第39話

 それから約10ヶ月が経った。相変わらず僕は地元と大学を、休みの度に行き来していた。そのせいもあって僕は就活に乗り遅れた。僕らの中で1番に就職が決まったのは津川さんだった。6月の下旬にはもう内定をもらっていたらしい。さすが優秀な人は違うよ。次に内定をもらったのは暖だった。彼も実は優秀だったようで、津川さんより1週間遅くではあるが内定をもらったそうだ。残るは僕と達川君。達川君も相当苦労していたそうだが、7月上旬には内定をもらったと連絡があった。残るは僕だけになった。正直なところ沙也加のことで手一杯で、どんな仕事がしたいだとかまるで頭になかった。何社も何社も面接を受けては落とされ。25社から不採用の通知をもらったところで数えるのをやめた。そんな僕でも奇跡的に1社から内定をもらった。達川君から内定を貰ったと連絡があってから更に2週間が過ぎた頃だ。地元にある中規模の総合商社だ。面接を受けるまではどんな会社なのかどころか、名前すらも知らなかった会社だ。それでも、受かったことが嬉しかった。それにこれでようやく僕は自由に動ける。沙也加を探すことに集中できるのだ。

 夏休みに入って、僕はすぐさま地元に帰った。地元でのバイトも即決した。力仕事は慣れないけど、時給の高さが決め手になった。

 8月に入ってすぐのことだった。津川さんの提案で沙也加を探すために、僕らは探偵を雇うことにした。費用は嵩むが情報が得られないから仕方ない。

 無数にある探偵事務所の中で、どこがいいのか悩んでることを山根さんに相談すると、山根さんが知り合いの探偵事務所を紹介してくれた。知り合いだと言うことで費用も相場の半額で請け負ってくれた。今日はそんな探偵事務所に初めて訪れる日……だったのだが、僕らはその見た目から探偵事務所の中に入れずにいた。

 普通にボロボロで草が所々建物を覆っているくらいなら躊躇しながら入ることはできたのだけど、建物は見えないくらいに草が覆っていて、庭か駐車場にあたるところには入れないくらいに青々と草が生い茂っていて、入り口にある事務所の木製の看板はどこかの廃工場のように黒く燻んで、しかも斜めにかけられていて風が吹くとゆらゆらと揺れていた。

 

「津川さん……本当にここで合っているの?」

 

「瀬戸君……疑いたい気持ちは私も同じだけど、ちゃんと看板があるじゃん。間違いなくここだよ」

 

「どっからどう見ても廃屋じゃね」

 

「私もここまで手入れのされていない家を見るのは久しぶりだな……」

 

 僕らが入るのを躊躇っていると、扉が大きな音を立てながら勝手に開いたのだった。中から出てきたのは、似合わない綺麗なスーツを着た僕らより少し上の男の人。目が細く常に半笑いの顔を浮かべていた。

 

「瀬戸様でしょうか?」

 

 廃屋のような探偵事務所から出てきた男はそう言った。

 

「は、はいそうです……」

 

「やはりそうでしたか。お待ちしておりました。話は山根さんから聞いております。立ち話は何なのでどうぞ中へお入りください」

 

 これで入るしかなくなったけど、体はそう簡単には動いてくれなかった。

 

「瀬戸君?」

 

「な、何?」


 何故だか嫌な予感がした。

 

「瀬戸君が依頼主だから1番にどうぞ」

 

 笑顔でそうは言っているけど、僕には見える。裏の顔が……早く行けと言っているのが。

 

「はーい……」

 

 僕はそんな津川さんの圧に屈して、草むらを掻き分け入り口まで来た。変な虫が出なかったことが不幸中の幸いだ。扉の前に来ると、また足が竦んだ。

 

「瀬戸君。早く中に入って!」

 

 津川さんも虫は苦手なのかこの場よりも中に入る方がいいようだ。

 そんな津川さんに背中を物理的に押されて僕は扉を開いた。

 中は至って普通の一般家庭の家のようで、掃除も隅々まで行き届いていた。

 

「瀬戸様、ようこそ。本日は上野探偵事務所をご利用いただきありがとうございます。私は、助手の尾形祐太郎と申します。お話は私めがお聞きしますのでこちらにどうぞ」

 

 玄関で靴を脱いで、太陽光が眩しく照らす外観からは想像もできないような整えられた応接間に案内された。応接間には最大3人が座れるソファーと1人掛けのソファーが2つ。対面する形に置かれていて、その真ん中に膝くらいの高さのローテーブルが置かれていた。

 尾形と名乗る男性は、1人掛けのソファーの前で立ち止まり、僕らは3人掛けのソファーに座った。尾形さんもソファーに座ったら、どこからか突然現れた女性が僕らの前にお茶を置いた。

 その女性が退散したのを確認すると、尾形さんは口を開いた。

 

「それで、依頼というのは人探しで間違いないですか?」

 

「は、はい……」

 

「探している方の特徴などを聞いてもいいですか?」

 

「えーっと、名前は田尾沙也加と言います。生年月日は2003年の11月12日生まれです。髪は肩くらいまでの長さで、身長は……えっと……」

 

 僕が言葉に詰まっていると、津川さんは透かさず助け舟を出してくれた。

 

「身長は私くらいです。正確には152センチくらいです」

 

「なるほどわかりました。では何時ごろ失踪したのかと、失踪当時の服装など教えてもらってもいいですか?」

 

「はい……連絡が取れなくなったのは、2023年の2月の終わりの頃です。失踪当時の服装はすみません、わかりません……」

 

「なるほど。2年前に失踪しているのですね。そうなれば時間がかかってしまうまもしれませんね」

 

 2年も前の話になるのだから当然か。もしかしたらさっき言った容姿とかも変わっている可能性はある。たとえ探偵だったとしても探すのは困難なのかな。

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