第31話

 沙也加の行方は掴めないまま半年の月日が過ぎた。今日8月19日は沙也加と毎年通っていた、花火大会がある日だ。如月さんは「いつもの場所で待っててください。私が連れて行きます」と言っていた。その言葉を信じて、僕はいつもの場所で沙也加を待っていた。津川さんも達川君も協力してくれるようで、祭りを楽しみながら沙也加を探してくれるらしい。ただ、人混みだから見つけられる可能性は低い。津川さんにもそれは言われた。

 如月さんが本当に連れて来てくれるのなら、それに越した事はないけど、時間の指定くらいしてくれてもよかったのに。沙也加のためなら何時間でも待てるけど、カップルだらけの中男1人でずっと待っているのは心が痛い。

 本来なら僕もあっち側だったと思えば、胸がもっと苦しくなった。沙也加じゃなかったらなんてマイナス思考が頭をよぎるけど、沙也加じゃなかったら楽しい思い出もなかったんだから……沙也加じゃないと……

 考えれば考えるほど悲しくなってくる。まだ沙也加にも会えていないから、涙はまだ流さないと決めていたけど、もうすでに泣きそうだ。沙也加本当にどこにいるんだ……

 僕は22時まで待った。それなのに沙也加は現れなかった。


「瀬戸君……そろそろ顔を上げて……終電まであと15分しかないよ」


「発車前まではここで待ってる……」


「せめて1分前にして」


「うん……」


「俺たちもあちこち探してみたけど、田尾らしき人は見かけなかったな……それよりも、竜也、綿菓子なんか買ってどうするんだ?」


「沙也加が好きだったから……持ってたら寄ってくるかなって……」


「そうだったんだな……なんか悪いな……」


「いいよ。僕だって子供らしいと思っているから……それも含めて可愛いところだと思っているから……」


 達川君は落ち着きがなくなり、トイレだと言って席を外した。


「沙也加来ないね……」


「そうだね……如月さんの言葉には期待していたんだけどな……」


「沙也加が来なかったら、その綿菓子私が貰っていい?」


 その言葉を聞きつけた達川君が津川さんの頭を軽く叩いた。


「いてっ」


「こら真琴! 縁起でもないこと言うなよ」


「もう。セットするのに時間かかったんだから、簡単に叩かないでよ」


「もう外すだけだからいいだろ」


「まあ、そうだけど、帰るまではこのままでいたいの」


 2人を見ていると羨ましい。僕も2人みたいに今日を迎えられたならどんなによかったことやら。


「いいよ。元々沙也加のために買ったものだから。僕は食べないし、沙也加が来なかったらあげるよ」


 津川さんは沙也加のように目を輝かせながら喜んでいた。


「やった! ありがとう」


「真琴! もう、竜也も甘やかさなくていいから」


「甘やかされてないし。廃棄されるのだったら貰うって言っただけだし」


「太るよ」


「うるさい」


 2人なりに僕を励ましてくれているんだろうけど、綿菓子の存在なんて今の僕にはどうでもよかった。刻一刻と時間は過ぎていっているのに沙也加は現れない。そっちの方がよっぽど気がかりだった。


「瀬戸君……電車が来たよ……発車まではまだ3分ある……待てる時間もあと2分だよ」


「うん……」


「来なかったら如月さんに問い詰めないとだね」


「うん……」


「まさかあの後如月さんが留学していたとはな。さすが如月さんだよ。逃げ足も早い」


「会う手段はないけど、碧ちゃんを巻き込めばなんとかなりそうだよね」


 僕にここに来るように言っていた張本人は、沙也加の実家が売りに出されてからすぐに、オーストラリアに留学していた。その事実を知ったのは、春休みが明けた頃だった。僕らも学校が始まった頃に、達川君が学校で如月さんについて嗅ぎ回っている時にそう言っていた人がいたらしい。達川君はそのことを先生に確認すると、「留学している」そう答えたらしい。津川さんがどれだけ連絡しても出ないわけだ。弥生も本当か嘘か、留学のことは聞かされていなかったようで、僕から伝えると目玉が飛び出そうなくらい驚いていた。僕らが如月さんに会える手段は完全に閉ざされていた。その山河内とか言う人も前回は全く協力はしてくれなかった。今更協力なんてしてくれるなんて思わない。多分沙也加とは2度と会えないんだ。


「瀬戸君……残念だけど、1分を切ったよ……もう……電車が行ってしまうよ……」


「……うん、そうだね……そろそろ腹を括らないとだね」


 結局、沙也加はこの場所には来なかった。

 僕は夕方から6時間待ったが、沙也加が姿を現すことはなかった。達川君に連れられて僕は電車に乗り込んだ。

 悲しみの海に1人放り込まれて、もがき方も泳ぎ方も何1つ知らないまま見えない光をただ探しているようだった。這い上がることはできずにただ沈んでいく、それしかできないと言うのに。


「竜也……大丈夫か……」

 

「うん……」


 2人の優しさに仇で返すような返事しかできていないけど、もう何にも考えたくなかった。


「今日俺のアパートに泊まるか?」


「ううん……大丈夫だよ……」


「全然大丈夫に見えないけど……」


「ゆっくり寝てから元気出すから大丈夫。あ、そう言えば、津川さんに綿菓子渡してなかったや。もう大分萎んでしまっているけど、こんなのでよかったらあげるよ」


「うん。萎んでいてもいいよ。ありがとう」


 買ってから3時間が経った萎んでしまった綿菓子を受け取り津川さんはそう言った。

 

「竜也……実家に帰るのなら車出すから乗ってけよ……」

 

「大丈夫だよ。駅から近いし」

 

「どこが! 駅からめっちゃ遠かっただろ。危ないから送っていく。今日はもうゆっくりしてくれ」

 

 達川君の厚意に甘えて実家まで送ってもらった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る