第41話

 探偵に依頼してから約2週間が経った、8月15日。君がいなくなってから3度目の夏祭りを迎える1日前。探偵に呼ばれて僕らは再度、上野探偵事務所に足を運んでいた。探偵事務所の外観は相変わらずで、前に来ていた時より草は背を伸ばしている気がしていた。僕らが草を押し倒して前回通ったところは獣道のようにそこだけ草が倒れていて、前に来た時よりかは通りやすくなっていた。

 

「瀬戸君。また1番よろしくね」

 

「は〜い……」

 

 僕はまた津川さんの圧に屈して先頭を歩くことになった。今回は前回と違って尾形さんの出迎えはない。勝手に建物の中には入れないから呼び鈴を鳴らした。事務所中に呼び鈴音は届いてないのか反応が得られなかった。

 3回しか呼び鈴を押さない僕を見て、津川さんは呼び鈴を連打したけど反応はなかった。

 

「呼んでおいていないとかありなの?」

 

 津川さんはキレていた。早く草むらから抜け出したいようで、呼び鈴で反応がないとわかって扉を強く叩いていた。それも何度も何度も。

 

「真琴、あまり強く叩くと壊れるよ……」

 

 達川君が口で止めに入るが、津川さんは止まることはなかった。最早、僕らにはどうすることもできなかった。

 そんな津川さんの思いが届いたのか、扉が大きな音を立てながら開いて、尾形さんが中から姿を現した。

 

「ようこそ、瀬戸様。お待ちしておりました。立ち話も何なのでどうぞ中へお入りください」

 

 尾形さんに言われ中に入ると、中は前と変わらず隅々まで掃除が行き届いていて、前より綺麗になっていた。この内装を見て、外も同じようにしてくれないかなと僕は思った。

 また僕らは太陽が眩しい小綺麗な応接間に案内された。前と同じように無言でお茶お運んでくる女性もいて、その女性が応接間から出て行ったことを確認すると、尾形さんは話だす。

 

「2週間調査をした結果、田尾沙也加さんを見つけることができました」

 

「ほ、本当ですか……」

 

 歓喜のあまり立ってガッツポーズを取りそうになったのを必死に心の中だけで抑えた。

 

「あ、あの……それで沙也加はどちらに?」

 

 沙也加が見つかったと言うのに津川さんは至って冷静だった。

 

「落ち着いて聞いてください。彼女は今、勝慶寺と言う、三間市にある小さなお寺にいます。……あなたにとっては、とても残酷なお話になります。ここから先の話は聞かなくても構いません。覚悟が……覚悟が決まらないのでしたらまた今度というのでも大丈夫ですよ。一旦持ち帰ってどうするか決めたのであればそれでも構いません。全てはあなた次第です……」

 

 つまりは……どういうことだろうか……何んとなくわかる気がするが、わかりたくないのか理解が追いつかないか、取り敢えず頭が混乱している。脳が考えることを止めている。一体何が起こったというのか。何が……どういうことなのか。わからない……何がどういうことなのか……津川さんの方を見ても、津川さんも両手で頭を抱えていて、達川君も俯いて歯を食いしばっていた。2人はどういうことなのか理解したのだろうか……一体ここで何が起きているというのだろか。

 何もわからないはずなのに、何故だか目から涙が溢れていた。

 

「あれ……何で涙が出て来ているんだろう……津川さん……達川君……尾形さんの話の続きを聞いてもいいかな?」

 

「瀬戸君……私は覚悟を決めているよ……瀬戸君の依頼だから……瀬戸君が決めて……」

 

「竜也……しんどいのなら本当に今日じゃなくてもいいと思うぞ……その、運転ならいつでもしてやるから……落ち着いてからでもいいと思うぞ……」

 

「ど、どうしたの2人とも……何でそんな悲しそうな顔しているの? 沙也加は……お寺にいるんだよ……お寺で生活してしているんだよ……なのに何で……」

 

「瀬戸君!」

 

 津川さんは突然大声を出した。

 

「瀬戸君いい加減にして! 現実を受け止めて! 話を聞くの聞かないのどっちにするか決めて!」

 

 津川さんの「現実を受け止めて」という言葉が、僕には理解ができなかった。いや、理解したくなかったという方が正解か。

 

「竜也……俺も真琴の意見に賛成だ……どうするのかは竜也が決めて……」

 

 2人に急かされて冷静になれなかった。

 

「き、聞くよ……聞こうよ……だって、沙也加は……」

 

「瀬戸君……聞くのなら取り敢えず落ち着いて……それで話を聞きましょ」

 

 津川さんにそう言われて僕は少しずつ落ち着きを取り戻した。それでようやく気づいたが、僕は1人だけ立ち上がっていた。津川さんの「落ち着いて」は座って話を聞こうということだ。それを理解してから、僕はソファーに座り出されていたお茶を一杯飲んだ。お茶はまだ熱くて、舌を火傷した。

 

「……尾形さん……沙也加のことについて、お話を聞かせてください……」

 

「覚悟を決めたということでいいですか?」

 

「はい……例えどんなに残酷だったとしても、最後まで聞きます……」


 本当は覚悟なんてできていない。津川さんい諭されて少し冷静になっただけだ。僕の心臓はずっと大きく鳴り響いて、目から出る涙も堪えているのが精一杯だった。

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