第12話 夢で逢えたって、


【!大特集!〝現代版王子様〟こと国宝級イケメン 深月由鶴さんの素顔に迫る!】



[ 大財閥の御曹司にして、いま話題の化粧品メーカー『CRANE』を立ち上げた起業家の深月さん。先日婚約を発表した話題の美青年の魅力に迫ります。]



〜特集① 〜

読者にアンケートを実施。美しくも危うい雰囲気を持つミステリアスな彼に、読者が聞いてみたい質問をぶつけていきます。



Q5)高身長、高学歴、高収入のうえ、家柄も容姿も国宝級の深月さんにも、短所や弱みはあるのでしょうか?


深月)逆に僕の長所ってそれだけで、他はぜんぶ弱みです。たとえば、いまだに美容院が苦手とか。



Q7)宇田社長に秘密にしていることはありますか?


深月)どうでしょう、無いかもしれませんね。宇田には、わりと何でも話します。



Q8)初恋はいつですか?


深月)情けないことに、いまも初恋の続きです。



Q9)宇田社長の好きなところはどこですか?


深月)うーん、別に思いつかないですね。もう、宇田だから、というのが理由のすべてな気がします。



Q9)実家を継ぐことは考えなかったのでしょうか?


深月)希望も野望もないような無気力な学生だったので、もし親の力を使って実家のお手伝いをしても、あまり役に立たなかったと思います。僕にあるのは、宇田についていきたい、宇田の隣で同じ世界を見たいっていう気持ちだけだったので、宇田が化粧品会社を起業するって言ったらそれ一択でしたね。




▶︎つづく!



それから淡々と仕事を片づけて、午前中は過ぎていった。千賀とふたりっきりの副社長室は無菌室のように、誰にも傷つけられないし傷つけることもない。


仕事をするのは好きだから、この部屋に閉じ込められるのも苦ではないし。あとは、マッサージチェアを置けば言うことなしだ。ていうか、置こうかな。もうこの際、自腹でもいいし。



そしていつのまにか午後になり、誕生日プレゼントを渡したいという千賀を連れて社長室を訪れた。


婚姻届けを渡したまま逃げてしまったので、内心ははらはらしていたけどなんとか堪えて。



「失礼しま、」


「ハニー!!!!」


「あ、失礼しました」


「帰らないでよ!わたしの旦那様!」



重厚な扉を開けて部屋に入ると、思いっきり、勢いよく抱き着かれた。犬かと思ったら宇田だった。


その抱き着き方は、こう、エロさみたいなものが一切なくて、ペットがぎゅんっと飛びついてくるまさにそれだ。俺よりもだいぶ小柄なので、俺の首に巻きついてるみたい。


可愛くないと言ったら嘘になるけども、さすがに喜ぶのもちがうので、彼女をやんわりと引き剥がして「なんなの」と訊いた。


すると宇田は、俺の首から離れたものの、今度は腰に抱きついて見上げてきた。そして、にこにこしながら話し始める。




「婚姻届!書いた!」


「あ、そ」



「なにあの渡し方!置き逃げ!かっこいい!茅根とキャーキャー盛り上がっちゃったよ!」


「仕事は?」


「もうね、超特急でやった!早くハニーに会いたくて!」



ああ、もう完敗。シンプルに可愛い。何年もいっしょにいるくせに未だに宇田への免疫が無さすぎる自分にがっかりしながらも、彼女の小さな頭を軽くぽんぽんと撫でてやった。



「ハニーじゃなくて、俺がダーリンだってば」



囁くように言い聞かせると、キャーッという悲鳴がよそから耳に入ってきた。騒音被害。


どうやら、茅根と千賀にも聞こえていたらしい。優秀な秘書ふたりは、隣に並んで、両手で口元を覆うというお揃いのポーズをしている。まじで減給してやろうか。




それから千賀がプレゼントを渡して、宇田と2人できゃっきゃと盛り上がっている間。



「午後は婚姻届提出の儀式?」



窓側に立って日光をきらきらと浴びた茅根が、俺に話しかけた。眩しくて目を細めながら、「そのつもり」と短く頷く。




「聞きたいことあったんだけどさ、」


「うん?」


「前に宇田の家行ったら、オマエのネクタイが落ちてたんだよね」


「へえ?」


「あれ、なんなの」



はしゃぐ女性陣を眺めながら、俺と茅根は隣に並んで顔も合わせずに会話する。茅根が俺に適当な口の利き方をするときは、いわゆる私語だ。


「ある日ね、お酒のみながら社長の恋愛相談を受けていたんだよね」



茅根は笑いを含んだ声で、話してくれた。俺は相槌も打たずにそれを聞く。



「ふつうの居酒屋さんで、同級生として話したの」


「宇田と?」


「そう、社長言ってたよ、このままだと、由鶴を一生束縛して独占しちゃいそうで、たまに怖くなるって」



ちがう、宇田を縛りつけているのは俺のほうだ。もっと自由になるべき天使の羽根を、何も知らない顔をして折ってしまった。


だけど、だって、どうしようもない。俺は、宇田がいないと生きていけないんだから。



「それに、茅根はどう答えたの?」


「自ら進んで両腕差し出してるんですから、縛ってあげないと可哀想ですよって言った」


「俺ってオマエからはそんなマゾに見えてるの?」


「宇田社長に対しては生粋のマゾでしょ、どんな痛みもオマエから与えられるなら幸福ですってかんじ」



俺は呆れたように目玉をぐるんと回してみせたけど、正直見当はずれとは言い難い。かもしれない。



「まあ、それでさ、そのとき宇田社長がお酒に酔いすぎて、家まで送ったってわけ」


「宇田を運ぶときに楽な格好をしようとして、ネクタイ外したってこと?」


「そういうこと、俺に上司とロマンスはないから安心して」


茅根との会話はすごく楽だ。端的でありながら、ちょっとジョークを混ぜてくれる。この会話術、というか処世術みたいなものは、彼の天性の素質が8割と、その道のプロみたいな宇田の影響が2割だと思う。



そんな茅根だから思わず、俺も宇田も相談しちゃうんだろうな。



「俺のこと呼んでくれたら良かったのに」


「由鶴くんには会いたくないって言ってた、宇田社長は定期的にこれ言うよ」


「初めて知ったし普通に傷ついた」


「まあ、彼女も彼女で色々思うところはあるんだろうね」



俺は宇田に心の底から会いたくない時なんて無いからわからないな、と思った。


朝は声かけられるのうざいから嫌だけど、本当のことを言うと、顔は確認したいし。今日も元気だなって。



むかしから宇田のほうがずっと成長ははやくて、幼い俺の知らない感情を宇田は知っていた。だから、これも、もう少し大人になったら俺にも分かるのだろうか。



「とにかく、ふたりともこじらせ過ぎなんだよ」


「こじらせ?」


「由鶴くんは宇田社長に盲目的すぎて馬鹿だし、宇田社長はちょっと厄介なほどに賢すぎる」



たしかに俺は宇田に対して盲目的だと自覚している。俺の持つすべての感情は宇田に由来するし、宇田にだったら、どんな深い傷をつけられても側にいてほしい。


実際、何度も何度も傷つけられている。


しっかり宇田の意図的に、心に切り傷を浅いものから深いものまでつけられている。


それでも、跡に残ったとしても、宇田がつけた傷だと思うと大切にしようとか思ってしまうのだから、やっぱり俺は正真正銘のマゾなのだろう。


まあ、いいか。俺って宇田の犬だもん。可愛がってもらえるなら、なんでもするし。



そんなことを考えていると、いきなり茅根が感慨深そうにひとこと発した。




「いよいよふたり、結婚するんだね」



なんとなく横顔を盗み見ると、つんと高い鼻筋から睫毛が見えていて茅根は綺麗だなと感じた。


表情がないのも手伝って、俺の容姿は、お人形のようだと評される。可愛らしい女の子ならまだしも、男なのに人形なのかと複雑に思っていた。



でも、茅根はまた違う。もっと俗世的な美青年だ。


癖のある猫っ毛は色素が薄くて、腕には学生時代につくった火傷かなにかの傷痕があったりする。それがちょっとだけ格好いいな、と俺はこっそり思っている。


なんていうか茅根は、特撮もののヒーローみたいだ。立ち振る舞いには家柄の品の良さが出ているから、ヒーローと王子様のダブルのような。え、なにそれずるい。



「なんか言ってよ、俺まだちょっと信じられてないんだから」


「あ、うん、する、結婚」


「ふは、あの儚げな美少年だった由鶴くんが旦那様になるなんてねえ」

「そりゃいつかは結婚するだろ、しかも宇田が相手なんてあんまり意外性も無いし」


「わかってるんだけど、由鶴くんってほら、絶世の美少年だったから」



茅根にとって俺は、まだ少年の面影が抜けないらしい。もう結構いい大人だってば。


ちょっと拗ねてみせると、彼はふふっと笑った。この笑い方は、学生時代からずっと変わらなくて気持ちがいい。



そんな茅根はきちんと俺と向かい合う姿勢になって。




「結婚、おめでとう」


「ありがとう」


「結婚式はピアノ弾くの?」


「どうだろ、練習するの嫌だし」


「あんなに上手いんだから、見せびらかしたほうがいいよ」


「考えてみる」




そんなリズムの良い会話をしていると、ある程度落ち着いたらしい千賀と宇田が楽しそうな笑顔でこっちを見ていた。


そして、たいてい面倒な提案をするのは我らが上司の宇田社長だ。




「写真とろうよ!」




そのひとことのせいで、俺らは社長室で4人で並び、10秒タイマーをセットして写真撮影をした。


茅根、宇田、千賀、俺の並びでひとりだけ小柄な宇田は、さりげなく背伸びしていた。彼女は意外と身長にコンプレックスがある。


いや、隠しているけれど、コンプレックスだらけなのを俺は知っている。そして、そのコンプレックスを最も強く刺激するのが、俺自身であることも知っている。


それから、丁寧に欄が埋められた婚姻届を持って、宇田とふたりのツーショットも撮った。にやにやしながらスマートフォンのシャッターを切る秘書ふたりに、舌打ちを堪えられなかった。



こんな経験もう嫌だと思ったけど、婚姻届と写真撮るのは今世でこれっきりだろう。そうでないと困るし。



宇田宛にたくさん届いたプレゼントを俺の車の後ろに積んで、俺と宇田は会社を出た。すれ違った社員たちはみんな気持ちの良い挨拶と「お誕生日おめでとうございます」を告げてくれた。


明日の夜に宇田の誕生日パーティーが大々的に行われるから、その際に入籍したことを発表するつもりだ。何度も言うけど俺と宇田の結婚って誰が興味あるの。




それから俺の運転で区役所に行って、ふたりで婚姻届を提出した。


事務的な手続きはさくさくと進み、なんだかしっとりした雰囲気すら無かった。まあ、こんなもんかってかんじ。思わず途中で、免許の更新を思い出してしまったのは秘密にするつもり。


何はともあれ、スムーズに事は進み、どうやら俺と宇田は夫婦になったらしい。


そうなると宇田って呼ぶのもおかしいけど、これはもはやニックネームだ。ほら、宇田のご両親のことは宇田って呼ばないし。




「わたしたち、結婚したね」

そんな宇田はアイスコーヒーの入ったグラスをからんころんと鳴らしながら、しみじみと言葉にした。氷とグラスがぶつかる音、好きだな、と思った。


いまは小洒落たカフェレストランで遅めの昼食だ。日光の降り注ぐ店内はコンクリートが打ちっ放しの壁で、そこに映える食器や家具も丁寧に選ばれたものだとわかる。



だけど、スーツ姿の俺が違和感ないかって聞かれるとちょっと困るかも。



「ようやく、由鶴がわたしのものになった」


「昔からそうだよ」


「ちがうよ」



間髪入れずに否定された。宇田が俺のものになった、ならわかるけど、俺は物心ついたときから宇田しか見えていないのに。



「わたし、由鶴のこと、好きだよ」



その言葉を無邪気に丸ごと飲み込めるほど、俺は無知ではなかった。なるべく空気を壊さないように、さらりと返す。



「へえ、嫌われてると思ってた」




———俺は、宇田に面と向かって、大嫌いだと言われたことがある。



俺と宇田のことを知っている人ほど、信じられないことだろうけど。


俺は、宇田のことが大好きだった。優しいし頼もしいし面白いし、頭が良くて何でもできる人気者の宇田は、人見知りな俺にとって、憧れにも近い存在だった。


だけど、忘れてはいけないのが、宇田は〝努力の人〟であることだ。明確に定めた目標に向かって、彼女は努力して、あらゆる地位を築いてきた。


そう、俺とは違って。



「わたし、由鶴のこと、嫌いだったことは一度もない」


「無かったことにするの?」


「ちがうよ、」


「オマエがそのつもりなら、俺は合わせるけど」



宇田と俺は、よく似ている。生まれも、環境も、考え方も近いものがある、運命共同体だ。


そんなふたりは外から見るとお似合いだけれど、お互いにとっては自分との比較対象になるのは当然のことだった。



俺は、宇田にだけは勝てない。仕方がないんだ、俺が先に惚れてしまったから。




「ずっと、由鶴のことを大切にしたかった」




宇田は綺麗にマスカラが塗られた睫毛で頰に影を作って、切ない笑みを浮かべた。


それなのにね、と続ける彼女はなんだか弱々しくて、さっき婚姻届を提出したばかりの女性には見えなかった。



「みんなから愛される由鶴を、わたしだけは嫌いになりたかったの」



今ならわかる、ぜんぶ、わかる。


でも、あの頃の幼い俺には、ただ傷つくことしかできなかった。


こんなに近くにいるのに、宇田の痛みは宇田にしか分からない。俺はきっと、他人の痛みに鈍感だ。


無知は恥だ。いつも先を歩いている宇田のことを知りたくて、手を伸ばすけど、けっきょく俺は宇田に届かない。



そして、そんな俺のことが、宇田は嫌いだ。

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