第26話

「整理しないといけない情報がたくさんだね」


「肝心な沙也加の有力情報は少ししか得られなかったけど、沙也加にうんと近づいた気がするよ」


「このまま明日の作戦がうまくいけば良いけど……」


「そう言うことを言ってたら本当に失敗するぞ。真琴は真琴らしく堂々としていれば大丈夫だよ」


「ありがとう。晴翔もたまには良いこと言ってくれるじゃん」


「たまにはって……俺そんなに良いこと言ってないかな……」


「良いこと言ってても、あの部屋が全てを台無しにしてるからね」


「その節は本当に申し訳ありません……」


 確かにあの部屋の光景を見れば、どんなに良いことがあってもあの光景に記憶が上書きされる。


「昔のことはいいって。それよりも今はどうなの? 先に何か言っておくことない?」


 達川君は急に無口になった。と言うか、心ここに在らずという感じだった。俯いたまま車に乗り込み、津川さんと僕が車に乗り込んだのを確認して、エンジンをかける前に津川さんにこう言った。


「アパートに着いたら、10分だけ時間をください……」


 端から自白しているようなものだったけど、今明白に罪を認めた。


「いいよ。怒っているわけじゃないからね。ここ最近忙しかったから片付ける暇なんてなかったよね。手伝うから、とっとと終わらせよ」


「……ありがとう」


「お礼は片付け終わってからにして」


 津川さんはそう意気込んでいたけど、流石に疲労が溜まっていたのか車の中で眠ってしまっていた。


「真琴が車の中で眠るなんて久しぶりだよ」


「ここ数日忙しかったもんね。こっちに帰って来てからまだ3日しか経ってないなんて思えないもん。気持ち1週間くらい過ごした気分だよ」


「確かに。ここ数日だけ1日が24時間じゃなかった気がするな」


「倍でもなかったよね」


「60時間くらいが丁度じゃないかな」


「確かに。それくらいだね」


「……ついに明日だな」


「うん……」


「真琴にはああ言ったけど、実は俺もすごく不安なんだ」


「大丈夫。僕も同じだから。でも、同じくらい沙也加に会えると思っている。沙也加に会って言いたいことを言う。それまでは諦めきれないよ」


「……そうだな」


 達川君のアパートに着いても、津川さんは起きることなく眠ったままだった。それを好機と見た達川君は、津川さんを見張る役を僕に押し付け1人大慌てで部屋の片付けに向かった。


「晴翔は行ったの?」


 津川さんは起きていた。

 僕の背筋は一気に凍りついた。


「え? あ、う、うん……部屋の片付けに行ったよ……」


 いつから起きていたんだろう。聞かれて困る会話をして来たわけじゃないから別にいいけど。


「そう。もう、何で起こしてくれないのよ」


「ご、ごめん……達川君に言われて起こし辛くて……」


「違う違う。瀬戸君に言ってるんじゃないよ。晴翔に言っているんだよ。手伝うって言ったのに……」


 この2人が長続きしている秘訣って、一見すると達川君が尻に敷かれているように見えるけど、お互い対等な立場でどちらも優しいからなんだろうな。

 僕なんて完全に尻に敷かれていたからな。達川君が少し羨ましいよ。


「私、行ってくるね」


「あ、それだったら僕も……」


「いいよいいよ。片付け終わるまでここで待ってて。全ては晴翔が悪いんだから、瀬戸君に手伝わせるわけにはいかないよ。まあ時間がかかるかもしれないから、暇になりすぎたら上がってきて……」


 この時の僕はまだ達川君の凄さをわかっていなかった。

 さすがに2日で汚部屋になんてできないだろうと車の外で待っていると、どちらも部屋から一切出てこないのであった。さすがに寒くなって1人車に籠っていると、太陽は次第に傾き始め、空はオレンジ色に染まっていた。津川さんに徹底的に掃除をさせられているのだとしても、そろそろ寒さの方が限界を迎えた。

 僕は達川君のアパートの階段を登り、達川君の部屋の前まで来た。呼び鈴を鳴らすかノックにしようか悩んだけど、ノックして気づいてくれなかったら何だか寂しいから、邪魔かもしれないけど呼び鈴を鳴らした。

 扉が開いて隙間から顔を出したのは津川さんだった。


「もう終わるからどうぞ〜」


 開かれた扉から中に入ると、玄関のところに大きなゴミ袋が3つ。前に来た時にはなかったものが新たに作られていた。


「お、お疲れ様です……」


 咄嗟にそんな言葉を口にしてしまっていた。


「全然、大丈夫だよ」


 そう言った津川さんとは裏腹に達川君は一気に老けているように疲れていた。


「さ、さあ作戦会議といこう……」


「作戦会議もしたいけど、その前に今日の情報の整理だね」


「情報量が多すぎてうまく纏められなそうだから、津川さんに役をお譲りします」


 津川さんはため息を吐きしらけた目でこちらを見ていた。


「まあいいよ。どっちにしろ私がまとめ役をするつもりだったから」


 せめてもの感謝を込めて、僕は無言でお辞儀をした。


「それじゃあ瀬戸君今日得られた情報を自分の解釈で話してみて」


「えーっと確か、初めは警察署に行って、行方不明者届は出せなくて、警察の人に案内されるがままに弥生のところに行って、弥生が運営している施設に沙也加の妹がいて、如月さんから沙也加と妹について話を聞けた。ってところかな」


「あったことを箇条書きにしているようなもんじゃん」


「ごめん、まだ頭がついていってない」


 正直に言えば「自分の解釈で」その言葉に躊躇って言う気になれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る