第23話

「あの、私も質問いい?」


「答えられる限りならね」


「弥生さんはどうして不受理届を出す必要があったの? ここにも来ていないと言うのなら、出さなくてもよかったのでは?」


「うーん。詳しいことは話せないけど、初めは調査のためだったんだ。遠方に住んでいる姉からの暴力なんて、あり得ないと思っていたからね。調査結果次第では、取り下げるつもりで出したんだ。でも家に訪問しても居留守を使われて、思うように調査は進まなかった。そんな矢先、夏希ちゃんの行方不明者届が出された。それも警察幹部の名前で。私がここにも来ていないと言ったのは、それが理由だ。警察の幹部が、ここにいるという情報を知らないわけがないだろ。警察幹部に知り合いがいるのなら、ここにいる情報なんてとっくに知っているはずだ。それなのに何故か誰も来ないのだよ」


 確かに。警察署でもそんな話を聞かされた。所轄の下っ端だと自虐していた山根さんでも弥生の元に妹がいることを知っていた。それを幹部の人間が知らないわけがない。 


「私の協力者の警察官も上司には報告していたし、単なる知り合いなら、その幹部から情報を教えてもらってここに来てもおかしくない。何故それをしないのか。それはここに来られない理由があるから」

 

「それってどんな……」

 

「それは私にもわからない。でも他に来ない理由がないだろ……」

 

 ここでも沙也加の情報は得られなかった。もう沙也加と連絡を取れる人が1人もいない。山根さんもこれ以上の詮索はしない方がいいと言っていた。本当にその通りかもしれない。僕らはもう捜索を諦めて……津川さんの顔を見ればそんな考えはどこかへ消える。津川さんは本気なんだ。僕も本気で探さないと、津川さんに顔向ができないな。

 

「弥生?」

 

「何かな?」


「僕からも質問いい?」


「答えられる範囲なら答えてやるぞ」


「弥生は宗教法人クエーサーについてどう思う?」


 弥生は顔を曇らせた。

 これはもしかして言ってはいけないことだったのだろうか。

 

「どうと言われてもな……悪いが私は新興宗教には興味はない。彼らが何をしようが私はちっとも興味はない」

 

 弥生が言葉に詰まった。言葉に詰まる前は簡単な言葉しか使わない。これは何かを隠している時の合図。さっきのも多分、弥生は沙也加たちが妹をここに迎えに来ない、本当の理由を知っている。迎えに来ない理由が話せないのは施設も関わることだから言えないのだろう。だが、クエーサーについては隠すようなことはないだろう。

 

「僕らは3人ともクエーサーの信者じゃないよ。それでも話せない?」

 

「ちょ、瀬戸くん⁉︎ 何言っているの?」

 

 津川さんは驚いていた。それも当然か。弥生を攻めるようなことを言って、強引にでも話を聞き出そうとしているんだから。

 

「フッ……瀬戸も少しは成長したのか。いや、彼女のためか?」

 

「そんなのどちらでもいいだろ」

 

「そうだな……私もまだまだと言うことか。やはり癖はそう簡単には治せないな」

 

「それで、弥生は何を知っている?」

 

「その前に1つ聞いてもいいか?」

 

「うん」

 

「何故、今回の件に宗教法人クエーサーが関与していると考えている?」

 

「どうせ隠していても無駄だと思うから話すけど、端的に言えば警察署で聞いた。それで担当してくれた人が、僕らが思っている以上に大きな問題だと言っていたから、何か関わりがあると思っているだけ。僕らはそれ以上は知らない。弥生も話したくないならもう無理には訊かないよ」

 

 弥生は大きなため息をついた。

 

「あいつか……まあ、いい。全ては話せない。それでもいいいか?」

 

「うん。弥生が話せる範囲でいい」

 

「詳しくは聞いていないけど、クエーサーは夏希ちゃんを探している。私の友人によると夏希ちゃんは姉によって逃がされたらしい。だから、夏希ちゃんを初めに保護した友人は、ここへ保護を依頼してきたんだ。知っていることはざっとこれくらいだ」

 

「逃がされたって言うのは、どう言うことなの?」

 

「さあな。お互いそこは関与しない約束だからな。何ならこの場に張本人を呼ぼうか?」

 

 張本人。つまりは沙也加の妹を1番最初に見つけて保護した人物。今1番さやかのことを知っているかもしれない人物。話を訊けるなら聞きたい。

 

「弥生。その人呼んでもらってもいい?」

 

「ああ、もちろん。今から呼ぶよ」

 

 弥生がスマホを取り出して、3人でそれに注視していると、後ろである扉が勝手に開いた。

 

「『今から呼ぶよ』じゃないでしょ。初めからひとを呼んでおいて。こっちはいい迷惑だよ、弥生」

 

 その声に反応して皆で扉の方を見る。津川さんと達川君は、登場した人物を見て開いた口が塞がらないようだ。

 

「き、如月さん!」

 

 津川さんがそう言って、僕も多分口が閉まっていなかったと思う。

 

「何だ知り合いか」

 

「お久しぶりです。津川真琴さん。達川晴翔さん。高校卒業以来ですね」

 

 この人が如月さん。沙也加と同じ学部で同じ高校だった人。

 何だか前にもこんなことがあった気がする。そうだ。津川さんと初めて会った日もこんなふうに突然津川さんが現れたんだった。

 そんなふうに如月さんを見つめていると、如月さんは僕に笑顔を向けた。そしてこう言った。

 

「そう言う視線には慣れていますが、止めてもらえると嬉しいです」

 

「あ、すみません……」

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