい香りがする。
「いや、ありがてえ。ちょっと待ってろ。いまから火を起こす。おい誰か手ぇ貸せ」
「はいっ、リーダー!!」
リーダーと呼ばれた禿頭の大男が声をかけると、向こうで解体作業をしていた者達の内で最も若い男が弾き出されるように飛び出す。
リーダーの男から指示を受け、いかにも初心者という手つきで火起こしを始めた。
「……少し時間が掛かるかも知れんが、ガルロの奴らももうすぐ戻って来る。肉でも食って待っててくれ」
案の定、焚き火が準備されるまで待たされたが、両親と顔見知りの人達が入れ替わりで構いにくるので暇にはならなかった。
そうこうしている間に配膳を終え、手の空いた者から食事を始める。おおよそ皆が焚き火の側で休憩に入っていた所、帰った父達の一団を迎え入れた。
彼らは大人が二人でも抱えきれないような巨大な鹿の頭を運んできていた。額には矢が深々と刺さっており、これが致命傷となったのが分かる。
「獲ってきた……って感じじゃなさそうか。まあいい、とりあえず座れ。お前らも飯を食いながら話そう」
リーダーの男が水がなみなみ注がれたコップを手渡しながらあいつらか、と聞くと父は頷いて周囲にも聞こえるよう大きく張った声で答える。
「ああ、山のエルフ達がこの辺りまで狩りに来ているみたいだ。近場でも他に魔物の残骸が見つかった。落ち着くまでは新米向けの依頼は控えた方がいいだろう」
「ふむ、ギルドにもすぐに報告を出すか。これからは一層気を引き締めて取り掛からんとな。何が起きてもおかしくない」
リーダーの男は休んでいた者達から数人集め、鹿の頭を検分しながら相談を始めた。
話しを終えた父は、少し離れて食事をしていた母と俺がいる焚き火に座り、他の冒険者達にねぎらわれながら昼食を受け取った。
俺はさっきの話を聞いて疑問が浮かんでいた。
「エルフって危ないの?」
「エルフは……エルフといっても異民族は、いやわかりにくいかな。森の向こうの山にはね、言葉が通じない人達がいるんだよ。山のエルフはその内の一つだね」
エルフは亜人族の一つで精霊人族とも言われ、比較的珍しい人種になる。
亜人族については残されたユーサの記憶にもあったようで、エルフのことを聞きながらそれらが思い出されていた。
亜人族とは人と他の何かが混ざった姿をし、それぞれが異なる身体機能を持つ者達だ。反対になんの癖もないただの人は純人種と呼ばれ、人の多数派は純人族で構成されていた。
ただ、異民族という存在は聞いたことがなかった。言葉の響きや説明から、自分達の文明とは違う未開の部族をイメージする。
「異民族はエルフだけ? それとももっといるのかな」
「異民族自体は世界中にいるよ。色んな場所で、色んな文化を持った者達がいる。ただ僕達みたいな普通の人は住めない所にいるけどね」
途中で父は身動ぎをする。集中なのか、緊張なのか別のことを考えながら話しているらしい。
たぶん、今回の依頼で対処しなくてはならない山のエルフについてだと思った。
「父さんと母さんは異民族を見たことある? 異民族とは普通の亜人族は何が違うのかな」
「旅の途中に何度もあるよ。人に近い人と野性に近い人、野性に近い人々が異民族と呼ばれる。普通の亜人族は人の社会で生活していられるけど、異民族達はそう簡単には相容れない」
そういって回想する父の目はどこか遠くを見ている。平静な声色だったが、むしろ何かを抑えるような雰囲気が珍しい。
「じゃあ山のエルフっていうのは?」
「森の向こう、あの山脈に住む異民族。生活も考え方も人とは違う。本当に危ないからユーサも気をつけるように」
最後に山のエルフはけっこう人に近い姿らしいけどね、と付け足し、話してばかりで進んでいなかった麦粥を一気にかき込んで立ち上がる。
短い休憩時間は終わり、父とリーダーの男はこれからのことをすり合わせをした後、今日はここまでで解散ということになったようだった。
両親と一緒に家に帰り、時間があったので父にあるお願いをしていた。
「ユーサも冒険者になりたい?」
「うん、父さんと母さんみたいに旅がしたい」
父が冒険者の教官だと知ってから、冒険者になるための指導を望んでいた。
運が良ければ頼もうかとタイミングを見計らっていたが、本当にちょうどよく時間がある今頼むしかない。
「興味を持ってくれるのは嬉しいけど、今の体調だと厳しいんじゃないか」
「まあまあ、やってみないとわからないでしょう。それに何でも早めに始めるのがいいんじゃない」
父は若干渋っていたものの、母の援護もあってやってから考えようかということになり、父が教官として指導している基礎訓練を受けられることになる。
ただし、戦うのを目標とせず、冒険者見習いとして生きるための術を教わることになった。
父はすぐに出かけ、村の自警団から予備の革鎧等の武具防具の一式を買い取ってきて準備を整えた。
身を守る上で最低限の装備について、一つ一つ解説を受けながら纏っていく。
革の鎧と兜、小手やすね当てをつける。片腕には木の小盾を持つ。
武器は槍を使うことも考えられたが近場で活動することを想定し、森での取り回しを優先して片手剣から始める。
覚えなければばらないのは戦う剣ではなく、生き残る為の剣。剣術一辺倒ではなく総合的な格闘術、体の使い方や小細工を中心となった。
目指すは両親のように旅をする冒険者。
冒険者は危険な外で活動するわけで、外界に出るに当たって、足手まといにならないように身を守る技術の習得は絶対の条件とされた。
さっそく木剣を渡されて父と向かい合う。
好きに動くように言われ、どれだけ動けるのかを試されたが、まともに振るどころか少し動いただけで息が切れる。
父は木剣だけ持って構えているが、不格好に振り回される剣を軽く合わせていなし、返しの技で急所だという箇所に触れられていく。
「近寄らせない、打ち合わない、受け身を取る。今いる場所が危険だと思ったら離れなさい」
言われた通りに待って観察する作戦に切り替えた。盾を構え、剣を突けるように構える。
しかし、それも父から仕掛けられた押し引きで突破され、今度は鎧の上からしっかりと打ち込まれる。
鎧を着込み、更に手加減をされた上でもかなりの衝撃を感じ、勢いそのままに地面を転がった。
何度か打たれては転がりをくり返し、受け身の仕方も注意を受けて様になっていく。
ヘトヘトになった頃、仕上げに木剣を叩き落とされ、盾ごと吹っ飛ばされ、力尽きて倒れる。
自分では意識していなかったが、残りの体力も管理されていたらしい。
「ユーサ、それが負けるということだよ。実戦では絶対に避けなければならない。でなければ殺されるからね」
最後に首に木剣を当てられ、とどめをいれる振りまで入れてから声をかけられる。
「……はい」
二人して沈黙の後、荒い息を何とか整えて返事を絞り出す。返事ができて合格だったらしく、父はそれでよしという風に頷いた。
説明もないまま負けて殺されていく経験を経て、それからようやく技術的な指導に移った。
少し休み立てるようになると、剣や盾の握り方や構え、基本的な体の使い方の修正が入る。
疲れでノロノロとしたまま正しい形や動きを教わり、次にはもう実際の打ち合いに使える型の段階に移っていた。
互いに向かい合い、剣を交えながら攻防の駆け引きを型で学んでいく。
父の動きについていくのがやっとで覚える余裕もないが、大体できたら次と、いくつか基本の型を教わった所で早くも実際に鉄の片手剣を使っての訓練が始まった。
訓練用で刃は潰してあるといわれるが、実戦で使うのと同じものだというそれに静かに昂る。
鞘に収められたそれを抜いてみるように促される。
はじめに感じたのはしっかりと腕に掛かる鉄の重みだったが、いざ構えて手に収めてみると意外な程に扱いやすい。
重心が手元にあって、体が振り回されるようなことがなく、型通りの自然な動きができた。
「よし、じゃあ続けようか」
剣は消耗品である。だからこそ、長く使えるように正しく扱うこと、父はそういって型練習を再開する。
父は木剣、俺は鉄剣で打ち合う。なのに振るわれる木剣が致命的に痛むことはない。
父は淡々と打ち込みながらも、俺が体勢を崩したり上手く受けきれなかったらその箇所を指摘して修正を出来るまで続ける。
それが基本の型すべてが出来るまで休みなく通され、合間に応用として投げや蹴りも混ざるので対応力も求められた。
ついには全て確認し終える前に夜がきてしまった。
「今日はここまでにしよう。厳しくしたつもりだったけど、ユーサは本気なんだね」
基礎訓練を終え、疲れ切った俺に申し訳なさそうにいう父だったが、深い感謝をしていた。
肉体的には疲労困憊でも、軽い打撲以外に怪我はない。父の徹底した管理には効率的な指導が詰め込まれていて、たった数時間で劇的に技術と心が鍛えられている。
へメロの町では新人冒険者への教育を任されていたという父は、まさに冒険者を目指す上で最適な師であった。
その日から数日は体の痛みで起き上がるのさえ苦労した。
父はやっぱりまだ早かったかと止めようとしていたけれど、母は微笑ましそうに怪我の介抱をして、これ位なら大丈夫と説得したので続けられることになった。
日々やることに術師の勉強のほか、冒険者になるための修行が追加された。
術師と冒険者になる為の日課を熟し、毎日が淡々と過ぎ去っていく。
数日のうちに、父が町に戻る日が迫っていた。
これからは自分で覚えたことを反復練習することになる。
父は間違った動きを覚えてしまうよりも、基礎を固めて体を強くするようにと言い付け、村の暮らしを母に任せて出立した。
家に父がいなくなってからも生活は変わらずにいた。
家には直通の納屋があったので精霊避けを持ち込み、そこで家事の合間に格闘術の練習をし、道具の手入れも学んだ。
数日置きにハナカ先生が家を訪れて、教本を読み解きながら術師の修行もする。
森では冒険者達が狩りを再開したようで、冒険者達が出入りするようになり、村の市場にも新鮮な肉が並ぶようになる。時期に左右されるが比較的安価に手に入る食材は冒険者の恩恵を受けるこの村に住む者の特権であり、その肉を食べての体作りにも励んでいた。
まだ自由に外出はできなくとも、順調に成長している実感があった。
森が色づき、季節が秋に染まるのを眺めていた時のことだ。
「そういえば、ユーサはこの秋で十五歳になるのかしらね」
知らぬ間に、十五歳の誕生日を迎えていたらしい。
母のふとした独り言で、ユーサの誕生日の季節と誕生日を祝う習慣がないことが分かった。
暦などは当然置いてあるわけもなく、実際の日付はわからないが、母はユーサはこれ位の秋の季節に生まれたんだと懐かしそうにしている。
俺がユーサとして目覚め、初めての誕生日になる。そのお祝いをするのもいいかと思い立つ。
現代人としての様々な知識、慣習を持つ者としてなにか新しい物事を広めるのは多少興味があるし、誕生日祝いなら利権や起源を主張するようなものでもない。
また、お祝いといっても気軽に少し食事を豪華にしようという位で、広場で美味しいものでも買えばそれで十分だろう。
そういう風に誕生日を祝う提案をすると母も一緒に出かけることになった。
店をめぐりながら母は今日はお祝いだからと嬉しそうに話すものだから、あちこちで何度もなにかあったのかと聞かれていた。
考えてみれば、自分はそれほど積極的に話し込むタイプではないし、広める手間が省けた。
その途中でハナカ先生を見かけたので食事会に誘う。彼女が唯一の招待客になった。
その後、残念ながら誕生日を祝う習慣が根付くことはなかったようだが、目覚めてから初めての誕生日は大切な思い出になった。
誰かの異世界冒険録 真なるものを求めて あの色に @zanzan10do1
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