第35話

 落としたであろうスマホを探し求めて僕らは沙也加の行方不明者届を提出した警察署に来ていた。

 また緊張しながら中へ入ると、偶然前に沙也加の妹の話を聞かせてくれた山根さんがいた。


「あれ、今日はどうしたの?」


「あの……実は一昨日祭りでスマホを落としてしまって……あのこの場合どこへ行けばいいのですか?」


「ああ、それなら会計課ね。2階にあるから案内するよ」


「いいのですか? 仕事中じゃ?」

 

「署内の案内をするのも仕事の1つだよ。それに今は休憩中だから大丈夫だよ」

 

「それはそれで申し訳ないのですが……」

 

「どっちだよ」

 

「なんか2人仲良いね」

 

 津川さんにそう言われた。そう言えば、津川さんに話していなかった。

 

「実は……あの後何度か1人で行き来している時にたまたまコンビニで会って……その時に連絡先を交換して、沙也加の情報があればもらってたんだ……役立ちそうな話は一度もなかったけど……」

 

「悪かったね。私も警察官として話せることと話せないことがあるからね」

 

「いや……あの……ち、違うんです……その……えっと……」

 

 山根さんからの情報は有益とは言えないけど役には立っている。誤解だと言うことと、沙也加がそれ以上に逃げ切れていると言うことを同時に伝えるにはどうしたものか。

 言葉に詰まり切った僕を擁護してくれたのは津川さんだった。

 

「つまり、沙也加は警察の網にもかからずに今も逃げ延びているってこと」

 

「なんだ。そういうことが言いたかったの?」

 

「え……あ、はい……そうです……」

 

 何でわかった津川さん。でも、おかげで誤解も解けて、僕と山根さんの関係もギクシャクすることなく何とか平穏を保つことができた。

 

「何だよ。それなら先にそう言ってよ。とんだクソやろうかと思ったよ」

 

 自分でも割とクソ野郎だと思っているから否定ができない。

 

「あ、あの……前の時より随分と明るくなりましたね」

 

 達川君がそう思うのも無理はない。初めて会った山根さんはこんな人じゃなかったから。丁寧でおとなしめで清楚可憐なイメージだった。それが職場以外のところで出会った時からそのイメージを崩されて、今では口と酒がちょっとだけ悪いお姉さんだ。

 

「そりゃあもちろん仕事だからね。生活安全課は市民に一番近い課だからね。丁寧さが求められることもあるんだよ」

 

 仕事に関して誇りを持っているのならそれでいいけど、この裏表は割と詐欺に近いのでは思う僕であった。

 

「じゃあ、私はここまで。中に入ったら落とし物をしたって言えば対応してくれるから、そんじゃあねー」

 

 会計課と書かれたプラカードが壁に貼り付けられている手前で山根さんは僕らにそう言い残して、立入り禁止のマークがある警察署の奥へと消えていった。

 

「それじゃあ。行こうか」

 

 意を決して僕らは会計課の中に入った。

 中には対面できるように3つの机が横1列に並んでいた。そのど真ん中に眼鏡をかけた40代後半くらいの女性が座っていて、僕らを見るなり声をかけた。

 

「どうされました?」

 

「あ、あの……落とし物をしてしまって……」

 

「どうぞお掛けください」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 奥で作業をしていた男性が余分に椅子を2つ用意してくれて、元々あった椅子には僕が座りその後ろに津川さんと達川君が用意された椅子に座った。

 

「それで、何をなくされたのですか?」

 

「あ、あのスマホを……一昨日の祭りの時に無くしてしまって……」

 

「そうなのですね。スマホの特徴、色や形、カバーの有無や色をこちらに書いてくださいますか」

 

 遺失届出書と書かれた紙を渡されスマホの特徴を書き込んでいた。

 書いている時、なんかずっとみられているなと思っていたが、何と特徴が似ているスマホが昨日交番に届けられたらしい。

 

「このスマホじゃないですか?」

 

「あ、それです……僕のスマホです」

 

 2日ぶりに見たスマホは何も変わりなく、汚れもほとんどついていなかった。

 

「本人確認とスマホのロックが解除できればそのままお渡しします」

 

 そんなことが行われるとは知らず、僕を僕だと証明できる書類は保険証しかなかった。

 

「学生証は?」

 

 津川さんのナイスアシストにより、僕の存在証明がなされた。あとはスマホのロック解除だけ。見た目は僕のスマホだ。カバーの色も形も僕のものだ。下げる方の音量ボタンに傷が入ってあるのも僕のものの可能性が高い。画面を明るくすると、映し出されていたのは僕と沙也加が1番最後に遊んだ時の、最後の思い出の写真だった。なら、ロック解除の番号は「0816」だ。これは、僕と沙也加が付き合った記念日。沙也加も同じ番号にしていた。お互い隠し事はできないようにと、沙也加からの提案だ。疑われているようで、ちょっと嫌だったけど沙也加も同じのにするのだったらと、提案に乗ったんだっけ。懐かしいな。思い出話はその辺にしてそろそろスマホを開けようか。

 が、何故か僕はスマホを開けることができなかった。初めは打ち間違えたのだろうと、もう一度同じ番号を打ってみるが、開かなかった。

 

「な、何で?」

 

「最近番号変えた?」

 

「変えてないよ。3年くらいずっとこの番号。変えようかと思ったけど、変えられなかったから……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る