第21話

「有益じゃないと判断した場合、すぐにでも帰りますよ。それでもよければ、話の1つや2つ聞いてやりますよ」

 

 感情的になっているのかと思っていたけど、案外落ち着いているのかな。情報が足りない僕らにとっては、どんな情報でもいいから一度は聞いておきたいからな。

 

「ありがとうございます。少し私の昔話をしますね。私の父、山根正志は現在も弁護士をしています。母が言うには、仕事一筋で家事もできないけど、家族思いの方だったそうです。私もそんな父のもとで育ったので、母の言う家族思いはよくわかります。そんな父が、ある時裁判に負けて私たち家族まで誹謗中傷を受けるようになったのです。父は母のことを思ってか、離婚を申し出ました。それは私が6歳の頃でした。ですが、母はそれを拒みました。結局離婚はしましたが、母はそのことを気に病み精神がおかしくなりました。そんな母を見て父は何かをしなければと、宗教にのめり込むようになりました。私はそんな父を連れ戻したくて、警察官になりました。警察官になればクエーサーの闇でも暴けるんではないかと思いまして。なので、疑っているようですが、私はクエーサーの信者ではありません。これ以上の証明は私にはできませんが、信じていただけると幸いです」

 

「それで話は終わりですか?」

 

 この話を聞いて涙を流しそうになったのは僕だけだったようだ。

 

「まだあります」

 

「では早く続きをお願いします」

 

「ありがとうございます。話は変わりますが、秋田三郎登久島県警警察本部生活安全部地域課長は、あなた方からすれば大学の准教授のような人。秋田地域課長が行方不明者届を受理したのは、言わば准教授が生徒に出された課題を代わりにしているようなものなのです」

 

「それってずるということですか?」

 

「捉え方によってはそうなります。警察はまだまだ縦社会です。私たちにそれを指摘することはできません。上の組織は案外腐っているのかもしれません。あなたたちにそれを告発しろとも言いません。危険なことからあなた方の身を守るのが私たちの使命です。ですから、これ以上は踏み込まない方がいいのです。この話も外部に漏らせば危険が伴うのはあなた方なのです。口外はしないようにお願いします。最後にこちらの紙をご覧ください」

 

 またまた黒いクリアファイルから1枚の紙を取り出した。

 

「これは?」

 

「瀬戸さんは弥生さんのお知り合いなんですよね。詳しいことは話せませんが、弥生さんが運営をしている児童養護施設です。弥生さんに今回の件をお伝えください。これは可能性の話ですが、何か変わるかもしれません」

 

 弥生の運営している施設の住所や連絡先が書いてある1枚の紙を受け取り、僕らは警察署を後にした。

 

「これを私たちに渡したってことは、ここにいけってことだよね」

 

「弥生に今回の件を話せって言ってたね」

 

「することもないし、行ってもいいんじゃないか。どうせ運転するの俺だし」

 

「それもそうだね。夏希ちゃんがいるのなら会ってみたいし。彼女は唯一の頼みの綱だから」

 

 沙也加の現状を唯一知っているのが妹。話を聞けるのなら、沙也加が今どこにいるのか知っている可能性がある。山根さんの伝言も預かっているし、行かなないという選択肢はないのか。

 

「亜難市か。ここからだと少し遠いね」

 

「大丈夫だよ。行ったことないけど、何とかなるよ」

 

 我が県は県庁所在地を中心に、上、下、西、の大きく3つの生活圏に分かれている。それぞれの生活圏に割と大きめなショッピングセンターがあるからその生活圏から出ることはほとんどない。逆に、違う生活圏に足を踏み入れることもほとんどない。僕ら3人も実家は上と西。下の生活圏には行ったことがなかった。

 

「今回はナビ必須だね」

 

「未知の領域に足を踏み入れるからな」

 

「そんな未開の土地みたいなものじゃないでしょ。私たちが過ごした街よりもはるかに発展しているんでしょ」

 

「らしいよな。実際に見たことないから知らないけど」

 

 こんなくだらない会話を続けながら車を走らせること40分。弥生が運営する児童養護施設であろう建物に到着した。

 

「どう言って入ればいいのかな?」

 

 僕らの頼みの綱である津川さんまでも緊張していた。それでも先頭は歩いてくれた。

 建物の中に入るとすぐに事務室のような部屋が現れた。

 

「どうかしましたか?」

 

 デスクで作業をしていたであろう女性が僕らの元やってきた。

 

「あ、あの、弥生さんはおられますか?」

 

「失礼ですが、約束などありますか?」

 

「いえ、ありません……」

 

「わかりました。少々お待ちください」

 

 そう言って、さっきまで作業していたデスクに戻ってパソコンを操作していた。

 3分くらいしてまた僕たちの元へやってきた。

 

「すみません。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「あ、はい……瀬戸君……」

 

 ああ、そうか。弥生の元クラスメイトは僕だけだ。僕の名前を出した方がいいのか。

 

「あの……瀬戸竜也です。瀬戸大橋の瀬戸に恐竜の竜と地球の地の土編を除いたやつです」

 

「ありがとうございます。わかりました。そうお伝えします」

 

 またまた女性はデスクに戻った。

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