第16話

「どうしてないと?」

 

「沙也加ちゃんの下の階に住んでいるニートの我妻君が、何も見ていないって言ってたから。物音もほとんど聞こえなかったって言っていたよ。我妻君が夜から仕事し始めるのは、沙也加ちゃんも知っていたから、煩くしないように夜に片付けをしていたのかもね」

 

 なおさんこんな日に二日酔いになっているから、碌な人ではないと思っていたけど、結構しっかりと動いてくれていたんだな。

 

「じゃあ。沙也加は最低限の荷物だけを実家に持って帰っている。アパートを解約したとか個人情報だから集められないよね。なおさん、市役所勤務だから何とかならないですか?」

 

「最近の子は恐ろしいな。私に犯罪をしてこいと」

 

「あ、いや…そういうことじゃなくてですね……」

 

「嘘、嘘。私もできるもんならそうしようかと思っていたけどね。流石に部署が違いすぎるからできなかったよ」

 

「そうですか……」

 

「そういえば、君たち警察には行った?」

 

 津川さんは僕の方を見ていた。

 これは僕が答えろということか。

 

「いえ、まだです……と言うか、行方不明者届って僕らでも出せるのですか?」

 

「うん。彼女たちは無理だろうけど、君なら可能性はあるよ。前に私にしたようにその写真が何よりも証拠になると思うよ」

 

「ありがとうございます! 明日、早速行ってみます」

 

 横入りしてきた津川さんにセリフを取られた。まあ、津川さん以上のことは言えなかったからこれでいいけど。

 行方不明者届を出せるという情報はとても有益だ。出せれば沙也加に近づく。

 

「沙也加ちゃんの場合は一般家出人だから、探してはくれないだろうけど、見つかれば教えてくれるから……」

 

「警察はどこまで探してくれるのですか?」

 

「探さないよ。警察が動くのは事件性のあることだけ。今回のように自分の意思で出ていった人は基本的には探さない」

 

「沙也加は私たちの前から突然いなくなってます。それでもダメですか?」

 

「君たちにはこんなことは言いたくないけど、無理だよ。だって、沙也加ちゃんは私の元にやって来たから。引っ越しをするって言いに来たから。自分の意思で出て行ったと受け取られるよ。でも、行方不明者届は出して損はないし出しておくべきだよ」

 

「そうなんですね……ありがとうございます……長居しちゃ迷惑ですし、この辺でお暇させていただきます」

 

「うん。こっちも仕事ついでに探すのはやめないでおくよ。何かあったら、沙也加ちゃんの彼氏君に連絡する」

 

「ありがとうございます……あ、そうだ、初めに渡しそびれていたんですけど、手土産です。食べてください」

 

「そんな、いいのに……ありがとうね。もしかして手作り?」

 

「はい、お菓子作り好きなので」

 

「かわいいね〜。彼氏が羨ましいよ。私もいつかそれくらいできる彼氏を見つけてやるよ」

 

「自分がするんじゃないんですね」

 

「私不器用だから、そんなことできないの」

 

「そ、そうなんですね。お話ありがとうございました。失礼します……」

 

 僕らは、なおさんの部屋を後にした。

 達川君の車に乗り込み、小さなフードコートがあるスーパーで昼食をとった。

 フードコートと言ってもテーブルが5個くらいしかない本当に小さなフードコートだ。何の用もなくこんな小さなフードコートでは昼食は取らない。そうここは、沙也加の実家から3番目に近いスーパー。日曜日だから人は多いだろうけど、来る可能性だってある。たとえ可能性が低くても時間は有意義に使う。それが津川さんの方針だ。

 

「さすが日曜日。こんな田舎のスーパーでも結構人がいるんだね。驚きだ」

 

「地元なのにひどい言いようだな。でも、これだけ人がいればこの時間は来ないだろうな」

 

「夜まで張ってみる?」

 

「それは暇だから勘弁」

 

「沙也加を見つけるためなんだよ」

 

「それを言われちゃ何も言い返せないよ」

 

「じゃあ、時間を潰すついでにここで作戦会議でもしようか」

 

 こんな人気の多い場所で作戦会議なんてして大丈夫なのか。初めは疑問に思ったが、辺りを見渡せばその疑問は晴れた。なぜなら、ここのフードコート僕ら以外に人はいない。

 

「作戦会議って何についての?」

 

「沙也加の追い込み漁だよ。夜にしか動けなくする作戦」

 

「それ思ったけど、昼にしか動けなくするのはダメなの?」

 

「チッチッチ。甘いね瀬戸君は。夜に動いてもらわないと私たちが不審者だからね」

 

 そうか。もし、さやかに遭遇した場合、沙也加が叫べば僕らは不審者に認定される。最悪の場合は夜も昼と同じことになりかねないけど、夜に散歩している人や自転車に乗っている人は少ない。車を運転している人は窓を開けていない限り叫んでも声は気づかない。夜の方が僕らが動きやすいと言うことだ。ただ欠点もある。僕らはこの場所の土地勘がない。暗闇を逃げられたら追えない可能性が高い。1度逃げられたのなら次はもっと慎重に動くはず。そうなれば沙也加を捕まえることが今より困難になる。と言うことは、チャンスは数回。この1週間で片がつきそうだ。

 

「それでさ。瀬戸君の役割を昨日ずっと考えていたんだけどね、沙也加の家の前でずっと待っておくってのはどう?」

 

 それはつまり僕に不審者になれと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る