第4話 指揮者

 ハナカさんと俺は家の側にある小さな庭で向かい合っていた。


 他力本願にはなるがトントン拍子で外出にまでこぎつけ、まるで全ての悩みが解決したような達成感で今日は気持ち的にお腹いっぱいだったが、ハナカさんのことは家庭教師として呼んでいるので、依頼内容を考えればこれはまだスタートラインに立っている状態だ。


 ハナカさんはさっきまでの緩さから打って変わって専門家のとしての真面目な顔のなり、本格的に家庭教師としての内容に移っていくのできちんと学ぶように、と釘を刺してから話を始めた。




 まずは三つある依頼内容をまとめ、最終目標の確認とその行程を整理する。

 最終目標は精霊避けの術の習得で、ハナカさんが訪れる日は教本を使った座学と基礎を固める実技を交互に繰り返し、それが無い日にはユーサが自分で復習をするやり方でいくことを告げられた。


 特に三つ目の依頼である術師になるための家庭教師というのは、いま魔術師というファンタジーの塊に非常に惹かれているユーサにとっては最も魅力的な内容だ。

 魔術が使えるようにすると聞き、さっきまでの満足感はどこかに吹き飛んでいた。


「今日は外だから実技と言いたいけれど、まずは術師が何をする者達なのか見せていこうか」

 ハナカさんは、今日の勉強内容を俺がいま一番興味を持っている術師のことに決めた。



 見せていく、つまり実演するといってもほとんどは口頭での解説だった。

 肝心の内容は、術師の分類と何を基準に決められるかについて、これから学ぶものが何なのかというものだったのだが、これが説明だけでも相当長い時間がかかった。




 まず最初に、術師と呼ばれる者達は魔術師だけではない。


 術師は、そもそもが世界に満ちる大きなエネルギーの流れを利用する者達を指し、扱うものの違いで大きく三種類に分けられているらしい。

 これはエネルギーといっても位置や運動のエネルギーやら熱量等の現代人が学校で習うものではなく、もっと強引に世界に働きかけてしまうものだった。


 それは「気」と「力」と呼ばれる。

 全ての存在はこれ等が混ぜ合わさって存在しているため、術師は逆に気と力を取り出して利用することで様々な現象が引き起こすという。


 この気と力、それぞれが三種類あり、術師を分類するのはこの「力」の方になる。


 その三種の力とは霊力、魔力、呪力という。


 霊力は命。生き物においては生命力と言われるが非生物であっても持ち、これを操る術師は秘術師と呼ばれる。

 具体的には霊力の高い存在はその性質がより強固に、逆に低ければ弱くなるという。

 刃物をよく切れるように、城壁をもっと頑丈にと多くの場面に応用されるが、出来ないことを出来るようにはならない。

 人が空を羽ばたいたり、土塊を金塊に変えたりはしないということだ。

 人であれば、霊力を高めることで怪力を得たり大怪我をすぐに回復したり、主に体の機能を高めるのを得意する。

 だからか、強力な秘術師は頭を働かせる者より体を動かす戦士のような者が多いそうだ。

 ハナカさんも杖を持つために運動能力の強化の秘術はよく使うそうで、いまもこうして肌身離さない愛用の大きな木の杖だが、なぜその小さい体で扱えるのかという理由がここで判明した。



 魔力は心。思考と結びついて現実にする。これを扱うのはハナカさんも名乗っていた魔術師となる。

 魔力の性質は、思考の影響を受けてその姿に変化するというなんとも便利なものなのだが、そううまい話はない。

 術が発動された時、どんな現象であっても魔力が供給される限り維持されるが、それが途絶えると消えてしまうのだ。

 例えば火がほしいと考えて魔術を使った時、それはそこで何かが燃えているわけではなく、術によって魔力を火に変換されているだけなのだ。

 魔力も有限である。魔力を使い切って足手まといにならないように、魔術師達は自然の法則や環境に合った形で効率的に運用する。

 火がほしいなら、薪を用意してそこで発火の魔術を使うという風にするそうだ。

 見本として発火の魔術を唱えて小さな火の玉を浮かべて見せたが、なんの拠り所も持たない火の玉はその場でパッと散ってしまった。



 呪力は繋がり。因果を引き寄せる。呪術師はその価値が分かり難く、正しく評価されないことから自ら名乗る者は少ない。

 呪力は直接なにかを生み出すのではなく、世界の流れを望んだ方向へと導くように働く力だ。呪力によって未来の出来事を操作する、それが本質だといわれているらしい。

 なので、すぐに効果が表れることは少なく、長期間にわたって術をかけるのが普通のでいつも根気がいる作業になる。

しかし、呪力は世界の流れに従って願いを叶えるためその願いは現実のやりとりに沿った正当な方法で得られるので、その後は自由で呪力がなくても失われることはないという。

 呪術はそんなに知らないんだけどと、ハナカさんが使ってみせたのは好意の呪いという呪術だった。

 その名の通り相手に好意を抱かせる呪術で、屋根の上にいる小鳥に杖を向けて術を使うと、その小鳥は彼女の差し出した手のひらに乗ってきた。

 とはいっても、かけられた相手がすこし違和感を持てば簡単に解ける位弱く、小鳥は人が間近の状況に驚いたのかそのまま空に飛び去った。





 以上が三種類の力と術師についてになる。



 次に「気」に関してだが、これはあまり理解できないまま終わってしまった。


 まとめると、ありとあらゆる存在は「力」を消費してそのあり方を維持しているが、そのあり方に方向をつけるのが「気」である。

 術師にとって、力と気は必ずセットで扱うものであり、力を練り上げ、そこに気を吹き込むことではじめて利用可能な状態になる。


 気も力と同様に三種類あり、目的と状況に応じて使い分けるが、どれも「現象を起こす」という同じ役割を担っているのでどれを使うかは術師本人以外からは重視されない。


 この、結局は同じ効果をもたらすというのがわかりにくさの原因だった。

 薪とライターかの関係か、あるいは料理の材料とレシピか、いくら考えてもどうもしっくりくる例えが浮かばないので、きちんと理解するには時間がかかるかもしれない。



 気も三種類で、神気、精気、瘴気と並ぶ。


 神気とは、と説明を聞いてまず神は実在するらしいことに感動したが、その神々を神たらしめるのがこの神気である。

 神気は奇跡を起こす。大きな世界に対し、術師という小さな世界がわがままを通し、もとある何もかもを塗り替えてしまう。

 神を名乗るだけあって無条件で何もかもを叶える絶対の効力を持つ反面、その効力のある時間が非常に短くなるという短所もあった。

 人間社会で考えれば、この世のすべての人間が一斉に右を向かなければならないとなった時に自分一人だけが左を向いたとして、一瞬は実現出来ても周囲のすべての人々から修正をされて終わる、という感じになるだろうか。

 では実際に使われているかと言えば、これが意外なことにそれなりにはいるらしい。

 世の中には色んな神々、色んな宗教がある。その神職の人々が使うのだそうだ。



 精気は最も多く、自然な世界そのものを表すらしい。

 普遍性、正常性とも言い換えられるだろうか。さっき例をなぞればこちらは多数に従うやり方になる。

 ただし、周囲の人間を抱き込むことでその近辺では自分の方が多数派として振る舞う、というルールの穴をつく方法を使っている。

 世界の精気の濃度はどこにいてもおおよそ一定であるため、術師が気力の操作によって自身の精気を高めてしまえば、術に込めた精気が周囲に拡散するまでは効力は維持される。

 特に、自分自身がこの世のものである限り最も扱いやすいのがこの精気であり、術師は基本的に精気を用いて術を行使している。

 先ほどハナカさんが見せた秘術、魔術、呪術の三つとも精気を使っていたと言われた。



 瘴気、これは歪める働きを持つ。

 精気が普遍性なら瘴気は異常性といえる。

 一時的に塗り替える神気とは違い、瘴気によって歪められたものはもとに戻らない。精気の持つ正常性と瘴気の異常性が打ち消し合うからだ。

 異常性を浴びて歪められた存在は、自然の中で周囲の正常性にさらされることで外側から徐々に削り取られていき、最後には塵も残らずこの世界から完全に消失する。

 しかも、術としても利用が困難で、力と混ざってその性質を発揮してしまえば、術を歪め、願いを歪め、誰も手がつけられなくなった非常に不安定な術が暴走するという結末が待っている。

 この性質の厄介さから利用しようというものはまずいないし、仮に発見しても近寄るべきではないと厳重に注意をされた。

 とはいえ瘴気のある場所自体をあまり見ることがなく、瘴気が発生する条件も不明。ハナカさんも瘴気に汚染された存在と出会ったことはほとんどないと言っていた。





 これが、ハナカさんによる術師の基礎、気と力の解説の簡単なまとめである。

 そう、これでもハナカさんの話しから、どうにか本題部分にだけ絞って短く整理し、自分なりの解釈で補足した情報になる。


 実際には難解な専門用語やハナカさんの実体験が間に挟まり、それはそれで楽しかったけれど数時間も話しこんでいたせいで日がずいぶんと低いところにきていた。

 間もなく夕方となる。外に出る直前に日が暮れるとは言われていたが、まさか本当に日が暮れるとは思っていなかった。



 もっとわかりやすく言い切ってしまうなら、術師とは気力を操る者達と表してもいいだろう。


 気には神気、精気、瘴気があり、力には霊力、魔力、呪力がある。

 これを合わせて気力といい、世界は気力が土台で出来ている。

 気力があれば何でも出来る、という話だった。




 これを踏まえ、これから俺が学んでいくことは何なのか、というのが今日の総括になる。


 もとを辿れば精霊避けの効果を知り、体質改善の為に精霊術を学びたいとハナカさんに依頼、手本として精霊避けの術を見せるも俺が術師自体のことを忘れている、なら基本の基から説明しよう流れとなっているからこの回り道である。

 それを乗り越え、これから精霊術師になるための本題に入っていく。しかしまたどれだけ長い道のりになるのか、覚悟をしていたのだがこちらはあっさりとしていた。




 これから学ぶ精霊術とは「精気と霊力を操る術」のことではない。

 精霊術とは「精霊と関わる術」総称であり、広い意味では精霊憑きも精霊避けも一つの精霊術と言えるそうだ。

 ちなみに、精霊避けは魔力を使っているので魔術だが、精霊をに関わるので精霊術でもある。

 そのあたりは区別せず、やっていることが精霊術師であっても魔術が主体なら魔術師と名乗っても気にされないらしい。


 では精霊とはなにか。彼らは精気と霊力が混ざり合い、自然と結びついて生まれる。精気が自然らしさ、霊力が命の源であるので「自然そのものに命が宿った存在」を精霊という。



 この時、属性という理論も出てきた。

 属性は、あの火風土水を四大元素いするファンタジーでお馴染みのものだった。

 自然とは属性という共通の枠を持っていて、その組み合わせで存在しているという理論で、自然を属性で捉え、その働きを分析することで精霊術をより効率的に使えるようになるのだ。

 この属性の考え方は精霊術師以外の術師も重要な理論として扱っており、気力と同様に属性も術師の基礎の一つとして数えられた。



 自然現象にも多いもの少ないものがあるように、属性も同じく偏りがある。


 火風水土の四大属性が最も多く、ついで雷金木氷の希少属性がある。

 存在する量以前に、扱える者が非常に少ない属性に光と闇、天と星がある。

 これらは優れた属性操作が求められるがゆえの希少性で、まだまだ手つかずの分野なので伝説上の属性として語られることの方が多い。


 また、なんにも起きない空の属性というのもあり、これは属性からあらゆる要素が抜けて空っぽになっている属性を指す。

 この空属性もそれなり多く存在するが、使い道がなく他の属性に混じって薄めるばかりなので邪魔者として疎まれている。


 以上の火風土水、雷金木氷、光と闇、天と星、そして空の13種が広く用いられる属性の分類方法になる。

 もっと正しくいえば、属性自体が熱冷乾湿の性質からなるわけだが――そこまで言って、あまり重要じゃないからと打ち切られた。



 ここまでの属性の話を聞き、この世界は本当はゲームの世界じゃないかと疑念が再発する。

 魔力やらがあり、属性がある。その他色んな不思議な生物がいて、それらは俺の知る空想上の存在達と合致している。

 偶然とは思えないファンタジーの煮凝りのような世界観に対して、この世界は誰のなんの為に存在するのかとそう思わざるを得なかった。






「それじゃあユーサ君、これを渡しましょう」

 手渡されたのは、あの教本と同じ場所に置かれていた石のついた杖だ。


 はじめに教わる術は「精霊の指揮」といい、その場の精霊を呼び寄せ、対価を与えて働いてもらう精霊術の初歩になった


 精霊術師が精霊と交流するにあたって必要な気力の操作は精気と霊力の二つになるが、実はこの杖を使えばそれら技術を省略出来るらしい。

 

 杖は多くの術師が利用している術師の必需品になり、その気力の操作を補助する機能を持った杖が主流に作られている。

 精霊術師の場合は精気と霊力の放出を助ける機能を持った杖を使う。

 体の中で混ざり合って流れる気力も、杖を通せば勝手に精気と霊力に絞られ、これで気力を餌に精霊を誘う仕組みになっている。


 この杖の場合は杖の先に台座があり、使う術に応じて宝石等をつけ換えるらしいが、今つけられている宝石も属性と深い関係があった。


 これは属性石といい、属性が集まり石のように固められて物質となったものになる。

 属性石は自然界の様々な場所で採取され、様々な用途に合わせて加工される天然資源になる。

 気力と混ざることで対応した属性を発生させるが、そのまま放置していても気力と混ざらない位に安定した物質で、この属性石の反応を促すことができるのが精霊になる。


 この杖を構造は単純で、持ち主の気力を選別、先端に向かって放出して精霊を誘引、同時にそこに置いた属性石にも気力が溜まり、精霊が属性石に入り込んで活性化させる。

 そうすることで、初心者でも簡単に属性石に応じた現象を起こせる。それがこの杖の強みらしい。


 とりあえずは試してみて、気力を流す感覚を掴んで見ようといったと所になって、なぜかハナカさんから急にストップがかかった。

 直前になって、ユーサは気力の総量が少ない体質だから倒れたという話を思い出したからだった。




「やっぱり、体質が聞いてた話とは違うね。たしかに質は高い、だけど量は少なくなんかない。むしろかなり多い。ユーサ君が目覚められたことや今の体調が良いことはこの体質の変化が原因だろうね」


 互いに向かい合って手を握っていた。二人の間で気力を巡らせながら共有することで、その流れの差によって気力の量がわかるらしい。

 俺も体の中で何かが流れる感覚はあったが、感じ取れても小さな圧迫感やざわざわとした感覚だけで、これが動かせるものなのかイメージがつかない。


「ユーサ君の気力の状態はかなり珍しいタイプかもね。まるで偉い術師のお爺さんお婆さん達みたいに凪いでいる。わたしからしたら使いやすくていいね」


 そういうハナカさんは、俺の方から流れる気力で何かの術を使っているらしく妙なオーラを纏っていたのだが、俺は一向に体調の変化を感じていなかった。


「気力が減る様子もないし、気力が湧くのも早いね……いや、湧いてるより、多すぎるのかな? 扱う量が多い上にとても安定しているから感覚がつかみにくいのかねー」


 それから、わざと気力を浪費し続け、ようやくかろうじて気力を動かす感覚があったので試しに杖を握ってみる。

 しかし、流れが弱いのかなにも起きない。何度も杖に向かって集中をし、気力を流す感覚を再現しようと繰り返すもうんともすんともいわない。



「大丈夫。ちゃんとできるから」

 後ろからハナカさんが手を添え、気力の流れを誘導すると、腕を伝って一瞬だけ気力がグッと流れていったのを感じる。


 気がつくと、一体の精霊達が飛び込んでいて、杖の先の属性石に取りついていた。


「よし……しっかり前見据えて、振ってごらん」


 言われるがまま杖を前に突き出す。属性石の中にいた精霊が震えるのが見え、杖の先からきれいな火花が散っていった。







「どう、術師って楽しいでしょ。これからはわたしのことは敬意を込めて先生と呼んでもいいよ」

「……はいっ、ハナカ先生。これからもよろしくお願いします」


 精霊の指揮を経験し、術師として歩みだしたことで確かな喜びを感じていた。

 胸の高鳴りを抑え、手の中の杖をじっと見つめていると、ただ待ってくれているハナカ先生が声をかけてくる。


「地道に継続すれば、必ず上手くなるよ」

 ハナカさんはにとっては特別に意識することでもない励ましなんだろうが、その声色には説得力と実感の籠もった深みが滲んでいた。


 ついつい神妙に頷いた俺だったが、それを見たハナカ先生は「何て顔してんのさ」と笑い、変に畏まった俺の背中をリラックスさせるかのようにバシバシと叩く。


 いつの間にか側で待っていた母が、夕飯が出来たよと言い、その日の勉強はお開きとなった。





 母はいつもより多めの料理をつくっていた。


 後は帰ろうかとしていたハナカ先生も「ハナカさんも夜ご飯食べていってね」と引き止め、どんどん料理を並べる母に苦笑しながら席につく。


 今日教わったことなどで談笑をしながら食事を進める。

 母とハナカ先生も昔話に花を咲かせ、すっかりリラックスするとこれからも長い付き合いになりそうだという話になっていた。


「ま、依頼だからね。報酬分はきっちり働かせてもらいますとも」


「またそんなこと言って。別にそんなに困ってないからって依頼料を安く抑えさせたのは誰だったかしら? 気にしなくて良かったのに」


「ハナカ先生? そうなんですか?」


「いや無理なんかしてないって、それどころか食事まで頂いちゃってるじゃん。これ美味しすぎるし、わたしは完敗だよ」


 そういってまた笑い合っていた時だった。



 ガンガンと扉をノックする音が響き、三人は一斉にそちらを振り向く。


 夜分の来客に母が戸惑いながら対応すると、扉の向こうから男性の声で要件を伝える。


 それは、父ガルロが帰ってきたという連絡だった。




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