第40話

「わかりました。山根さんの紹介なので承りはいたしますが、時間がかかったり、達成できない可能性もあります。それでもご了承いただけますか?」

 

 僕らが探したところで手掛かりの1つも得られない。もう2年も繰り返しているからそれはよくわかっている。もう僕には探偵に賭けるしかないんだ。

 

「はい。お願いします」

 

「わかりました。ではこちらの契約書にサインをお願いします」

 

 尾形さんはA4の用紙1枚とボールペンに朱肉を机上に置き僕に差し出した。

 契約書がいるなんて知らなかったから印鑑など持ち合わせていなかった。

 

「あの……印鑑、持っていないのですけど……」

 

「それでしたら、親指の指印で構いませんよ」

 

「は、はあ……」

 

 契約書とはそんなものでいいのか。指印なんて初めて使う。指印の場合はどんなふうに押印をすればいいんだろうか。親指の先端? それとも中央? 全体にインクをつけるべきなのだろうか? 全体につけてもちゃんとした指印にならない気がする。指印の場合は歪んでも大丈夫なのか。

 わからず僕は指の中央にインクをつけて指印を押した。

 

「これで契約完了ですね」

 

 どうやらこれで良かったようだ。

 

「あの、1つ質問いいですか?」

 

 隣の津川さんは突然手を挙げてそう言った。

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「さや、田尾の情報は、逐一私たちに伝えてもらえるのでしょうか?」


 尾形さんは考え込むポーズをとった。

 

「下手に動かれて逃げられる可能性もあるので、逐一は申し訳ありませんができないことになっています。見つかった場合のみこちらから報告させてもらいます」

 

「そうなんですね……わかりました。沙也加をお願いします」

 

 こうして僕らは探偵事務所を後にした。

 時間は丁度お昼時だってこともあり、3人でファミレスに寄って昼食を摂っていた。

 

「あの人少し怪しかったけど、大丈夫かな」

 

「そうだね……」

 

 確かに信用はなかったな。あの外観もあったし、半笑いのあの表情は少し気色悪かった。お茶を運んで来てくれた女性も一言もしゃべることはなく出ていくし、終始ずっと不気味だった。

 

「これで沙也加が見つかってくれればいいのにな……」

 

「うん……そうだね……」

 

 津川さんも僕も俯いて話をしていると、達川君が横槍を入れた。

 

「はいはい。辛気臭い話はそこまで。今はもっと楽しく話さないと。これで田尾に1歩近づいたとか。それか今日も気分転換に体を動かしてみるか?」

 

 体を動かすのはアリだなと思っていたけど、津川さんはそれを拒んだ。

 

「やだよ。こんなに暑いのに外で体を動かせないよ」

 

「じゃあ、室内だったらいいのか?」

 

「いいけど。室内で体を動かせる場所なんてこの辺にはないでしょ?」

 

「まあそれもそうだな……」

 

「じゃあこの話は終わりにして……」

 

 津川さんが話している途中だったが、達川君は言葉を被せた。

 

「いや、あるじゃん。完全室内で体を動かせる場所」

 

「そんなのどこにあるの?」

 

「登久島市内にある大型の複合施設が」

 

「まさかラウワンまで行くっていうの?」

 

「ああ。そこしかないだろ?」

 

 達川君の強い希望で、僕らは人が多いであろうラウワンに行くことになった。心配なのは達川君だ。僕らの今いる場所からラウワンまでは、車で50分くらい。運動と運転を只管すれば疲労も並大抵のものではないはず。それでも達川君は体を動かしたいようだ。確かに気分転換にはなるけど、疲労を溜めすぎないようにしないと帰りの運転が本当に心配だ。

 

「よーし! それじゃあ、ラウワンに行こうか!」

 

「お、おー」

 

 反応したのが僕だけだって少し恥ずかしかった。

 達川君の運転で僕らは本当にラウワンまでやってきてしまった。夏休み期間だってこともあって来た道は割と混んでいて、来るまでに1時間近くかかってしまった。

 

「結構混んでいたね……」

 

「夏休み期間は人が多いから仕方ないよ」

 

「で、ラウワンに来たのはいいけど、何をするの?」

 

「そりゃもちろん、フットサルだろ」

 

「3人で?」

 

「そうなると思って、大和と樹と綾人と江川を呼んだんだ」

 

 あ、これ、僕がいたら気まずいやつだ。ここに来て初めましてが4人も登場するのか。大丈夫かな……

 遠くで大きく手を振りながら「晴翔!」と叫び、僕らの元へ近づいてくる集団がいた。この時僕は直感した。達川君の友人はテンション高い系の人たちだと。

 

「晴翔! 久しぶり!」

 

「ああ、樹、相変わらずテンション高いな」

 

「晴翔がフットサルしようなんて誘ってくれたからな。身体動かすのも久しぶりだし、楽しみなんだよ!」

 

「そっか。大和も綾人も来てくれてありがとう」

 

「私は⁉︎」

 

「陽葵ごめんね……晴翔のバカは後で叱っておくから……」

 

「いいよいいよ。私も久しぶりに真琴に会いたかったし、身体も動かせて一石二鳥だよ」

 

「陽葵……ありがとう」

 

 初めから予想していたが、僕は集団の中で1人ぼっちになっていた。

 

「ところで晴翔、こちらさんは?」

 

 一番テンションの高い、樹という人が突然方を組んできた。

 

「ああ、最近友達になった竜也だよ」

 

「瀬戸竜也です……よろしく……」

 

「ふーん……」

 

 え、怖い。何なんだろう。

 

「ええ身体しとるな。高校時代部活何していたの?」

 

「や、野球部だったけど……」

 

「そうかそうか。通りで……でも大丈夫か? 今日のメンバー竜也と女子以外全員もとサッカー部だぞ」

 

「え……そうなの……」

 

「ま、まあ全員既に引退しているし、竜也運動神経良さそうだから大丈夫でしょう」

 

 全然大丈夫じゃないと思っていたが、みんな手加減をしてくれて、何んだかんだ楽しめた。それよりも江川さんと言ったか、フットサルの経験者じゃないのに上手いし足は早いし、女子に負けた気分は久しぶりだった。悔しかったけど、本当に楽しかった。この場に沙也加がいたならば、もっともっと楽しいのになと思った。叶わない夢かもしれないけど、思うだけは僕の自由だろ。

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