第19話

「大勢の前でできない話なので場所を移ってもらいましたが、小さい警察署なので込み入った話ができるのがここくらいしかなくて。すみません。ですが安心してください。逮捕したりしないので」

 

 そう言われても安心なんてできない僕だった。

 

「それで、ここからが本題なのですが……本当はこんなことを言ってはいけないので場所を移ってもらったのですが……単刀直入に言いますと、行方不明者届の方は受理します。ですが、見つかったとしてもあなた方に連絡はいきません」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「一般的には行方不明者届不受理届なんて呼ばれています。それが出されています。彼氏さんの名前で……」

 

「それが出されていればどうなるのですか?」

 

「行方不明者届不受理届が出されていると、もし見つかったとしても、彼氏さんに連絡がいくことはありません。行方不明者届も形だけは受理しますが、警察のネットワークに登録されることもなく、廃棄と何ら変わらない扱いになります」

 

 つまり沙也加は、行方不明者届不受理届を事前に警察に提出していて、僕らが探しているのを妨害しているということか。前にも話したと思うが、沙也加はそこまで頭の回る人間じゃない。行方不明者届不受理届なんて僕でも聞いたことのないものを、沙也加知っているとは思えない。津川さんも知らなさそうだし、沙也加の裏に沙也加を動かしている誰かがいる。その誰かが、沙也加を手助けしながら僕らの捜索を阻んでいる。それは、親友だと言っていた津川さんでもない。だが、それ以上に親しい人なんて存在するのか。僕や津川さんより親しい人が。考えれるのは親族。親友や彼氏の僕では知り得ない情報だ。せっかく沙也加に近づけたと思ったのに、また離れていっているようだった。

 

「行方不明者届不受理届ってそう簡単に出せるものなのですか?」

 

「そう簡単に出せるものではありません。虐待やストーカーと言った命の危機があるような行為が見られた場合に警察に提出できるものです。書類も警察ではなく、市役所でもらうものなので認定されるまでに時間がかかるし、手続きが面倒なので一般人が特に理由もなく出すことは不可能です」

 

「それって、つまり瀬戸君が沙也加に暴力かストーカーをしていたってことですか?」

 

 津川さんに睨まれるような視線を向けられた。だが、断じて違う。僕はそんなこと1度もしたことはない。そんなことをする時間の余裕がまずない。

 

「提出されている行方不明者届不受理届にはそう書かれています。ストーカー行為があったと」

 

「そんな……瀬戸君はそんなことしてません! それに彼は……」

 

 熱くなった津川さんを落ち着かせるために、受け付けてくれた女性は津川さんの言葉に被せた。

 

「わかっています。瀬戸さんは口真大学なのですよね。場所を考えるとストーカーをできる距離ではありません。だからこうして、本来は話してはならないことをお話しいています。それに瀬戸さんが見せてくれた写真の彼女は、どれも本当に楽しそうで暴力行為があったとは思えませんでした。ですが、申し訳ありません。田尾沙也加さんについて話せることはここまでなのです」

 

 受け付けてくれた女性の顔を見るに相当無理をしているようだった。

 

「どの行為がストーカーに認定されてたとかは聞いたらダメですか?」

 

「すみません。それは我々の専門外なのでお答えすることはできません」

 

「そうですか……」

 

「それと、これは機密情報なのでまず初めに約束してください。ここで知り得た情報は誰にも話さないと……」

 

 津川さんが無言で頷いたから、僕も達川君もそれに倣って無言で頷いた。受け付けてくれた女性は、黒いクリアファイルから2枚の紙を取り出した。

 

「田尾沙也加さんの妹さんについては何か聞いていませんか?」

 

「いえ、特には……ただ、沙也加の実家近くで聞き込みをしている時に、平日の昼間に見かけたかもって話だけは聞きました」

 

 沙也加の妹。僕は会ったことがなく、どんな子か知らない。沙也加も妹の話はあまり話したがらなくて、ほとんど聞いたことがない。

 

「沙也加さんの妹さんの夏希さんですが、同じく行方不明者届不受理届が出されているんです。受理の理由としては、姉と母親からの虐待があると。今は施設の方でいるようです」

 

 施設。僕は訳ありの人間を片っ端から拾い集めている団体を1つだけ知っている。

 

「それってもしかして、ユーハウスですか? 弥生柚乃が関わっていますか?」

 

 受け付けてくれた女性の顔は固まっていた。どうやら弥生で正解らしい。

 

「少しだけ席を外してもいいですか?」

 

「あ、はい……」

 

 受け付けてくれた女性は、取調室から早足で出ていきとても慌てているようだった。

 

「ちょっと瀬戸君? ユーハウスって? 弥生柚乃って誰?」

 

 関係がなければ聞きもしない名前だ、知らなくて当然。

 

「僕の高校の時の同級生なんだ。生意気なガキのようなやつなんだけど、昔から優しいやつだった。正義感もとても強くて、弥生の周りではいじめなんて見たこともないよ。そいつが高校を卒業してから児童養護施設に就職したんだ。実に弥生らしいと思ったよ。噂によればその弥生が1年で施設長になったらしい。1年で出世なんてできるわけないから、おかしいとは思っていたんだ」

 

「その弥生さんに保護されたのなら夏希ちゃんも安心だね」

 

「うん、弥生はいいやつだから。でも……」

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