第15話
「でもね。ちょっと様子が変だったんだよ。ドアノブに手をかけて、そのまま固まっていたんだよ。声をかけたら、これから学校に行くって言うもんだから下まで一緒に降りて、そこからは別々に動いたの。その日の夜だったかな。仕事が長引いていつもより遅く帰ってきたの。だから、晩酌も遅くなって、夜中の1時くらいに寝たんだ。これはいつもの私のルーティンだけど、呑んだあとはベランダで風に当たるようにしているの。その時に沙也加ちゃんの部屋の電気がついていたんだよ。普段は夜中についていることなんてないのに」
「あの、それ本当に夜中だったんですか?」
津川さんはまた質問を入れる。
「うん。だって、12時半以降になったら電気が消える居酒屋の電気が消えていたから」
「そのお店が定休日だった可能性はないですか?」
「それはないね。だって私は常連客だから。定休日は間違えないよ」
定休日は間違えなくても、この人が日付を間違えている可能性もあるなと。多分、僕らは同じことを考えていた。
それを察したのか、なおさんはこう言った。
「私、市役所で勤務しているんだ。だから日付とか曜日には自信があるんだ。職場で見たくないくらい日付見ているからね」
何か仕事の闇があるのだろうけど、今はそっとしておこう。
「じゃあ、23日の沙也加はどうでした?」
「23日の沙也加ちゃんね。悪いんだけど、朝は早出勤だったから見てないんだよね。夕方に先に帰ってきたけど、沙也加ちゃんはいたのかいなかったのやら。そうだ! その日も1時くらいまで呑んでいて、1時半ごろかなベランダに出た時沙也加ちゃんの部屋の電気がついていたんだよね。物音もしてて、まさか引っ越すとわ……」
酔っている人に思い出話をしてはいけないと言うことを、今日僕らは学んだ。
大粒の涙を流すなおさんを津川さんが慰め、代わりに僕が水を入れに行き、達川君はなおさんに言われたカステラを探しに流し台の下を探していた。
「ごめんねみんな。歳取るとこうなるから、みんなは気をつけてね」
何とか泣き止んだが、お酒というものの怖さを改めて実感した。
何がなんでもこうはなりたくないと思った。
「なおさん。話の続きいいですか?」
「うん。本当にごめんね。引っ越して行った時の話だけど、24日の朝8時ごろ。出勤前に沙也加ちゃんにたまたま会って、引っ越すからとお煎餅を渡されたんだ。食べ終えたら一生会えない気がして最後の3枚が食べれてないんだよ。その時なんだけどね、沙也加ちゃん、見たこともない車に乗り込んでいたんだ。お母さんの車は若葉色の可愛い形をした車でしょ。その日見たのは白いセダンの車だったの」
「沙也加のお父さんの車ってことはないですか?」
「ううん。車を変えたのかもしれないけど、前は黒いミニバンに乗っていたから。知らない車だなって」
津川さんもそうみたいだが、僕も沙也加の親の車なんて見たとしても碌に覚えていない。昨日行った沙也加の実家にも、そんな車はなかった。沙也加は、もう実家にはいない可能性が余計に出てきた。
津川さんもその可能性を察したのか、俯いて考え込んでいた。
「あの、ほぼ部外者の俺がこんなことを言うのも何ですが、車に乗り込むのを見た時に誰が運転していたとか見てないですか?」
「うっすらとは見たけど、沙也加ちゃんのお父さんではなかったな。ずいぶん若い感じの人だった。40代後半のおじさまだった。私も結婚するならダンディなおじさまがいいな」
最後の1文は僕も達川君も津川さんもスルーをした。意思疎通は図っていない。全員自分の意思でそうした。
「沙也加の交友関係で大人な男性なんていたっけ?」
「さあ、少なくとも僕は知らない」
「バイト先の先輩とかは?」
「そうだとして、私たちにも引越しのことを言ってないのに、たかがバイトで一緒になった人に頼むかな。私なら信用できないよ」
「それに沙也加は、2月からバイト始めたばかりだから、信頼もないのに手伝ってくれる人はいないと思うよ」
「それも、40代後半くらいのダンディな人。車を持っているあたり、バイトじゃなくて社員の可能性が高いよね。10数日で父親くらい年齢がかけ離れている社員の人とは仲良くなれないよ。沙也加の性格なら尚更だよ」
「荷物を乗せていたのなら、その荷物はどこに持っていった? 実家なら、目撃証言があってもよかったんじゃないか」
「荷物を下ろすのなら相当な時間がかかるから、それを見られないようにするのは困難。沙也加の実家なら尚更。見たこともない車が停まってあれば、町中の噂になる。噂になっていないと言うことは、目撃者がいない」
「そうだとして、沙也加はどこに荷物を持って行ったんだ?」
「荷物全部はどう考えてもセダンの車には乗らないよね」
「冷蔵庫に洗濯機。電子レンジにオーブントースター。掃除機にテーブル。あとは、ベットと服一式。小物もまだ残っているけど、大型家電の時点で乗り切らないよね」
「ちょっとずつ分けて運んだ可能性は?」
「それはない!」
僕と津川さんの会話に二日酔いのなおさんが割り込んだ。
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