第14話
朝食を終えて。達川君は津川さんに連絡を入れた。津川さんは、用意できているから早く迎えに来てと、電話越しに強い口調で言っていた。スピーカーでも、直接電話を聞いていたわけでもなく、普通に通話しているだけなのにその言葉は聞こえた。
これは僕の予想だけど、津川さんは多分怒っている。それも相当。
そう思っていたけど、達川君と覚悟を決めて津川さんの実家まで迎えに行ったら、全く怒った様子ではなかった。
「沙也加のアパートまでの道順、あんまり覚えてないから頼んだよ」
「ああ、うん……」
昨日は実家までを案内し、今日は沙也加のアパートまで……待てよ。僕もそんなにわからないんじゃないか。いつもは駅から歩いて行っていたから、県道を通っての道知らなくないか。こ、こう言う時は文明の力だ。
僕は地図アプリを用意した。
「あ、そこ右だって」
「ここ一通だから通れないぞ」
地図アプリってこういうことをできないのを忘れていた。
「もう1個奥の通りなら通れそうだけど、そっちからでも行けそう?」
「うん。多分大丈夫……」
「こっちの道って、普段来ないからわからないよね」
フォローありがとう津川さん。でも、今は逆に心が痛いよ。
こんなことを繰り返しながら、予定よりも遅い時間に沙也加のアパートに到着した。
「やっと着いたね」
「道わからなくてごめん……」
「俺もこの辺来るの初めてだから、わからなかった。誰もわからなかったんだから、竜也のせいじゃないよ」
「ありがとう……」
「さあ、アパートの隣人さんに話を聞きに行こう!」
「おう!」
「お、おう?」
現時刻は10時丁度。
これから沙也加のアパートの隣人さん。なおさんに話を聞きに行く。沙也加を見つけるためにどんな情報でも集めるって決めたから。
だけど……何で、僕がチャイムを鳴らす役なんだ。昨日のように率先してやってください、津川さん。
僕の願いも虚しく、津川さんはチャイムを鳴らすことはなく、僕を先頭にその後ろに達川君、その後ろに津川さんと1番遠い位置にいた。
もう僕が押すしかない。
僕は覚悟を決めてチャイムを押した。
部屋で鳴り響いたチャイムはわずかな隙間を伝って僕らの耳にまで届いた。
「あ゛〜い」
最早呻き声としか言えない声が部屋の中から聞こえた。
ガチャっと鍵の開く音がしてから、ゆっくりと扉は開いた。その扉の隙間から顔を出したのは上下セットのスウェットを着て、あからさまに寝起きで髪を乱れたままにしているアパートの隣人なおさんだった。
「どなだ?」
「あ、あの……以前、隣に住んでいた沙也加について聞きに来たものです……」
アパートの隣人なおさんは、睨みつけるように僕らを見ていた。
「あーあー。あの時の子ね。散らかっているけど入って……」
「あ、あの……大丈夫なんですか?」
アパートの隣人なおさんが心配みたいで津川さんはそう言った。
まあ、無理もない。あんな格好で顔も赤い。フラフラしていて、時折頭を押さえている。
誰だってひとまずは心配する。だが、この人は、前に来た時大量の空き缶を持っていたのだ。体調不良は体調不良でも、この人の場合は飲み過ぎが原因だろう。
「大丈夫、大丈夫。ただの二日酔いだから。たまに吐くかもしれないけど、ちゃんとトイレには行くからね。安心してて」
「は……はあ……」
予想通りだったけど、それはそれで大丈夫なのだろうか。
「あ、あの、日を改めた方がいいですか?」
「大丈夫だよ。ちゃんとトイレに行くから」
この人絶対大丈夫じゃない。
噛み合っているようで微妙に話が噛み合っていない。有益情報を得られるのだろうか。
半信半疑ではあったが、僕らはとりあえず中に入ることにした。
本人が散らかっていると言うもんだから、達川君のような部屋を想像していたけど、全然散らかっていなかった。ただ1つ。空き缶を除いては。
「適当に座ってね」
そう言われて、達川君と僕は部屋の隅っこに座った。アパートの隣人なおさんはベッドに座り。津川さんはまだ立っていた。
「あの、コップってどこにあります?」
「うん? 流し台の下だよ?」
「水入れますので飲んでください」
そう言って台所方へ行った。
「ありがとう。あ、君たちも何か飲むかい? 冷蔵庫に飲み物入っているから適当に飲んでいいよ」
津川さんは何かを察したのか、険しい顔を浮かべ冷蔵庫を開けた。
「やっぱり……」
津川さんは冷蔵庫からは何も取らずに、コップに水を一杯入れてそれをアパートの隣人なおさんに手渡した。戻ってきた津川さんは、僕らに小声で「中身全部お酒だった」と言った。
「それで〜君たちは私に何を訊きたいのかな?」
「2月22日からの沙也加の様子について、もう1度話してくれませんか?」
「いいよ〜。あれはね。朝の8時ごろだよ。いつもみたいに仕事へ行こうとしたら、沙也加ちゃんが扉の前にいたの」
「それって、なおさんの部屋の扉ですか?」
津川さんは、間髪入れずに質問する。
「ううん。沙也加ちゃんの部屋」
それを聞いてあからさまに落胆していた。
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