第33話
1人感傷に浸って外を眺めていると、大きな音を立てて扉を開けるおばさんが現れた。僕の母親だった。
「竜也。あんた大丈夫なの? 起きているなら返信してちょうだいよね」
交友関係が広がって良かったが、まさかこんな弊害ができるとは思いもしていなかった。母親からの(今から行く)というメッセージを完全に見落としていた。津川さんと入れ違いになったから良かったけど、鉢合わせていたらどれだけ面倒なことになっていたのだろうか。それだけは安心した。
「竜也。あんたこれどうしたの?」
母親がそう言って僕に見せたのは、津川さんからもらった味噌汁と缶詰とうずらの燻製が入った袋だった。
「と、友達がお見舞いに来てくれて、くれたの」
「へえ、渋い差し入れね。まあいいわ」
津川さんごめん。今は擁護できない。
「今日どうするの?」
「竜也の部屋に泊まるから後で鍵だけ頂戴ね。ついでに掃除しておくからね」
「それはいいって。部屋のもの。特に机周りのものは触らないでね」
「わかっているって。お風呂とトイレしかしないから」
「そう。じゃあ、はい鍵」
「せっかく来てあげたのに冷たいね。竜也の退院日を先生に聞いてから帰るからね。もう少しいるから何か欲しいものがあったら、メッセージ送ってちょうだい」
「わかった。母さんも退院日わかったら教えて」
「はいはい。じゃあ、お母さんもう行くからね」
「退院日ちゃんと教えてよ」
母親は病室を後にした。
その母親から僕の退院日を聞かされるのは、この時から5時間近くが経過していた、午後10時過ぎだった。
次の日の朝。
朝食を食べ終えて容体も安定しているからと、僕は病院を後にした。
とりあえず退院の報告は、津川さんと達川君と、暖と弥生と後は大学の先輩くらいでいいか。暖に1番に連絡を入れると、後の人への連絡が滞りそうだから暖は1番最後にしよう。そうして連絡を入れると、予想通り暖に送った瞬間に既読がついて返信ではなくいきなり電話がかかってきた。
もう外だから電話に出る。
「もしもし……」
「もしもし。竜也大丈夫なのか?」
「うん。休めばマシになったよ」
「そうか。良かった〜竜也が倒れたって聞いた時は、俺もバイト中だったんだけど焦って皿落としちまったから、色々大変だったんだぞ」
「そ、そうなんだ……それはなんかごめん……」
「いいってことよ。それよりも大学には来れそうなのか?」
「うん。もう元気だから大丈夫だよ」
「そうか……最近元気なかったから心配していたんだよ。気づいていたのに言い出せなくてごめん。俺がもっと早く言っていれば、竜也が倒れなくて済んだかもしれないのにな」
「心配してくれているのは嬉しいけど、暖のせいじゃないよ。僕がバイト詰め込みすぎたのが原因だから。気負わないで」
「そう言ってもらえると、心が楽になるよ。じゃあな身体しっかり休めろよ」
「うん。ありがとう」
暖は本当にいい人だ。だが、性格が杞憂すぎるのだ。前々から心配性の人だなと思っていたけど、ここまでだとは思っていなかった。流石に少し重いかな。
家に帰ると、なぜか母親がいた。
「何でまだいるの?」
「何でってあんたの部屋が汚すぎて掃除が終わらなかったからよ」
「朝には帰るって昨日言ってなかった?」
「仕方ないでしょ。掃除が終わらないのだから。普段からちゃんと掃除しなさいってあれだけ言っているのに。それよりも昼御飯の準備できているから食べなさい」
そこまで手強い汚れなんて作った記憶はないけど、母が作った昼御飯が簡単で尚且つ短時間でできる素麺だったこともあり、強敵と戦ったことを物語っていた。
これじゃあ僕も達川君のことは言えないなあ……そう思った僕であった。
「母さん帰らなくて大丈夫なの?」
「まあ、何とかなっているでしょう」
「あの父さん1人なんでしょ。絶対にカップ麺生活しているよ」
「たまにはそう言うのもいいんじゃないの」
「たまに食べるカップ麺は確かに美味しいけど、あの人の性格からしてずっと食べているかもよ。せめてスーパーのお惣菜でも買えればいいけど、絶対に買いに行かなからな」
「自分で選んだ道なんだから私たちがどうこう言っても仕方ないでしょう」
ごもっともだ。
父は悪く言えば昔の人間で、自分が稼ぎに出るからと母さんには専業主婦をやらせて、母がパートに出ると言った時は言い合いになっていたけど、父自身が休みの日にバイトに入り家計を支えていた。そんなこともあって、父は家のことが何1つできない。簡単な料理も作れなければ、買い物にも行きたがらない。僕が記憶している限りで掃除をしているところなんて見たことがない。今こうしている間も、刻一刻と家が汚部屋になっているはずだ。でも、悪い人ではない。おかげで僕は難関と言われる大学にも合格したし、尊敬もできる部分だけはしている。母がさっき言った言葉も父の受け売りだ。『自分の道は自分で決めろ』それが父の口癖だ。
「後何日こっちにいるつもり?」
「3日くらいかな」
「明日には帰ってあげてよ。父さんより家の方が心配だよ」
「それもそうね。あの人は私がいないと何にもできないからね」
次の日の朝。母は地元へ帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます