最終話……声

 ――寸分の狂いもなく、電子音は病室に鳴り響く。



 そんな中、静かな音を立て202号室の扉が開く。


「壬生さんですか?」

「はい」


 利絵は母親に事情を説明し、2人はそっとベッドから離れ、紗季を恵一の元へ静かに通す。


 ベッドに横たわる恵一の傍には、紗季が神妙な面持ちで顔を覗き込み、祈る様に名前を呼んでいた。


「氷川くん……氷川くん……」


 今にも途切れそうな意識を繋ぎ止め、恵一は思う。



 ――『声が聞こえるな……』海面の上を彷徨う小舟みたいに体を浮かせいる恵一は、辛うじて聞こえる声に耳を傾ける。しかし、耳がこもっているか、はっきりと響かない。

 

 辛うじて目を開き、声の主を見た。

 恵一の微笑ほほえみに、紗季は強く手を握る。


 やがて目を閉じた恵一の意識は、深海へと落ちていくようにゆっくりと沈み、名前を呼ぶ声も聞こえなくなった。


 電子音は一定の音を鳴らし始める。


「氷川くん? いやだ! 氷川くん!」


 医師は瞳孔を調べ、時刻を確認する。

  紗季の声は次第に弱くなり、嗚咽だけが静けさに紛れた――



 2028年 8月14日 午前0時02分


 恵一は23年の生涯を経て、静かに息を引き取った。

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