第5話 生きがい

 父が帰ってくるらしい。

 連絡をしてくれたのは二人組の男で、父よりも少し早く町から村に向かっていた商人の下男と、母も面識のある知り合いの冒険者だった。


 父への連絡は予定通りもっと前に届いていた。

 しかし、運悪く忙しい時期と被っていたせいで休みを取る時間がなく、それで数日ずれ込んだのだという。

 それで、なぜ商人の下男が伝言に来たかについてだが、父は町での買い物をその商人に頼んでいる縁があり、前から父と商人の間では父の荷物も運ぶ代わりに護衛を依頼するという関係だった。

 今回は急に帰ることになり、その調整にも時間を取られてしまったそうだ。

 とはいえ、日が暮れてからの連絡というのもおかしな話になるが、そこにもまた事情が重なっていた。


 今日の朝、やっとの思いで町を出た父達だったがその途中で事故があって道路が通れなくなっていたらしい。何とか対応して引き返すような事態にはならずに済んだが、そこでかなり時間を取られてしまい到着は夜になりそうだとわかった。

 商人も父が急いでいる話は聞いていたので、先に使いの者だけでも送ってくれたというのがこの下男であるらしい。



 食事中の来客がもたらした知らせにすぐに身支度を済ませ、三人とも父の出迎えにいくことになった。




 外はもう夜の帳が下りている。途中ですれ違う家々はどこも明かり一つなく寝静まり、早足で進む五人分の足音が響く以外は人の気配を感じなかった。

 ハナカさんが前に立ち、魔術で灯された光源で暗がりの道を照らして先導をする。

 いま向かっているのは村の中心にある広場で、父達がそこに到着する予定になっているのでそこで落ち合うことにしていた。



 道中、俺はこれから会う父のことを考えていた。

 父は息子の目覚めの知らせを聞いて帰ってきたわけだが、当然ながら俺にとっては見ず知らずの初対面の相手になる。

 父への伝言にはユーサは記憶がないことも伝えてあると母は言ってはいたものの、どういう風に接すれば良いかをまだ決めきれていなかった。


 どんな人のだろうか。会って話したとして、今の自分を、ユーサのことをどう思うだろう。

 こんな状態の俺で、父は父、子は子として向き合うことを望めるのか。


 母は私が選んだ人だからと、曇りない自信に満ちた様子で父のことを語っていたので人柄の心配はしていない。

 しかし、いくら良い人だったとしても、それですべてが丸く収まることにはならない。せめて自分の存在が父と母の仲を裂くことにはならないように、それだけはないようにと考えていた。





 父の関係を想像している間に広場の側まで近づいていた。

 向こうの方では人の話し声が聞こえ、父達はすでに到着しているようだった。


「やはり夜になってしまって……無理なお願いをしてすみません、ヴルカッタさん」

「いやいや、あんたの事情は知ってるさ。それに私だってガルロさんには助けられてばかりだろう。たまにはこれ位の無茶を任せてもらわないと帳尻が合わなくなっちまう」


 広場に出ると、ポツンと焚かれた灯りの下で一台の馬車を囲う人達が見える。

 荷下ろしをする者の横で話し込んでいたのは、中肉中背で落ち着いた雰囲気の男性とヒゲを蓄えた恰幅のいいおじいさんの二人だ。

 中肉中背の男性の方がガルロ、おじいさんの方がヴルカッタと呼ばれていた。



「ガルロさん。ご家族を連れてきましたよ」


 目的地につき、案内をしてくれた冒険者の男が立ち話をする二人に声をかけて合流すると、彼は感謝を伝える暇もなく「今日の所はこれで」といって早々と去っていった。




 皆で彼の背中を見送り、母が真っ先に父ガルロの方に駆け寄った。


「おかえりなさい、ガルロさん」

「ああ、ただいま。何日も待たせて悪かった。知らせは届いていたんだけど、どうしても持って来たいものがあって」


 そういって父が指したのは、今しがた馬車の荷台から下ろされ、離して繋がれている一頭の馬に乗せられたいくつかの荷物だ。


「おう、あんたに頼まれていたやつは全部きっちり揃えたさ。馬とそのランタンも預けておくから、明日にでも返してくれりゃいい。お前さん達が面倒を見るならきれいになって戻ってくるかもなあ」

 ヴルカッタさんが鷹揚に頷いて応える。


「ええ、勿論。僕の荷物と同じくらい丁寧に扱わせていただきます」


 父の返事にヴルカッタさんも満足し、せっかく家族揃ったなら家でゆっくり休むと良い、と話を切り上げて自分の馬車の方に向かっていった。




 父は馬を受け取り、ランタンを手元に寄せると荷物の中からなにかを探し始めた。そのままの体勢でこちらに語りかける。


「ユーサのことはちゃんと聞いてるよ。お前が気にすることじゃないんだ。まずは家帰ってからゆっくりしようか」

「ええ、家族みんなで話すのは一年振りだものね」


 荷物から取り出したのは巻いた蛇の像がついた首飾りであった。これは家でよく見た怪物を模した像、精霊避けの道具だった

 頭をなでられ、そのまま首飾りをかけられる。


「これでよし……でも思っていたより元気そうでよかった。ユーサも迎えに来てくれるなんてな。外にいても苦しくはないのか?」

「いいえ、そこにいる方、ハナカさんは精霊にも詳しい魔術師で、彼女のお陰よ。ちょうど今日から精霊避けの術を教わるように、ユーサのことをお願いしていたの」


 この間、すっかり置き去りになっていたハナカ先生だったが、母から簡単に紹介され、父とハナカ先生は後日きちんと話せる機会を作ろうと約束をする。

 それから、この場まで同行をしてくれたことにお礼を伝えてからハナカ先生とも別れ、最後に俺達も両親と三人で帰路についた。



 帰る道すがら、母と父は互いに特に大変だったここ数日間での出来事を話していた。

 母の内容はユーサの目覚め、精霊憑きと体調の変化、家庭教師をハナカ先生に頼んだこと、どれも俺に関する内容で、それらを父は真面目に聞き入っていた。


 もうすぐ家に着く。そんな所まで来ながら、俺は未だに直接向き合って父となにか言葉を交わすことをしていない。

 俺が口を閉ざしていたのもあったが、父はあえて母との会話を優先させているようで俺に問いかけることはしなかった。


 そのまま家に到着し、父は馬の世話をするので先に戻るよういい、母と俺は食べかけで残されていた食事を片付ける。

 そうして、大体の後片付けを終えた辺りで父も家に戻ってきた。


「リューサ、ユーサ、改めてただいま。ユーサにはおはようもかな」

「ええおかえりなさい。ほら、ユーサも」

「……おかえり父さん……あの、ええと」


「いい。なにも聞かないよユーサ。今はとにかくゆっくり休んで元気になろう。うちにはリューサがいる。いつも俺達を支えてくれる大事な母さんなんだぞ?」


 父からもう寝るように促され、部屋の端に仕切られた自分のベッドで横になる。

 間もなく灯りが消え、父と母も眠りについたようだった。




 父は、動じる様子なく、今をただ受け入れた。


 母は私が選んだ人だからといい、父もうちには支えてくれる母さんがいるという。

 互いに信頼し合う良い夫婦で、俺が憶測で仲が裂かれるかもしれないと変に気にするような関係ではなかった。

 息子の困難が続いているのを苦にもせず、本当に幸せそうで、理想的な夫婦像だと思う。



 俺には俺が出来ることをやるほかない。そして、その出来ることは着実に増えている。


 こうして段々と生きていく実感が積み重なってくると、何をすべきかよりも何をしたいかにまで思いを馳せる余裕が生まれつつあった。




 次の日、父は明け方に馬の世話をし、そのままヴルカッタさんの所に借りたものを返しに出かけていくのを母と見送る。

 今はもう精霊避けの術が切れていて外に出ることはできない。窓越しに見送り、あまり長く窓を開けているとまた精霊に襲われるので、風が通るように半開きにしてから離れる。


 今日は何の予定もなく、動くこともできない暇な日になる。家事をやるにも限度があって手持ち無沙汰になり、これから自分が進む道をどうするかを考えるにはいい時間だった。



 あれから何日も経つが、父は本当になにも聞こうとしない。

 家族として同じ生活を共有し、俺には記憶がないということにも触れなかった。


 反対に父のことを教わり、またユーサの治療のために各地を渡り歩いていた時の話を聞いた。


 父はへメロの町のギルドで教官の依頼をこなすベテラン冒険者らしい。

 聞く前のイメージでは教官は新人に基本的な立ち回りを教える存在だと思っていたが、それよりも町を訪れた冒険者達に対し、気をつけるべき町の慣習や外界で活動する際に注意する物事について指導することの方が多いという。


 両親がこの地域に来たのはユーサが倒れてからで、住んで一年ほどしか経っていない。

 こういった役割は普通はその土地で長く活動するベテランが任されるらしいが、町の外の冒険者に対応するという点で父には豊富な経験があり、町のギルドから信頼されれば機会はあった。


 両親は各地を放浪する冒険者だった。自由気ままな旅を生きがいとし、ほとんど身一つだけで見知らぬ土地に入っていく。

しかし だからこそ旅先での振る舞い方に詳しく、この土地にもすぐに馴染めた。

 町の一員となれば経験豊富な旅人として頼りにされ、町と冒険者の関係が円滑に進むように手筈を整えていく役割を任されている。

 それが町で暮らす父の姿であった。


 町での生活があって帰りが遅れた父だが、今回の為に森の調査依頼を受けたので、しばらくは村の方にいられることになっている。

 父が持ってきた荷物はその仕事のために町から引き上げた財産や仕事道具、そしていつも買って帰るというお土産の精霊避けだった。



 話を聞いていて特に気になったのは両親の冒険者としての生活で、俺はこのことをよく質問した。

 冒険者という響きに前から興味をそそられていたし、冒険者であるという両親がこれまで人生を歩んできたのかを知る機会にもなった。



 両親は若い頃から旅を続ける冒険者で、世界各地の国々を見て回った。

 それまでの父と母はまったく別の生まれで、別々に旅をしている冒険者だったが、世界中を旅をしているという共通の生き方が合致してパーティーを組んだのが馴れ初めになるらしい。

 人々が開拓し、繋がり合っている場所を縫って世界を巡る。両親の旅はそうしたあてのない、好奇心だけで突き進む不安定なものだったが、それが二人の性に合っていたと楽しそうに思い出を語っていた。


 そうした気の合った二人の間で生まれたのがユーサになる。

 子供を抱えたのは予定通りで、両親も旅を終えることを考えていたが、ユーサは幼い頃から体調を崩しやすく、医者からは精霊憑きであり虚弱な体質で生まれ、自分では治せないといわれてしまう。

 ユーサの体質の改善を諦めて落ち着いた生活をするか、治療出来る医者を探しにこれまでのような旅を続けるか、両親はより望みがある方を選択した。


 ユーサの治療が出来る医者を探す旅には勝算もあった。世界は広く、様々な超人的な能力を持つ英傑が実在するのを見聞きしていた。

 世界を巡る間にも、各地で奇妙な病とそれを解決した名医の噂を聞くことがある。世界を探せばきっとユーサも治ると考え、目的は違えど旅を続けた。


 若い頃に旅に出て、二人出会ってからも旅を続け、ユーサが生まれてからも医者を探す旅をしている。

 両親にとって、旅こそが人生、経験のすべてが旅とともにあった。



 父が旅の思い出話をしている時、母も楽しげに入ってきて両親での掛け合いになっていく。

 あれは面白かった、これは苦労したという両親の冒険譚に俺は終始聞き入る。

 世界にどんな国があり、どんな人々が暮らし、それ以外の自然界がどれほど広大で、多彩なものなのか。ただの事実として語られた世界の姿は、旅の思い出という極上のスパイスによって上質な物語となって想像を掻き立てられる。


 気づけば俺は、旅する冒険者に憧れを抱いていた。

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