第25話

「大丈夫ですよ。慣れてますから」


 如月さんがそう言った後、僕は初めて津川さんの舌打ちを聞いた。


「取り乱してしまったけど、最後にもう1つ質問いい?」


「どうぞ」


「夏希ちゃんは沙也加に逃がされたってどう言うことなの? クエーサーが何か関連しているの?」


「質問が2つありますよ。どちらにもお答えしますが。ではまず1つ目ですが、私も理由はわからないのですよ。私がそう思う理由としては暴力行為ですよ。あの姉妹は仲がいいと近所でも評判でした。私は田尾さんがどんなに重いストレスを感じたとしても、妹に暴力を振るうとは思えないのですよ。仲のいい妹に単に出て行けと言っても、そう簡単には出ていってくれないでしょうから、逆に暴力を振るってまでどうしても実家から離れて欲しかった。私はそう考えたわけですよ」


 如月さんの言葉には説得力があった。逃す理由はわからずとも、それなら沙也加が妹に暴食を振った話の辻褄が合う。

 津川さんも何も言わずに俯いて考え事をしていた。如月さんは、持参したお茶を1杯飲み、話を続けた。


「それで今度はクエーサーの話ですが、私もクエーサーが何らかの形で関わっていることは明白だと思います。知り合いに探偵をしている方がいるのですが、その方に調査を依頼しましたら、クエーサーの代表である相澤大葉と田尾沙也加さんの父親である田尾裕也さんは大学時代の同級生だと言うことがわかりました。生前は宗教に関わっていなかったとしても、母親は面識があって何らかの話をしていると思っています」


 津川さんも達川君も俯いて考え事をしていたけど、この2人はこの違和感に気づいていないのだろうか。それとも初めからそのことを知っていたのだろうか。


「あ、あの……き、如月さん……初めまして、沙也加……田尾沙也加の彼氏だった瀬戸竜也と言います……あの、僕からも1つ質問いいですか?」


「どうぞ」


「生前ってどう言うことですか? だ、誰か死んだのですか?」


 如月さんは、あからさまに焦った表情を浮かべていた。だが、その表情は一瞬のうちしか見せず、すぐさま真顔と呼ぶに相応しい、感情の乗っていない顔に戻っていた。


「ただの空論ですよ。全ては私の想像の域を出ていないのです。すみませんが、もうそろそろ時間なのでこの辺で失礼させていただきます。弥生もお疲れ。私は先に戻るから」


 如月さんは焦っているのか、早口でそう言いながら立ち上がって1人、部屋から出ていった。


「おーそうか。わかった。如月もお疲れ様」


 如月さんがあまりにも早くこの部屋を後にするものだから、弥生も声を張ってその言葉を伝えていた。

 如月さんのあの態度は、何かあって逃げたに違いない。僕らに言えない何かを隠している。僕が「誰かが死んだのですか?」と訊いてから焦っていた様子から察するに、本当に誰かが死んでいる。如月さんの言葉を思い出そう。

 クエーサーの代表である相澤何とかさんと沙也加の父親である田尾裕也さんは大学時代の同級生だったと。その後に生前は関わりがなくても……

 如月さんはそう言っていた。

 そうすると、亡くなったのは沙也加の父親ということになる。仮に沙也加の父親が亡くなっているのだとして、如月さんがそれを僕らに隠す理由がわからない。それが原因だったとしても、沙也加が音信不通になる理由もわからない。沙也加がどうしても僕に言いたくなくて隠しているのだとしても、如月さんよりも仲がいい津川さんに言わないか。確かに僕と津川さんは同じ大学だったが、面識がなく沙也加が音信不通になるまで僕は顔も知らなかったし、話すらしたことがなかった。それに、津川さんは口も硬そうだし、沙也加から「言わないで」と一言伝えていれば津川さんは僕に言うこともなかったと思う。沙也加の実家の場所を知らない僕には、たとえ地元に帰っていたとしても沙也加の父親が亡くなったという情報を仕入れることが不可能だ。本気で父親の死を隠したいのであれば、ポーカーフェイスを演じる方がはるかに隠し通せると思う。つくづく駄目な彼氏だと思うが、僕は沙也加のそんな変化に気がつかないと思う。それは、多分沙也加もわかっている。そうなると尚更にわからない。何で沙也加は音信不通になったんだ。妹の件もある。妹は必要じゃないから出て行かされた。違うな。如月さんは逃がされたと言った。実家から遠ざけさせるために、沙也加が妹に暴力を振るったと。何のために? 沙也加が何かを成し遂げようとしていることはわかっても、肝心なその何かがわからないままじゃ何も進展がないのと同じ。だが、今ある情報ではここまでが限界だ。沙也加が成し遂げよとしている目的さえわかれば、全容が解明される。一体沙也加は何をしようとしているんだ。何で沙也加は僕らに何の相談もしなかったんだ。僕らは不要だったのか。僕は……もういらないのか……


「瀬戸君? 大丈夫?」


 考え事をしすぎて周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。


「ごめん……ちょっと、考え事をしていた……」


「あんまり思い詰めないでよ。そうだ、この後時間があるなら、また晴翔のアパートで話し合いでもしない?」


「え⁉︎ 何で俺のアパート?」


「何。駄目なの?」


「いや〜駄目じゃ……ないけど……」


「何? 何かあるならはっきり言ってよね」


「いや……すみません……何もありません。ご自由にお使いください」


「よしっ!」


「あはは。2人は仲が良いんだな」


 この様子を見て仲が良いと言うのは皮肉染みているな。さすが弥生だ。

 達川君のこの態度を見るに、また部屋でも汚しているんだろう。僕でも何となく察してしまうくらいだから、津川さんが察していないわけがない。津川さんも人が悪いな。


「弥生。そう言うことだから、僕らもこの辺で失礼させてもらうよ」


「ああ。時間は有意義に使えたか?」


「うん。おかげさまで。お茶もありがとう」


「いいってことよ。同級生だろ」


「ありがとう。また何か進展があったら連絡するよ。弥生も何か情報を得られたら教えて」


「わかっているよ。またな」


 こうして僕らは弥生の運営するユーハウスを後にした。

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