きょう、エミリちゃんが死んだ。でも、わたしは何も知らない。

@otogi_amane

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〈探偵倶楽部〉

ひとりの女子高生が事件に隠された真相を勝手に追うサイトです。



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管理人の漆崎一花うるしざきいちかです。


このたび〈探偵倶楽部〉を開設しました。

事件に隠された真相を勝手に調べ、記録したいと思います。



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1月8日

カテゴリー:殺人事件


東京湾女子高生遺体遺棄事件


大晦日、東京湾で女性の切断遺体が発見された。


警視庁は、遺体の身元は神奈川県横浜市の高校2年生、松永英美莉さん(17)と判明したことを発表した。


警察は、現場付近の防犯カメラやドライブレコーダーの映像を調べるなど、捜査を進めているみたいだが、犯人はまだ見つかっていない。


そんな中、被害者である松永英美莉さんの個人情報がネット上に流出した。


きっと、バカなクラスメイトが、興味本位でやったのだろう。SNSも特定され、被害者の顔写真は、あっという間に拡散された。


SNSで「美人すぎる」と話題になり、トレンド入りまでした被害者は、女子アナや有名女優を数多く輩出しているミッション系の名門女子校に通っていた。成績はトップクラスだったらしい。


いったいなぜ、お嬢様学校に通っていた真面目な生徒が、バラバラにされて真冬の海に沈められたのか――?


この事件に、ただならぬ興味を抱いた私は、被害者のクラスメイトに会って話を聞くことにした。


――――――――――――――――――――――――


資料① クラスメイトの証言


(※以下に記すのは、私とクラスメイトの会話内容を、忠実に書き起こしたものである)


私 DMでやり取りさせていただいた漆崎一花です。きょうはお時間を作っていただき、ありがとうございます。


クラスメイト こちらこそよろしくお願いします。でも、どうして私に話を聞こうと思ったんですか?


私 SNSに長文の追悼メッセージを投稿していましたよね。


クラスメイト はい。エミリちゃんは親友でしたから。


私 親友?


クラスメイト はい、親友です。


私 辛い中、ありがとうございます。


クラスメイト 気にしないでください。ちょうどだれかと話したいと思ってました。ひとりだと、悲しいことばかり考えちゃうから。


私 話すのが辛くなったら、言ってくださいね。


クラスメイト 大丈夫です。


私 今回の事件を知ったのはいつですか?


クラスメイト 冬休みに入ってすぐ、エミリちゃんが行方不明になって、元日、亡くなったことを知りました。


私 新年早々、辛いことが起こってしまったんですね。


クラスメイト はい。緊急保護者会が開かれて、わたしの親も学校に行きました。


私 そうだったんですね。


クラスメイト 先生から電話がかかってきて、注意事項を告げられました。


私 どんな注意事項ですか?


クラスメイト ひとりで外出しないでとか、SNSの利用に十分注意してとか、そんな感じだったと思います。


私 SNS?


クラスメイト はい。


私 今回の事件には、SNSが絡んでいたんですか?


クラスメイト わからないです。ネット上では、エミリちゃんがパパ活やってたんじゃないかって噂されてますけど、全部デマ情報ですから。


私 そんなことをする生徒ではなかった?


クラスメイト はい。


私 ストーカー被害を訴えていたとか、そういうことは?


クラスメイト ありませんでした。


私 人の恨みを買うようなことは?


クラスメイト エミリちゃんは「聖母」って愛称で呼ばれてたくらい、優しい生徒でした。人から恨まれるようなことは、ぜったいしないです。


私 聖母、ですか。


クラスメイト はい。


私 被害者との出会いについて教えてください。


クラスメイト わたしは、初等部から、いまの学校に通ってますけど、エミリちゃんは両親の仕事の都合で引っ越してきて、高等部から編入しました。


私 それで同じクラスに?


クラスメイト はい。


私 被害者の第一印象は覚えていますか?


クラスメイト もちろん。はじめてエミリちゃんを見たとき、まるでチャペルに飾られている聖母マリア像みたいだと思いました。陶器のように美しい白い肌、慈愛に満ちたまなざし、一輪の花のような優雅な佇まい……歴史と伝統ある我が校にふさわしいと思いました。


私 内部生と外部生の格差みたいな話を聞いたことがあるんですが、被害者は学校に馴染めていましたか?


クラスメイト 我が校には格差なんて存在しません。外部生を排除するのではなく、愛を持って接します。だから、エミリちゃんもすぐに馴染んでいました。


私 被害者の性格について教えてください。


クラスメイト エミリちゃんは、美人だけど、ぜんぜん気取ってなくて、いるだけでその場の空気が明るくなりました。


私 そういう生徒ってクラスにひとりはいますよね。ムードメーカー的な。


クラスメイト ムードメーカー。エミリちゃんは、まさにそんな感じでしたね。


私 報道によると、被害者はとても真面目な生徒だったとか。


クラスメイト はい。エミリちゃんは、とても真面目な生徒でした。成績が良くて、聖書も学んでいたし、SDGsにも関心があって、ボランティア活動にも積極的に参加していました。


私 被害者に恋人はいましたか?


クラスメイト いないと思います。


私 思います?


クラスメイト そもそも女子校だから出会いがないですし。


私 いまはSNSだってあるし、ほかの学校の男子と簡単に繋がれると思いますが?


クラスメイト それはわかってます。でも、エミリちゃんは、彼氏がいるようには見えなかったです。


私 見えなかった? 被害者とそういう話をしたことはない?


クラスメイト そういう話って何ですか?


私 何ていうか、その、恋バナ的な?


クラスメイト 恋バナですか。あまり学校でそういう話はしないかもしれないですね。


私 そうですか。


クラスメイト すみません。わたしのこと、真面目でつまらない子だって思いましたか?


私 いや、べつに思わないですけど。


クラスメイト 苦手なんです。恋バナとか。わたしは恋愛とかあまりしたことないから。


私 高一で恋愛経験がないのは、恥ずかしいことではないと思います。


クラスメイト 恋愛経験がないとは言ってません。


私 ごめんなさい。恋愛経験が少ないのは恥ずかしいことではないですよ。わたしだってないし。


クラスメイト なんか気を使わせてしまってすみません。


私 謝らなくていいですよ。


クラスメイト はい。


私 被害者とは、普段どんな話をしていたんですか? 何か印象に残っていることはありますか?


クラスメイト 印象に残ってるのは、エミリちゃんが名前の由来について話してくれたときのことです。


私 名前の由来?


クラスメイト エミリちゃんの名前は、作家のエミリー・ブロンテから取ったらしいんです。


私 エミリー・ブロンテ? ああ、『嵐が丘』の?


クラスメイト はい。読んだことありますか?


私 いえ、推理小説以外は、ほとんど読まないから……。


クラスメイト 残念。『嵐が丘』は名作です。


私 今度、読んでみようかな。


クラスメイト はい。エミリちゃんのご両親は、大学の英文学科で出会ったらしいんですけど、ふたりとも『嵐が丘』が大好きで、それで娘にエミリって名前を付けたんだって言ってました。


私 素敵な話。


クラスメイト その話をしてくれたときのことは、いまでも鮮明に覚えています。


私 そのときのことを話してください。


クラスメイト 一緒に帰りながら、エミリちゃんに聞いたんです。「好きな小説は何?」って。そうしたら『嵐が丘』が好きだと言って、名前の由来について話してくれました。翌朝、エミリちゃんは『嵐が丘』の文庫本を貸してくれました。あのときのことを思い出すとすごく悲しいです。


私 思い出させてしまって申し訳ありません。


クラスメイト わたし、どうしても、わからないんです。


私 何がですか?


クラスメイト エミリちゃんに何があったのか。


私 じゃあ、犯人の見当もつかない?


クラスメイト 犯人……。きっと、通り魔とかですよ。それしか考えられません。


私 通り魔。


クラスメイト ネットでいろんなこと言われてるの知ってますよね?


私 はい。


クラスメイト 売春だとか、パパ活だとか、正直腹が立ちます。エミリちゃんのこと何も知らないくせに、面白半分で勝手なこと言うなって思います。


私 ……。


クラスメイト 犯人が許せないです。


私 ……はい。


クラスメイト わたしの大好きなエミリちゃんを返してって思います。


――――――――――――――――――――――――


わたしの大好きなエミリちゃんを返して――。


そう言ってクラスメイトは泣き崩れた。


それ以上取材を続けるのは難しかった。


結局、クラスメイトからは、犯人の手がかりとなるような情報は何ひとつ得られなかった。


その日の夜、録音した音声データを聞きながら、クラスメイトとの会話を書き起こしていると、被害者の裏アカウントが特定されたというニュースが流れた。


裏アカウントの投稿から、被害者がメンズ地下アイドル〝ラブ・フェアリーテイル〟の追っかけだったことや、複数の年上男性と肉体関係を持っていたことなどがわかった。


裏アカウントには、聖母とは思えない、下品極まりない写真が複数投稿されていた。


クラスメイトが見ていた松永英美莉は、はたして本当の彼女だったのか――。


松永英美莉は、聖母の仮面をかぶっていたのだろうか――。


私は、被害者と親密な関係にあった男性に会って話を聞くことにした。


待ち合わせ場所は、東京の一流ホテルの高層階にあるラウンジだった。

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