第29話

「久しぶりに走ったら疲れた……やっぱり自転車には敵わないな」


 息を切らして、ふらふらしながら小走りでやって来た津川さんは言った。後からやって来た津川さんは僕らが沙也加の姿を見ていないことをまだ知らない。


「津川さん……」


 僕がそう言ったと同時に達川君も話し出していて、僕は達川君に言う役を譲った。


「真琴……作戦は失敗した……俺たちは田尾に会っていない……」


 津川さんは、静かに俯いた。


「そっかー……沙也加には会えなかったんだね……そっかー……」


 津川さんは明らかに感情を押し殺していた。作戦の失敗を自分の責任しているようだった。

 そんな僕らの元へ、3日前に話を聞いた田所さんが現れた。


「あら、この間の子じゃない。こんなところでどうしたの?」


 これはまずい。見るからに不審者の僕が受け答えをすれば、田所さんの不信感が増す。津川さんはしんどいだろうけど、津川さん任せた。

 俯いている津川さんにアイコンタクトを送った。多分見ていない。達川君も考えだったようで、絶対に喋らないという顔を浮かべていた。


「あっ……田所さん……その節は大変お世話になりました。実は沙也加を見かけまして追いかけていたんですけど、結局逃げられてしまいまして……最近は沙也加たち見ていないですか?」


 さすが津川さんだ。まだ息が整っていないのに、受け答え完璧だ。しれっと、沙也加の動向を聞くあたり僕にはできない芸当だ。


「そうねえ……最近も見てないねえ。ずっとあんな感じだし、もうあの家にいないんじゃないかしらね。全くどうしちゃったのかしらねえ」


「そうでしたか……ありがとうございます。またちょくちょくこちらにお伺いします。その際はどうぞよろしくお願いします」


 田所さんは僕らの元から去り、目的だった買い物へ向かっていた。

 津川さんのあの一言は多分、田所さん経由で街に広がっていき、僕らが長時間滞在しても不審がられないようにするための布石。僕だったら思いつきもしないことだ。


「ちょっと車の中で休ませて……」

 

 そう言って津川さんは車の中に乗り込んで助手席で椅子を全開に倒して横になっていた。僕らも車に乗り込んで、達川君は移動させようとしていた。だが、津川さんがそれを拒んだ。


「待って……まだ動かさないで……今動かされたら吐く……」

 

 どんなに全力で走ったんだろうか。そんな津川さんを少しでも疑っていた僕を殴ってやりたい。津川さんは僕を裏切ってこっそり沙也加と会うなんてする人じゃない。本気で沙也加を探している。実家近くで待機している方が沙也加と話せる確率が高いのに、わざわざその機会を僕に譲ってまでしてくれた津川さんを疑うとか僕はダメな人間だな。これからは誰に何と言われようとも津川さんを支持しよう。それが多分、沙也加を見つける1番の近道になりそうだ。


「真琴さん……そろそろ大丈夫ですか?」


「もうちょっとだけ……普段から運動はしないとダメだな……いざとなった時使い物にならないな……」


 津川さんは自分を責めていた。言葉ではなく顔がそう物語っていた。今のところ1番活躍しているのは津川さんだというのに。

 気がつけば津川さんの言葉に反論していた。普段の僕だったら絶対にしなかったのに。


「そんな事ない……津川さんは1番動いててくれていた。沙也加が自転車に乗っていたのだから仕方ないよ。僕だったら、もっと追い込めていないと思う……だから、ありがとう……津川さんがいなければ、沙也加をもう2度と見ることなんてなかったよ」


 改めてこういうことを言うのは恥ずかしいな。津川さんの顔を真面に見られないや。


「まさか瀬戸くんに慰められるなんて。ありがとう。でも、お礼は沙也加が見つかってからにしてね。それに、瀬戸君はまだ沙也加を見てないでしょ」


「まあ、そうなんだけど……今日はなんだか沙也加の姿を一目見れた気分なんだ……」


「そんなので満足しないでよね。沙也加をちゃんと見つけるまでは共闘するんだから、もっとしっかりしてね」


「はい……」


 僕が頼りないから逆に怒られてしまった。


「晴翔。そろそろ行こうか。長居は無用だし。不審者になりかねないからね」


「そうだな。そろそろ行くか」


「あーあ、結局沙也加とは話せずじまいか。もっと、どうするか考えないとな」


「でも、これ以上にいい案なんてないと思うんだよね。あとは沙也加次第じゃないかな」


「そうだね。沙也加が自主的に出てきてくれるのを待つしかないよね」


 多分津川さんも気づいている。あれだけ拒絶をされたと言うことは、もう会う気は沙也加にはないんだと。


「早く沙也加に会いたいな……」


「そんなに感傷的にならないでよ。いつか必ず沙也加には会えるよ。今は前向きに考えよう。そうしないと、運気を逃すかもしれないよ」


「そうだね……」

 

 本当に前向きに考えておかないと、今日だって僕はずっと後ろ向きな考えしかしてなかった。そのせいで沙也加に会えなかった可能性だってある。もっと前向きに。沙也加には必ず会える。会って伝えたい言葉がたくさんある。その言葉を伝えるまでは僕は絶対に諦めない。沙也加がどんなに会いたくなくても、僕は沙也加に会いに行く。

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