第20話

「そうだよね……沙也加が虐待……何かの間違いだよね……」

 

「僕もそう信じたいけど……」

 

「田所さんの話と合致する部分があるってことか」

 

 こう言う言いづらいことをいとも容易く言えるのは達川君の強みだ。

 

「田所さんの話が本当に夏希ちゃんだった場合、沙也加か沙也加のお母さんが虐待をしていたと言うことになるんだね。私は沙也加を信じたいけど、瀬戸君的にはどう思う?」

 

 僕はどっちを信じるべきなのあろうか。彼女である沙也加は、いつも優しくて時々わがままで、僕のことをいつも気遣ってくれていた。沙也加が妹を虐待していたなんて信じられない。弥生は3年間同じクラスだったけど、そこまで親しくした覚えはない。正義感が強くて真面目に授業を受けないやつは弥生によく怒られていた。おかげで勉強が捗って今の大学に受かったんだよな。いじめも自ら止めて、男子数人がかりが相手でも弥生が勝ったって噂まであるくらいだ。必然的にいじめはなくなった。そんな弥生が嘘をつくなんてあり得ない。

 

「どっちも信じたい……」

 

「そうだよね……ごめん。変な質問した」

 

 できるなら、言えるのなら、沙也加を信じたいと言いたい。だけど、妹の存在を僕に話したがらないところとか、不仲だった可能性もあるかもしれない。

 

「……津川さんって、沙也加の妹とも仲良かったの?」

 

「うん、まあ……仲良かったと言えるほどでもないけど、会ったら世間話くらいはしていたよ」

 

「沙也加と妹は仲良かったの?」

 

「うん。一言じゃ言い切れないくらい仲良しだったよ」

 

「それじゃあ、津川さんも沙也加が虐待をしていたなんて……」

 

「うん。あり得ないと思っている。沙也加のお母さんも、すごく優しい人で虐待をしているなんて信じられない。何かの間違いであって欲しいって私も思っているよ」

 

「じゃあ、俺らは田尾を信じるってことでいいんじゃないか? 弥生とか言う人の勘違いだと今は思っておこう」

 

「そうだね」

 

「うん……」

 

 津川さんと達川君には悪いけど、弥生がそんな勘違いをするとは思えない。何か別の理由があるんだと思う。沙也加の妹を家族と引き離さないといけない理由が。施設に入れてまで離さないといけない理由が。

 多分これは、凡人の僕にはわからないことなんだろう。

 僕らは取調室で沈黙しそうになっていたが、数分前にここを出ていった受け付けてくれた女性が戻ってきた。

 

「すみません。お待たせしました」

 

 僕が弥生の名前を出してから出ていったと言うことは、弥生に関する何らかの情報を持ってきたと言うこと。

 

「瀬戸さんは弥生さんをご存知なんですね」

 

 知っているも何も高校の時ずっと同じクラスだったからな。

 

「はい。それがどうかしました?」

 

「この資料。本当は一般の方への開示は許されていません。ですが、瀬戸さん。あなたが弥生さんの知り合いというのならと、課長の許可を得ました。こちらの2枚の紙をご覧ください。右手にあるのが田尾沙也加さんの行方不明者届不受理届になります。左手にあるのが沙也加さんが出した妹さんの行方不明者届です。何も知らなければ一見問題点なんてないと思います。ここからは警察の内部事情になりますが、沙也加さんが提出した夏希さんへの行方不明者届を受理しているのは、県警本部の人間なのです。こう言われてもわかりませんよね。みなさん所轄という言葉は聞いたことがありますか?」

 

「はい、刑事ドラマなんかでよく出てきます」

 

「所轄と言うのは所謂この場所で、ここに勤務している警察官は皆、所轄勤務になります。何か問題があった時もまずは所轄が動くんです。重要事件や所轄では手に追えない事件が、本部も交えての合同捜査になったりします。つまりは、まず本部の人間が動くことなど普通ではあり得ないのです。それと、沙也加さんの行方不明者届不受理届の代理人弁護士である山根正志は私の実の父なのです」

 

「それって、何かまずいことですか?」

 

「津川さんは宗教法人クエーサーを知っていますか?」

 

「は、はい。コマーシャルなんかで見たことあります」

 

「父はそのクエーサーの信者なのです……この問題はみなさんが思っているより大きな問題のようです。これ以上は関わらない方がいいかもしれません」

 

「それってつまり沙也加を諦めろってことですか!」

 

 津川さんはまた熱くなっていた。突然立ち上がり、達川君が暴れないように背後から押さえつけていた。

 

「諦めろとは言いません。ですが、私は警察官です。あなた方を守る義務が私にはあります。はっきり言います。これ以上の詮索は危険です。詮索は今日で終わりにしてください」

 

 津川さんはやっと落ち着いたのか、右手に強く拳を握りながら椅子に座った。

 

「つまり、あなたも信者で、私たちから沙也加を離すために今いると言うことですね。それだったら、もう話しなんてありません。有益情報ありがとうございました」

 

 津川さんは早々に切り上げようとしていた。

 僕も達川君も一応止めるが、明確な根拠はないから言葉に詰まっていた。

 

「津川さん。少し私の話を聞いてくれませんか?」

 

 今1番話しかけてはならない人が津川さんに話しかけた。

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