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資料② 男性の証言


(※以下に記すのは、私と男性の会話内容を、忠実に書き起こしたものである)


私 DMでやり取りさせていただいた漆崎一花です。休暇中にもかかわらず、お時間を作っていただきありがとうございます。


男性 おう。てか、本当に女子高生なんだな。


私 はい。


男性 ぶっちゃけ、すげえ疑ってたんだよね(笑)


私 突然のご連絡失礼致しました。


男性 いえいえ。いまどきの女子高生はしっかりしてるね。何か飲もうよ。好きなもの頼んでいいよ。ノンアルコールもあるから。


私 はい。


男性 あれ、もしかして緊張してる?


私 あ、はい。こんな場所はじめて来たから。


男性 いいところだろう?


私 はい。すごく綺麗です。水の流れるステージの上にグランドピアノがあったりして。


男性 そうなんだよ。


私 いま流れてる曲、すごく素敵です。


男性 イーグルスの「デスペラード」。良い曲だよな。


私 はい。


男性 きみは、エミリの事件に興味があるんだっけ?


私 はい。


男性 先に言っとくけど、おれは犯人じゃないからな。


私 疑ってないです。


男性 あはは。冗談だよ。エミリの裏アカに、おれの写真があったからDMしたんだろ?


私 はい。被害者とはどのようなご関係ですか?


男性 パパ活やってる女子高生とパパの関係。


私 えっ。


男性 そんな顔すんなよ。キモいって思ったか?


私 はい。


男性 すげえはっきり言うね(笑)


私 あっ、いや、嘘です、すみません。


男性 嘘じゃないだろ。まあいいや。きみ面白いね~。


私 ありがとうございます。


男性 ちなみに肉体関係はないよ。さすがに未成年とはできない(笑)


私 会って食事するだけですか?


男性 食事だけではないけどな。


私 食事だけではない?


男性 キスぐらいはしたかもしれない。


私 やっぱりキモいです。


男性 おい! 失礼だな(笑)


私 すみません。被害者との出会いについて教えてください。


男性 出会ったのは去年の夏。彼女がSNSでパパを募集してたから、DM送ったのがきっかけだった。


私 はじめて会った場所はどこでしたか?


男性 ここ。


私 ここ?


男性 そう。このラウンジ。きみがいま座ってる席に彼女は座ってたよ。


私 えっ!


男性 あはは。良いリアクションするね~。まあ座れよ。呪われたりしないから。


私 すみません。きょうの待ち合わせ場所にここを選んだのって……。


男性 まあ、おれなりに、あいつの死を悼むっていうか、そういう気持ちがあるのかもしれない。


私 思い出しますか? 被害者のこと。


男性 そうだな。肉体関係はないが、それなりに仲良くしてたからな。


私 そうですか。


男性 はじめて会ったとき、あいつはフェンディの服を着てたな。バッグはエルメスのバーキンだった。ヴィトンとかグッチを持ってる高校生はたくさんいるけど、エルメスはなかなかいない。だから、ずいぶんと羽振りが良いんだなって思ったよ。


私 被害者とはどんな話をしましたか?


男性 おれがマスコミ業界で働いてるって言ったら、ラブフェアのチケット欲しいって。京の大ファンだって言ってた。だからコネチケを用意してやったんだ。

 

(注:ラブフェアとは、6人組のメンズ地下アイドル〝ラブ・フェアリーテイル〟の愛称である)


私 被害者の第一印象はどんなふうでしたか?


男性 お金持ちのお嬢様。


私 へえ。


男性 中身は全然違ったけどな。


私 中身はどんなふうでしたか?


男性 欲深い女。


私 欲深い女ですか。


男性 欲しいものは何でも手に入れなきゃ気が済まない。


私 それでコネチケ。


男性 ああ。


私 被害者とはどれくらいの頻度で会っていましたか?


男性 週に一回か二回かな。それが九月まで続いたね。


私 それ以降は一度も会ってないんですか?


男性 エミリはラブフェアの京と付き合ったから、おれとは会ってくれなくなった。


私 京くんと付き合ってたんですか?


男性 アテンドしたのはおれなんだけどな。


私 アテンド?


男性 エミリを京に紹介したのはおれだ。ライブの打ち上げに参加して、その日にお持ち帰りされてた。


私 すごい。


男性 要するにおれは利用されたんだな。


私 推しと繋がるために?


男性 おいおい、皆まで言うなって。みじめになるだろ。


私 ごめんなさい。


男性 まあいいよ。


私 京くんとの関係はどれくらい続いたんですか?


男性 すぐに捨てられた。遊ばれたんだよ。京のファン食いは業界じゃ有名な話だ。


私 京くんは文春オンラインで未成年女性との飲酒、お泊り、妊娠、中絶を報じられていましたよね?


男性 あれはエミリがやったんだよ。


私 そうだったんですか?


男性 飲酒とお泊りは事実だけど、妊娠と中絶は完全に作り話だな。


私 京くんに復讐するために虚偽の告白までしたってことですか?


男性 まあそういうことだな。


私 ひどい。


男性 身から出た錆とはいえ、ちょっとひどいよな。京は活動自粛処分になって、それでも騒動が収まらなくてグループ脱退だからな。


私 結局、グループは解散しちゃいましたしね。


男性 そうだな。一番人気があった京が抜けたからな。


私 被害者は、ラブフェアのファンから相当恨まれてるでしょうね。


男性 恨まれてるだろうな。地下アイドルとして頑張ってきて、ようやく日の目を浴びるようになった矢先の出来事だからな。


私 さいたまスーパーアリーナでの単独ライブも決まってましたよね?


男性 ああ。京の不祥事のせいで、たまアリ公演もなくなっちまった。昔から応援してたファンからすれば、エミリは殺したいくらい憎い存在だと思うよ。


私 被害者を殺害したのって……。


男性 ラブフェアのファンだろ。


私 でも、バラバラにして東京湾に捨てるのは、さすがにやりすぎじゃないですかね?


男性 熱狂的なファンならそこまでやるだろ。


私 そうですかね。


男性 うん。


私 う~ん、腑に落ちないな。


男性 どうした? 頭抱えちゃって。 


私 どうしても腑に落ちなくて。


男性 何が?


私 被害者の親友に話を聞いたんですよ。


男性 おう、同じ学校の子?


私 はい。同じクラスの女の子なんですけど。


男性 うんうん。

 

私 その親友が話していた被害者の印象と、あまりにかけ離れているので、正直戸惑っています。


男性 どうせ学校では真面目ぶってたんだろ。


私 とても真面目な生徒だったみたいです。聖母ってあだ名で呼ばれてたくらい、優しい生徒だったそうです。


男性 聖母? ははは、ウケるな。


私 成績が良くて、聖書も学んでいたし、SDGsにも関心があって、ボランティア活動にも積極的に参加していたとか。


男性 嘘だろどうせ。


私 違和感を覚えますよね?


男性 かなり。おれは、エミリのすべてを知ってるわけじゃない。けど、あいつは聖母なんかじゃねえよ。


私 聖母なんかじゃない?


男性 むしろ、聖母とは真逆のタイプだったと思う。自分の目的のためなら手段なんて選ばない。悪魔にだってなれるヤツだったよ。


私 悪魔、ですか。


男性 京への仕打ちなんかまさにそうだろ?


私 悪魔ですね。


男性 その親友は、ほかには何か言ってたか?


私 人から恨まれるようなこと、ぜったいしないって。 


男性 ちょっと待った、その子は本当にエミリの親友だったのか?


私 そうだと言っていました。


男性 注目されたくて、親友のフリしただけじゃないのか?


私 どうなんでしょう。


男性 その子が本当に親友だとしたら、おれは親友という言葉の定義を根底から疑うよ。


私 でも、彼女が嘘をついているとは思えないんですよね。


男性 エミリを恨んでる人間なんかいくらでもいるぞ。


私 そうなんですか?


男性 こんなこと言っていいかわからないけど、おれはエミリが殺されたって聞いてもべつに驚かなかったぞ。


私 どうしてですか?


男性 あんなふうに生きてたら、いずれそうなるってわかってたから。


私 あんなふう?


男性 エミリの中学時代の同級生にはもう会ったか?


私 会ってないです。


男性 エミリがどんなふうに生きてきたか知りたいなら、あいつの地元に行って同級生に会うべきだ。


私 地元に行って同級生に会えば、何かわかるんですか?


男性 それはきみが行って確かめるべきだ。おれはこれ以上何も言わない。


私 わかりました。被害者の地元に行って、中学時代の同級生に会ってきます。


男性 あと、これは警告だが、エミリの事件にあまり深入りするな。


私 何でですか?


男性 探偵ごっこもほどほどにしろ。素人が首突っ込んだらケガするぞ。


私 わかりました。


――――――――――――――――――――――――


エミリがどんなふうに生きてきたか知りたいなら、あいつの地元に行って同級生に会うべきだ――。


男性は言った。


矢も盾もたまらず、私は被害者が中学時代に住んでいた町へ行ってみることにした。


中学時代の被害者を知る女性と会う約束をしていた。


無人駅の改札を出ると、あたりには雪が舞っていて、空気はハッとするほど冷たかった。


寒さのせいなのか、町は閑散としていた。


シャッターを閉ざした商店街を抜けて、私は指定されたファミレスへと向かった。

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